第二話
水瀬と別れて喫茶店を出る。
昨日の疲れも抜けてないし、朝からヒルコと盛り上がったのでだいぶ眠たい。
水瀬は行きも帰りも長距離の運転をしていて、会議ではペラペラと話していたのに元気そうで体力すごいな。
まぁ元々兼業でダンジョンに潜るような奴だしなぁ。
真似出来ないな。帰ったら寝よう。
そう考えていると、扉から出てすぐのところで小さい少女がぴょこぴょこと歩いていた。
「あ、ヨルさーん」
「アメさん、わざわざ迎えにきてくれたのか。ありがとう」
ニコニコとした笑顔を浮かべていた彼女にそう言うと、彼女は少しキョトンとした表情を浮かべて首を横に振る。
「会いたくなったから我慢出来ずに会いにきただけですよ?」
なんて、聞いているこっちが恥ずかしくなるようなことを当然みたいにアメさんは言う。
……勝てない。
二人での帰り道、ふと、アメさんが楽しそうにしていることに気がつく。
「なんかいいことでもあったか?」
「ん、いつもいいことばかりです。今日は、ツナちゃんが楽しそうだったので」
「ツナが? 俺が出かけたから機嫌悪くしてそうだけど」
「なんだか「やっとまとまった時間が出来ました」って喜んでたよ?」
ああ、まぁ最近イチャイチャしてなかったから……。と、考えてから、遅れて気がつく。
…………結婚式のことだ。
なんやかんや、忙しかったり、都合が合わないおかげで先送りにしていたが……ついに、きてしまった。
嫌ではない。嫌なはずがない。
恋しくてたまらない女の子と結ばれる。いや、もう結ばれているが、その証明としての式を挙げる。
ウェディングドレスのツナは可愛くて綺麗だろうし、祝福を受けたら嬉しいだろう。
…………けれども、結婚式とはつまりは他者への関係のお披露目だ。
多くの人にツナとの関係を知らしめるというのは…………怖い。
侮蔑、嫌悪、好奇、呆れ、誰からか向けられるであろうその視線が、ツナとの関係を否定されているようで怖くて仕方がない。
「どうしたんですか?」
「……いや、平気だ」
そもそも結婚式のプランナーをやってる会社とか引き受けてくれるのだろうか。
事情が事情……流石に、どう見ても幼いツナと結婚式を挙げたいというのは……断られる可能性が高い。
呼べる人数は少ないのだから、自分達で手配する手もあるが、ツナがニコニコと楽しみにしているそれを失敗に終わらせたくはない。
……最悪、虐待や誘拐を疑われる可能性もあるし、実際、日本の法律と照らし合わせるなら俺は誘拐犯ということになるだろう。
不審に思われたらそれなりに不味く、疑われる可能性も高い。
最悪、誘拐犯としてしばらく外に出られなくなることもあり得る。
…………今更法律がどうこうなんて興味ないが、誘拐扱いされたら……たぶん、すごく傷つく。
そんなことを考えているうちに家に戻ってきて、まだパジャマ姿のツナがぺたぁっと抱きついて俺を出迎える。
……やっぱり好きだな、この子のこと。自分をごまかせないぐらい、恋をしてしまっている。
「昨日、たくさん歩いたけど疲れてないか?」
「ん、とても疲れてます」
「二度寝するか。……ツナ」
俺がツナの名前を呼ぶと、ツナは「んぅ?」と俺の方を見る。
優しく頭を撫でて、柔らかいほっぺたを放ったら触る。
そんな俺の手をツナは触って、嬉しそうに笑う。
「そう言えば、昨日、最後何があったんですか? 目隠しされていてちょっとよく分からなかったんですけど」
「あー、いや、まぁ、あとでゆっくり休んでから話すよ。ベッドで休憩しよう」
……ベッドで休憩ってなんかちょっと変な意味に聞こえそうだな。
アメさんの方を見ると、一緒に来るつもりではないようなのでふたりで寝室に向かう。
薄暗い寝室に入る。……アメさんが来てから、あまりふたりきりになるタイミングがなかったな。
パタリ、と、扉を少し急いで閉めてしまっている自分に気が付きながら、ツナの方を見るとツナも俺の方を見つめていた。
