第五話
ビデオ通話。
あまり慣れたものでもないが、特別違和感を感じてもいない。
だが、ほんの少しの緊張はあり、微妙な面持ちで電話をかける。
一呼吸、パッと朝霧簪の顔が見えて彼女は少し慌てたように前髪を直す。
「……無事そうだな」
「あ、うん。そっちも、無事でよかった」
ああ、あちらからすると俺の方がピンチに見えたのか。
「……こっちは転移トラップの誤作動で少し厄介なダンジョンに飛ばされた程度だったが、そっちは?」
「あー、んー、まぁ、なんか、なんとかなったよ」
「……なんとかなる状況じゃなかったろ。何があったんだ?」
「えっと……白銀の街のダンジョンマスターが倒してくれたよ。案外強いんだね」
絶対に嘘だろ。そもそもそれと話せないせいでこちらも状況を理解出来ていないわけで。
俺が信じていないことを察したのか、画面の向こうの彼女はパタパタと首を横に振る。
「あ、いや、その、ごめん。嘘ついた」
「……すぐに認めるぐらいなら変な嘘つくなよ」
彼女は微妙な表情を浮かべて、それから頬を掻く。
「いや、でもさ、その……」
「本当のことを言うとマズいのか?」
「いやそういうわけじゃないけど……」
どうにも話が進まないというか、話したくなさそうな様子が見て取れる。
昨日よりもどこか気弱に見えるというか、こちらに気を遣っているようにも見える姿は敵が何かを隠そうとしているようには見えない。
というか、敵対するつもりならそもそもこうやって連絡を取ってくることも妙である。
そのまま雲隠れも出来たわけだしな。
利用しようとしてるのか協力しようとしているのかは分からないが……。
いや、これは……。
「もしかして、記憶が戻っているのか?」
「…………あー」
俺は朝霧簪を意識をしたことで少しずつだが微かに記憶が取り戻せた。
それは、人の特徴を書き記したメモ帳を持っている彼女にも同じような現象が起きていてもおかしくない。
いや、むしろ、俺よりも遥かに早い段階で思い出せていても何もおかしくない。領域外技能に再現性があるように、記憶の黒塗りが剥げていくのにも再現性はあるだろう。
彼女は数秒、止まったように何も話さず、それからコクリと頷いた。
「うん。本当に一部だけね」
「それで、今の煮え切らない態度と何か関係あるのか?」
少し考えた表情。それからごまかせないと思ったのか諦めたように呟く。
「……ヨルくんってさ、すごく優しいんだよね。いい人じゃないのに」
「どっちなんだよ……」
それ、ほとんど矛盾した評価だろうと思っていると、彼女は言葉を続ける。
「損得には無関心で、派閥や党派なんて興味なし、善悪なんて気にしない。弱そうだなって思った方の味方をする……そういう悪い人だからね」
「……そんなことないだろ」
「だから、自力でどうにかはしたくなかったし、出来る限り誰かに助けられる役回りでいたかった」
……そんなことはないだろ。
俺は普通に好き嫌いで……と考えてから、水瀬のことや目の前の女性の顔を見て思わず眉を顰める。
「だから、一番のチャンスだったんだけどな。ヨルくんが私のことを忘れてるの」
「……いや、俺はもう好きな子がいるから、無理だぞ。というか、そっちも結婚して子供もいるんじゃないのか?」
呆れながらそう言うと、彼女は数秒不思議そうな表情でじっと俺を見る。
「……子供? 結婚?」
ああ、ツナのことは思い出せていないのか? いや、でも俺よりも余程長い時間を過ごしたのに、存在を丸々忘れることなんてあるか?
今も昔もメモ魔の彼女が子供や結婚相手について、メモで読んでいないというのも妙だ。
顔を見合わせて尋ねる。
「最後に会った日、子供がほしいって言ってたろ」
「言ったけど……いやフラれたから」
「……宇宙人に攫われる前に、子供を作りたかったんだよな?」
「うん、そうだけど……どうしたの?」
どうしたもこうしたも……誤魔化そうとしているのか?
