第三話
ツナは俺の体をペタペタと触る。
こんなにゴツゴツとした体の何が面白いのかと思っていると、ふと、ツナの手が止まった。
「ヨルは、ヒルコさんのことどう思ってるんですか?」
「えっ、ああ……」
またその話題だ。少し考えてから、ツナの頬を触った。
まぁ、ヒルコは一般的に……とても優れた容姿をしている。
普段は少しダウナー気味の表情の薄さだが、それがむしろすっと整った目鼻立ちを目立たせている。
年頃の少女らしい幼さと可愛らしさもも残っているが、美人であるという印象が残る。
オシャレにも気を遣っていて、あまり詳しくない俺でも今風なのが分かる。
少し近寄りがたいクールな雰囲気の美少女……に、見えて、仲良くなったら案外ガードが緩いと、どうにも一般的にモテそうな雰囲気で、ツナが心配になるのも分かるというものだ。
けど、まぁ……。
「ダンジョンで話していた通り、妹みたいな感じだな。手がかかるし、放っておけない」
「……いもうと」
「どうしたんだ?」
「漫画やラノベとかだと、妹はむしろ強いヒロインな気がします」
「現実を見ろ。……ツナが心配しているようなことはないって」
「……現実でも「いやー、ほら、アイツは妹はみたいな感じだから笑」みたいなのって」
そういうノリではない。
俺が苦笑するとツナは少しむくれて、それから微笑みながら俺の頭に手を伸ばす。
「でも、ヒルコさんが少しでも元気になったのはよかったですね。ヨルも褒めてあげますね、ヨシヨシ」
自分よりも遥かに小さな女の子に頭を撫でられて、少し嬉しくなってしまっているのは
ちゃんと恥いるべきなのだろうか。
一度寝たとは言えどまだ疲れは残っていて、ツナの匂いに埋まりながら目を閉じる。
「よく頑張りましたね」
「……俺がツナに言うべき言葉じゃないか? 大人と子供だ」
「ヨルは私の部下ですから」
……なら、甘えても仕方ないか。なんて頭の中に言い訳を浮かべてツナの体を軽く抱きしめて、意識を手放していく。
……よく考えたら部下でもおかしくない?
ツナの母のことを考えないように、考えないように、そう努めながら眠ったせいか。
彼女の夢を見た。
知り合う。知り合った。
そのタイミングは知らない。
俺とかの友人はお互いに変わり者なのと、人よりも少しばかり優れたところが目立っていたために学年がひとつ離れていても、初めて会う前から噂では聞いていたし色々と知っていた。
あちらにとってもおそらくその通りで、なので、知り合う前から知り合っていた。
「数年以内に私は宇宙人に攫われる」という馬鹿げた事実をたびたび口にしていたせいで「宇宙人」やら「電波」などと呼ばれていたが、頭の良さや顔立ちは他の生徒からは一線を画していて、同じ学校にいてどこか遠くにいるようだった。
たぶん、嫌いではなかった。親しい友人だったのだろう。
今の俺の人間関係で近いのは水瀬辺りだろうか。
少しずつ、記憶を黒塗りにしているインクがボロボロと朽ちていっているのを感じる。
神の仕事はどうにも粗雑だ。
何度も繰り返しているはずなのにルールは雑すぎて意味が分からないし、領域外技能とか呼ばれているバグ技が大流行しているぐらいだ。
記憶にかけた戒めが解けることは、さほど妙には感じなかった。
朝霧……そうだ、朝霧簪。朝霧先輩だった……はずだ。
記憶はまだ定かではないが、少しずつ思い出してくる。
黒塗りのインクを意図的にこそぎ落とすようにして思い出していく。
欠けてばかりで情報として役に立つものではないが、気持ちの悪さがマシになっていくのを感じる。
おそらく、好意を持たれていた。
彼女は誰とも仲良くしていなかった。だから同情を覚えて俺から声をかけたんだ。
変わった人ではあったけれど、案外普通に友達らしい会話が出来た。
彼女は案外、人が好きだった。
いつもはぐれものにされているのに、その割にはよく人のことを観察していて、どこで知ったのか誰と誰が付き合っているなんてぞくな話も出来る。
今にして思えば、自制していたのだろう。
人は好きだけど友達や恋人などを作れば、「宇宙人に攫われた」ときに悲しまれるとか考えていたのかもしれない。
そんな中、自分と同じく攫われるだろう男が声をかけてきたのだ。
同じ境遇だから自制する必要がなく、存分に一緒にいられる人が、初めて出来たのだ。
だから友達になったし、彼女は……俺に恋人になることを暗に求めていた。
茶化すように遊びにいくのを「デート」と呼んだり、手を握ろうとしたり、一緒に写真を撮りたがったり。
ただの友達というには近い距離にいた。……けれども、俺は恋人という関係を望まなかった。
単に好みの問題……というのも、たぶんあったと思う。
どちらかどうと年下の方が好きなのだが、彼女は年上だった。
けれども、一番は別の理由だ。
まだまだ幼い時期だったがなんとなく「都合のいい場所に都合のいい異性がいた」というような雰囲気を感じていた。
露悪的に表現すれば、思春期に仲のいい異性がいたから強い性衝動を感じていた、と言うのが当時の彼女から俺に向けられていたものだ。
宇宙人がどうのこうのと、時間がなかったのもその一因ではあるだろうことを考えると、彼女としてはそういう「デート」みたいな行為も、あるいは俺に合わせての歩み寄ったものだったかもしれない。
たぶん、彼女としてはさっさといい感じの相手を見繕って、タイムリミットまでに色々と手早く済ませたいところだったはずで……それを俺に合わせようとしたのは、間違いなく、俺に対する好意だったのだろう。
受け入れるつもりがないのなら、さっさと友達を辞めるべきだった。
焦る彼女の前で、強く拒絶もせずに友人関係を続けたのは、きっとそれは朝霧先輩にとっては辛いだけのことだったのかもしれない。
好きになってやれなかった。恋を思えなかった。
それが今にして思えば申し訳ない。
けれども言い訳をするなら、寂しそうだったのだ。
人を見るのが好きで、おしゃべりな彼女がいつもひとりで過ごしていることが可哀想で……どうしても放ってはおけなかった。
目が覚める。息を吐く。
それからツナの寝顔を眺める。
……よく頑張ったな、と、頭を撫でて体を起こし、寝ている間に手早く着替えてしまう。
それからまたツナを眺めていると、ぱちくりとした目が開いて俺を見る。
「ん、んんぁ……えへへ、おはよ、です」
「おはよう。……寝ても疲れって取りきれないな」
「これ以上はそんなに眠くもないですしね。……あれ、いい匂いします」
「アメさんかヒルコが何か作ってくれたのかな。ツナも着替えるだろ、先行くな」
「一緒にいきましょうよ」
……いや、ツナが着替えている横にいるわけにもいかないだろうに。
ツナに謝ってから、リビングの方に向かった。
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