俺が少し屈むと、ツナは「んーっ」と背伸びをして、俺がツナの体を支えてこけないようにする。
薄暗い寝室の中、口付ける。
こどもの「ちゅー」というには、お互いに邪念が強くて、キスと呼ぶには少し不恰好だった。
唇と唇をくっつけると言うのが正しいような行為のあと、ツナが照れたように俺の腕を握る。
「えへへ。なんだか、恥ずかしいですね」
そんな笑顔を見て、欲望が鎌首をもたげるのは……まぁ、よくないのだろうけれど。
小さな手を握ってベッドに連れ込む、その行為自体に薄暗い欲望が混ざっていることは、きっとツナは理解していないのだろう。
「寝転んでからの方がしやすいのに、ヨルはせっかちです」
体格差が大きくて、立ってキスをしようとしたら、俺が屈んで、ツナが背伸びをしないと届かない。
ベッドの上で、俺を受け入れるようにツナが手を伸ばす。
操られるようにツナの唇をはんで、上からベッドに押し倒しながら抱きしめる。
良くない、と、分かっている。
ツナの手が俺の頬を撫でて、優しげに微笑む。
「……ちょっと乱暴にしちゃったな。痛くないか?」
「少しドキドキしました」
「……ときどき、ツナを前にすると、理性が効かなくなる」
「……へいき、ですよ?」
その言葉の意味を、ツナは分かっているのだろうか。
俺がツナに何をしたいと思っているのか理解出来ているのだろうか。
欲望を飲み込んで、添い寝するようにツナの隣に寝転がると、ツナは無邪気に俺にひっついてくる。嬉しいけど、少し悩みものだ。
「今日、起きたらどうします?」
「……いくつかやりたいことはあるな。ヒルコの勉強を見てやりたいし、アメさんの訓練にも付き合う必要があるし、竹内くんにも連絡入れときたいし、みなもともそろそろ話をした方がいいだろう。けど……まぁ、一番は、結婚式の話だな」
俺が言うと、ツナは意外そうに、けれども嬉しそうに頷く。
「えへへ、そうですね」
「とは言っても、結構難しいけどな。今、体のサイズを測っても、結婚式の当日には変わってるだろうし、結婚指輪のサイズも大人になる頃には変わってる」
「指輪は今のうちに大きいのを買って、大人になってからはめるのはダメですか?」
「ツナがどれぐらい大きくなるかは分からないしな」
ツナは自分の細い指を触って「むぅ」と唸る。
「それに、肝心の式が結婚式場や段取りをしてくれる会社が受け入れてくれるとも限らないから」
俺とツナの関係は、世間が許さないだろう。
世間が許さないというのはそういうことで、普通に祝福を受けることすら難しい。
「……まぁ、なんとかするよ」
「んー、じゃあ、ダンジョンであげますか? 影の寄り道のダンジョンなら結婚式に必要なものは大抵揃っていると思います」
その発想はなかった。言われてみればその通りだ。
段取りも遥かに少なくて済むし、どうせ身内を呼ぶだけならダンジョンの中でも問題ない。
ドレスとかは考える必要があるが……。確かに悪くないかもしれない。
「あと、新居も考えた方がいいかもしれないですね」
「新居?」
「流石に有名になりすぎたので、ここはここで残して居住地を変えるのもアリかと思いまして。そろそろ外に出たら裏口が見つかってしまってもおかしくないですし」
「ああ、引っ越しもした方がいいか。引っ越し先はどこか候補があるのか?」
「基本どこでも問題ないのですが、旧極夜の草原の近くがいいかと。頼れる味方もいますし、田舎の方が都合がいいので」
みなものところの近くか……。
あのダンジョンと言えばやっぱり温泉だよな。
……お湯を引かせてもらったら、ダンジョンの中に温泉が作れるな。というか、口にしてはいないけれどもツナもそれを期待しているかもしれない。
自分のダンジョンの中に広い温泉……。
ツナの方を見て、思う。
流石に女の子たちと同棲している中でそれはえっちすぎるのでは?
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