朝霧という家名も絆という付ける予定だった名前も一致している。
割と珍しい苗字で名前も変わっているのだから……。
年齢も……ああ、そういえばツナは歳については話したくないからちゃんとした年齢は知らないか。
まぁツナの見た目からして、年齢も辻褄が合うはず……俺が当時……体育祭に勝つための部活の勧誘の話をしていた時期だから、高校1年の半ばか高校2年生の半ばぐらいで16〜17歳で、今は大学を卒業してから2年ほど24歳だからおおよそ8年程度。
…………あれ、確かツナ、最終学歴がホイ卒とか言っていたよな。
ツナ、保育園は卒園しているのか。
「……保育園の卒園って何歳だったか」
「えっ、そういうのならヨルくんの方が詳しいと思うけど普通6歳だね」
なんで俺の方が詳しいと思ったのか。
……だが、けれど、おかしい。人間の妊娠期間は大雑把に一年だ。
俺と会わなくなってから最短だったとしても、現在7歳のはずで、ツナはダンジョンで俺と出会ってから保育園に通ってなんていないのだから2年前の当時には卒園していたはずで、2年前に6歳よりも上ならなら今は少なくとも8歳は超えているし……たぶん、8歳ということもない。
……具体的な数字ではないが、大雑把にも程がある計算だが……合わない。
まさか、俺と会っている間にそんな様子はなかったし……。
じゃあ、本当に親子関係はないのか?
いや、でも名前は朝霧絆で。
頭を抑えて考える。脈が身体を通っている感覚がして集中出来ない。
朝霧簪と朝霧絆の間には少なくとも血縁上の親子関係はない。
……なら、ツナの名前は……偶然……。とは、思えなかった。
「どうしたの? 本当にさ」
「……本当に、子供はいないのか?」
「ええ……そりゃそうでしょ。フラれたんだし。ヨルくんに。ヨルくんに」
朝霧先輩は不思議そうに首を傾げる。
ツナも「自分の親かもしれない」と話していて……いや、ツナからしたら朝霧簪の来歴なんて知っているはずもないから辻褄が合わないことに気がつくはずもないか。
じゃあ、ツナは……朝霧絆は、何者なんだ。
不安からくる嫌な感覚。……ゆっくり、息を吐く。
「でも、朝霧先輩、どうしても自分が生きていた証を残したいって言ってたよな」
「えっ、うん。だから色々やったけど本書いたり、色んな人に会って回ったり」
……いや、まぁ、そりゃ、普通……そうか。
普通……まぁ、特に好きでもない相手とすぐに子供を作ったりはしないか。
じゃあ、おかしいだろ。
ツナが朝霧絆という名前を名乗っていたのは……。
ツナについて問い詰めたい。けれども、朝霧簪にツナのことは知られたくない。
……息をゆっくりと吸って、吐く。
「……朝霧絆。知ってるか?」
「えっ、うん、子供が出来たら付けたいって話したよね。……もしかして、付き合ってもないくせに子供の名前まで妄想していた痛い女みたいに思ってる?」
「いや、まぁ、当時から痛い女の子とは思っていたけど」
「……はぁ、記憶がなくなってくれたからチャンスだと思ったのに、失敗した。…………これからどうしようかなぁ」
「…………どうもしないでくれ。俺ももう結婚までした女の子がいるから、好意を向けられても困る」
ツナが大切だ。好きだ。それは何よりも間違いない。
……確かに不自然を感じる。けれども、それはどうでもいい。
「……それで、どうやって不正魔導を倒したんだ?」
「……んー、一応、たぶんヨルくんにも通じる手だから教えたくないかな。私の降参を受け入れてくれるなら、私のダンジョンコア……命を握ってくれるなら、教えられるけど」
「……そういう重すぎるところが当時から結構苦手だったのを思い出した。友達相手に子供を作りたいとか言い出したりな」
「えー、まぁ、じゃあ、あまり嫌われたくないから、ヒントというか、言い訳というか。……私は一切攻撃してないよ、それに吊るすなんて悪趣味なこともしてないし、身を守りたかっただけでああなるとも思ってなかった。少し、申し訳なかったなと思ってる。嘘じゃない」
……朝霧簪の言葉をどこまで信用した物だろうか。
微妙に信用出来ないというか、なんというか好意は感じるが同時に害意のような物も感じる。
……なんか微妙に仲良く出来る気がしないな。昔は友達だったとしても、今は今だしなぁ。
それから少し話して、また電話をかけるからと言われてそれを了承してからビデオ通話を切ろう……としたところで、暗転した画面から、ぶつぶつと朝霧簪の声が聞こえてくる。
どうやら、通話の終了とカメラの停止を間違えたらしい。まぁこっちから通話を切ればいいだけ……と思っていると、盗み聞きするつもりはないがその声が耳に入ってくる。
「私のなのに、私のなのに私だけのものなのに。分かってない分かってない分かってない分かってない分かってない分かってない分かってない分かってない分かってない──」
耐えるようにそう言う。
「ちゃんと……ちゃんと、私のに……しないと」
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