第四話
リビングに向かうと、ヒルコが包帯でぐるぐる巻きになっていた。
……なんで?
アメさんの方を見ると、アメさんはこそりと「怪我をしたわけではないですよ」と教えてくれるが……それだとむしろ謎が深まってはいやしないだろうか。
ふと、机の上に置かれたホラーゲームのパッケージが目に入る。
……幽霊に包帯が巻かれていた。
…………う、嘘だろ? いや、しかし、タイミング的にその可能性が高い。
そうとしか思えない。
こ、こいつ……俺が好きなホラーに見た目をちょっと寄せてきやがった……!
ホラーは違うだろ……! 俺は別にホラー映画やゲームを異性として認識しているわけじゃないんだよ……!
異性の好みとエンタメの好みは違うんだ……!
俺はロリにうっひょひょーい! とはなるけどホラーの幽霊や怪異やゾンビ相手にうっひょひょーい! とはならないんだよ……!
「よ、ヨルくん。どうかな?」
「……怪我したのかと心配になるから、やめといた方がありがたいかな」
ヒルコは少し残念そうに包帯を解こうとして、自分では上手く解けないのか絡まってしまっていて、それを見かねてほどくのを手伝う。
「……昼飯、作ってくれたのか?」
「あ、うん。……でも、あんまり綺麗に出来なかったから」
「そうなのか? 美味そうな匂いがするけど。肉じゃがか?」
こくりとヒルコは頷く。
言ってから、俺の「美味そうな匂い」発言のせいでヒルコが肉じゃがの匂いの香水を纏い始めたらどうしようと考える。
……友達が肉じゃが香水を付けたらどうしようって悩む人間、俺だけではなかろうか。
包帯を解き終わったところでツナがやってきて、食卓に昼食を並べる。
普通によく出来ている肉じゃがだが、複数品目を作る余裕はなかったのか、他に副菜はなかったが、俺以外はみんなそんなに食べる方でもないので十分だろう。
食器をシンクに運びながらヒルコの方に目を向ける。
「ヒルコ、昼から暇なら、言っていた勉強をしよう。とりあえず、どこら辺まで勉強が進んでいるか知るためにテストでもするか」
「……て、テスト」
「いや、そんなに真面目なもんじゃなくて、軽くどこら辺が分からないかを知るためだけだから、適当でいいぞ。いい点取る意味もないし。高校……は、行ってないよな。中学校の頃の辺りか」
ヒルコは俺の方を見て、首を横に振る。
「……闇の暗殺者は、ほとんど中学校に行かない」
「闇の暗殺者、ちょっとは中学校に行くんだ。……小学校には?」
「小学校には行ってた」
闇の暗殺者、小学校は通うんだ。
ヒルコがサボりはじめたのは中学校から……か。ブランクも考えると小学校高学年から中学一年生ぐらいだろうか。
……思ったよりも時間がかかりそうだな。
まぁ、別に具体的な目標があるわけではなく、旅をするときに困らないようにだとか専門知識を頭に入れる前の準備のようなものなのでそんなに気にしなくても平気か。
とりあえず……何か電子書籍でも買ってそれを印刷するとかでいいか。
ヒルコ用のテストを用意して「分からないところは飛ばしていいからな」と声をかけて、あまりテストらしさを出さないために机にことりと飲み物を置いてから洗い物をする。
ヒルコがシャーペンを握っている姿を見ながら食器を洗っていると、スマホが震える。
また水瀬からだろうかと思っていると、知らないメールアドレスから「朝霧簪です」という件名のメールがきていた。
なんだ、女水瀬の方か。
……いや、なんで俺のメールアドレスを知っている。二年前に変えてから、何かに登録するときにしか使っていないものだ。
というか無事だったのか? そもそもそっちはなんやかんやと名乗ってなかったんだから、メールに名前を書いても普通通じないだろう。
いや違うな。そこはどうでもいい。
重要なのは本物かどうかと、どうやって生き延びたかだ。
本文を要約すると「どこかで会えないか」という内容だ。
本人であることを確認したいと送り返すと今の時間が書かれた紙で目元を隠して斜め上からの角度で撮られた自撮りが送られてきた。
……なんで若干そういう系の自撮りっぽい感じなんだよ。
水瀬みたいなことしてんじゃねえよ……。
まぁ本人なのは間違いなさそうなのと、実際あのとき何があったのかは知りたいから都合は悪くないか。
問題は、ツナとは会わせたくない。
正直あまり信用出来ない相手なのでお人好しのアメさんも不向きだろう。
ヒルコ……は、一番論外だ。
ダンジョンマスター同士の殺し合いの話をする場に連れて行けるはずがない。
となると、一人で抜け出すことになるか。……ツナ、一緒に過ごすことをすごく楽しみにしていたからなぁ。
メールか電話で済ませたいという話をすると、ビデオ通話ならいいという返事が返ってくる。
……まぁ、抜け出すのよりかはマシか。
仕方なく承諾し、洗い物を済ませてからツナの頭を撫でる。
「少し部屋で作業したいから、一人になっていいか? ちょっとだけだから」
「お手伝いしましょうか? 何するんです」
「えっ、あー……その、一人でしか出来ないこと?」
「なんですか、それ」
ツナは呆れたように俺を見たあと、数秒何か考えた表情を浮かべて、ボッと燃えるように赤面する。
「あ、あ、そ、そうですね。その、ヨルも男の人ですもんね」
「い、いや……ツナ」
「そ、そそ、その……お、お手伝い、しましょうか?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……いや、大丈夫」
一瞬、ほんの一瞬極々短い時間だけ「朝霧先輩との約束はドタキャンしてもいいか」と迷いそうになったが、一瞬で考えを改めて一人で部屋の中に入る。
……さて、少し真面目にやろうか。
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