第二十七話

 タクヤが何者かは分からないグダグダのまま解散したその翌日、一通のメールが水瀬から届いた。


 件名が「ごめん」で、中には動画ファイルがひとつだけ……なんだこれ、と思いながらそれを開く。


「いえーい、中ボスくん見てるー? 今から君の大切な水瀬さんといちゃらぶしちゃいまーす!」


 …………そういうビデオレター?


 カメラの前で水瀬が「くっ」と恥じらうような表情を浮かべる。

 あ、踊り子の方がチャラ男側なんだ。……なんで?


 ……いや、そもそも俺にこんなしょうもない寸劇が送られていることすら謎だが、二人とも俺に嫌がらせをすることに対して気合いが入ったカスなのでもう諦めるしかないと思う。


「ヨルさん、何見てるんです?」


 アメさんがひょこりと俺の後ろからスマホを覗き込む。


「ああ、なんか変な動画が送られてきて……」


 …………というか、大丈夫なのか? あれなビデオレター的なものをアメさんに見せても……。

 いや、流石にそういうことまではしないか……しないよね? ちょっと不安になってきた。


 と思っていたら何か外国の音楽が流れ、それと共に画面の中の二人が踊り出す。


「濡れ場をダンスで表現するタイプのやつだ……」


 インド映画とかで時々あるやつだ……。なんでそういうビデオレターでインド映画の表現技法を……?


「濡れ場ってなんですか?」

「……あー、いや、アメさんにはちょっと早い」

「えー、教えてくださいよ」


 いや……あどけなく見えるけど、アメさんはもう17歳……。

 濡れ場があるような映画は大概R12かR15だし、どういうものかを教えるのぐらいなら問題はないか。


 ……小さい子にエッチなことを教えるみたいな背徳感はあるけど俺には何ひとつとして下心がないので問題はないだろう。


「あー、ほら、創作物とかでそういう……エッチなシーンとかあるだろ? それを濡れ場というんだ」

「へー……えっ、じゃ、じゃあこれはエッチなことをしているんですか!? と、特殊性癖……?」

「いや、これはそれを直接的な表現は避けているやり方だな」

「な、なるほど……」


 アメさんはじっと画面の中の二人を見て、少し顔を赤らめる。


「……その、ヨルさんの持っていた本のようなことをしているってことですか?」

「…………。まぁ、うん。そういうことだな」

「……なんでそんな動画をヨルさんに?」

「さあ……。世の中、謎が多いからなぁ」


 動画を閉じてため息を吐く。……なんだったんだろ。今の。


「踊り子ちゃんさんの衣装って結構際どいですよね。ひらひらしていて、心配になります」

「まぁ、本人が好きでやってるならいいんじゃないか。いや、電車でアレはまずいと思うけど」

「……ヨルさんはあんまり見ちゃダメですよ?」

「見ないって……。あ、そういえばアメさんに渡しっぱなしだったけど、年齢的にあんまり良くないから回収しとくな。あの漫画とか」


 俺がそう言うとアメさんの表情が固まる。


「えっ、で、でも、返すとツナちゃんに怒られるので」

「いや……もう捨てていいから」

「で、でも……。いえ、分かりました、持ってきますね」


 どうしたのだろうか。ツナと違ってアメさんは俺が他の女の子を見たりするのにそこまで嫌そうにはしないのに……。


 そう思っていると、アメさんは何冊かの本を持ってきて俺の前に置く。


「……」

「……」


 ……めっちゃ読み込んだ跡がある……!

 俺も「ここいいよな……」と思っていたページがめちゃくちゃ開きやすくなってる……!


 アメさんは顔を赤らめながら誤魔化すように視線を泳がす。

 ……これは、追求はしない方がいいのか。迷っていると、アメさんは意を決したように俺を見る。


「…………違うんです」

「違うんだ」

「決して、僕もこの子みたいにヨルさんに虐められたいと思ったわけではなく、恋人としてそういう仲になったときに適切な選択をするためなのです」

「……というと?」

「僕は知っての通り、そのような知識に明るくありません。デートの仕方も分かりませんし、キスも見よう見まねです。なので、事前に知識を付ける必要があるでしょう。これは勉強なのですっ!」


 アメさんは力強くそう言い……。


「いや、ポルノ作品の性知識は間違ってるらしいぞ」

「そうなんですか!?」

「いや……まぁ、それも聞き齧りなのでアレなんだけど……」

「そ、そんな……じゃあ、こんな感じにならないんですか!?」


 アメさんがパッと漫画のページを開く。


「……い、いや……どれぐらいが真実なのかは分からないけど。知り合いに詳しそうな人も……いないわけじゃないけど、聞くのはセクハラになりそうだしなぁ」

「た、試してみます?」

「……試しません」


 そんな話をしていると、ツナがひょこりと顔を出す。


「何の話をしてるんですか? あっソラさんのところに挨拶に行きたいので着いてきてほしいです」

「ソラさんのところ……。今日はやめないか? もう昨日今日、水瀬と関わったせいで疲れてるんだ。これ以上ツッコミたくない」

「ソラさんはそんな変な人じゃないですよ?」

「ソラさんは変な人じゃないけど道中のスフィンクスが……!」

「話さずに倒したらいいのでは……? 本体のトカゲを倒さない限りはソラさんにも被害はないですし」


 それは、そうなんだけど……!


 俺の意見は却下されて、ヒルコとアメさんに引っ張られてソラさんのところのダンジョンに連れて行かれる。


 砂と熱い日差し、最近、外の世界も暑くなってきたが、砂漠を模したこのダンジョンはより一層暑苦しい。


「暑い……ヨルくん。帰っていい?」

「ヒルコ……俺を引っ張ってきたくせによく言えるな。ほら、行くぞ」

「うあー」


 暑いのが苦手なのだろうか。それとも厨二くさい黒い服のせいで偽物の日の光の熱を吸収してしまうせいか、ヒルコはぐったりとしながらも着いてくる。


「ツナ、ソラさんに挨拶って直接会いに行くほどか? 別に戻ってこようと思えば数時間なんだし、メールで済ませてもいいような」

「んー……。有名になってきたので、たぶん、ここで外出するのは最後の機会になるでしょうから」


 ああ……そうか。ツナにとってもこの街は故郷で、最後に見ておきたかったのか……。


 ほんの少しセンチメンタルになっていると、砂の中からニュッとスフィンクスが顔を覗かせる。


 ……いや、最後に見る場所がここでいいのか? ツナさん。本当にここでいいの?


「汝、我が問いに答えよ────友達が会う度に新しい女の子を連れてるんだけど、どういう気持ちを抱けばいいんだ?」

「俺とお前は友達ではない」

「……」

「……」

「……………ごめん」


 スフィンクスは悲しい顔をして砂の中に帰っていく。


「……ヨルくん」

「……ヨルさん」

「俺!? 俺が悪いの!?」

「可哀想ですよ。ごめんなさいしましょう?」

「いや……でも、会うたびにキレられてるし……」

「ヨルさん」

「…………おーい、スフィンクスやー、ごめんごめん、友達だよな、話そうぜー」


 ニュッとスフィンクスが戻ってきて、ニコッと笑みを浮かべる。

 ……砂の中から顔を出すのやめてほしいなぁ。


「汝、我が問いに答えよ────俺たち、友達だよな?」

「もちろんだ」

「ふふ……」


 ……いや、なんなんだ、これ。

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