第一話
「……」
なんで俺は水瀬と喫茶店にいるのだろうか。
いや、昨日のことを話し合うという至極真っ当な理由だが、単に水瀬ふたりでと向き合って座っているのが若干嫌だ。
「……んで、何の話をする?」
「まぁ、あの古いダンジョンの話は急いでするものでもないし、不正魔導……志島が亡くなった件だろう」
「…………白銀の街のダンジョンマスターとは連絡取れないのか? 当事者に聞くのが手っ取り早いだろ」
「いや、サッパリ。……そもそもアイツが勝てるとは思えないんだよな。普通に考えると、あの場で白銀が負けて地上に排出。そっから逃げられるかって流れなんだけど」
「あの場でどっちが勝っても、まぁ街中で殺し合いはきついし本来なら人死にが出ないはずだが……」
コーヒーを口に含んで眉を顰める。
「わざわざ吊るして見せ物にしたのも気になる。普通に考えると白銀達からすると損だろ。ダンジョン国家の邪魔になる事件だ」
そう考えると、志島の遺体が晒されて一番得をしたのは……。あれ、水瀬じゃね? ダンジョン国家が不信から立ち消えて一番得をするの、厄介な立場にいた水瀬じゃね?
という目を水瀬に向けると彼は首を横に振る。
「俺ちゃうで?」
「まだ何も言ってないけど。……まぁ、流石に疑ってはないけど、アレをやって得する奴って少ないよな」
「普通に怨恨じゃないか? 不正魔導、ダンジョン潰し回ってるらしいし、その復讐」
……まぁ、ヒルコのようなダンジョンの副官がやったという可能性は十分にあるか。
一般的に残虐な殺し方は怨恨の可能性が高いとされているし、まぁ十分に考えられる話ではある。
「……怨恨となると、水瀬も気をつけろよ? ほら、よく恨みを箱買いしてるだろ?」
「してないが。でも心配ありがとうな」
「……というか、水瀬って普通に働いてるだろうに、会社は大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫。そこは気にしなくていい。……白銀はどうなったと思う?」
「……志島の死が怨恨による殺害だとしたら、関係ないから生きてそうだが、連絡は取れないんだよな。普通に死んでるか、攫われてるか」
「攫われてる?」
「ダンジョン国家のこと自体は知れ渡ってるだろ? どこにいるのか分からないのだから、可能性の高いあの街を張り込んでていてもおかしくない。ダンジョンマスターが集まる可能性が高いことは明らかだしな。もし不正魔導が現れなくとも、どこかのダンジョンマスターと接触出来れば情報を集められるから張り込みをするには十分だ。んで、その現場に乗り込んだら仲間なのかどうなのか分からないやつがいたからとりあえず攫った……とか、まぁ推測に推測を重ねていてアレだが」
俺の言葉を聞いた水瀬はパフェを食べながら頷く。
「あと、遺体を見せつけたのは、アピールの可能性もあるな。強さをアピってダンジョンに自分を売り込むとか」
「ヤバイ奴だな……」
「どういう理由でもヤバいやつではあるだろ」
……ヒルコは殺さなかった。俺が黒木を殺した。
そこにはやっぱり大きな違いがあるだろう。
「なんにせよ。待つしかないか」
「……えっ、終わり? 水瀬の話これで終わりなのか? 電話で良かっただろ」
「まぁ電話でも良かったんだけど、顔、見たくなっちゃって」
「…………」
「待て待て。冗談冗談。……いや、ほら、なんか修羅場になってそうだなって思って抜け出す言い訳作っとこうかと」
ああ……。やっぱり水瀬の目からしてもヒルコのアレはそう見えるのか。
俺は頭を抱える。
「……修羅場にはなってないけどな。マジでどうしよう」
「何人も年若い少女を誑かして邪悪な奴だな……」
「うるせえ……。いや、でも、ヒルコは心が弱っているからだろうから、しばらくしたら落ち着くだろう」
「心が弱っている少女を誑かしたのか」
「うるせえ」
いや、でも、別にヒルコから告白されたというわけでもないし、なんか……こう……盛大な俺の勘違いかもしれないだろ。
そうじゃなくとも、俺はしょうもないやつなので一緒に暮らしていたら「あっ」となって離れていくだろう。
「まぁまぁ、恋愛の悩みなら人生の大先輩である俺に頼れよ?」
「……じゃあこういうときどうしたらいいんだ?」
「デートするときは車道側を歩いた方がいいぞ。あと初デートのときぐらいは奢ってやれよ」
「SNSの方がまだ有益な情報流れてきそう。というか付き合ったりはするつもりないからな。ツナ達に悪いし、ヒルコも一時の気の迷いだろうし」
「おいおいヨルっぺ……そんな言い方はないんじゃないかい?」
「誰がヨルっぺだ」
まぁ、ヒルコの件は多分時間が解決してくれることだろうし、気にしなくてもいいだろう。
「そういや、水瀬って会社経営者なんだよな」
「あれ? 話したっけ? まぁ一応法人ではあるけどってレベルのもんだぞ」
「俺があまりどうこうと口出しするもんじゃないけど、今のうちに倒産させた方がいいと思うぞ」
水瀬は意外そうな表情で俺を見る。
「日本だとあんまり実感ないだろうけど、結構ダンジョンで酷いことになってる国は多い。地中にあって、狭い道で戦闘が激化すればするほど有利になるダンジョンは軍隊に対してめっぽう強くて、既存の組織だと対応出来ない。……しばらくは世の中が荒れるだろう」
「んー、まぁ、そうかもな」
「当然なんだが、世界中どこも不安定だし、不安定になった場所では取引が難しい。特にダンジョンに完全に支配された地域とかになると「頭が変わったけど、契約はそのままです」とはならないだろうし、いろんなところで物流の機能不全が起きているし、それはこれから悪化する」
喫茶店の窓から外を見て、アスファルトのヒビに注目する。
「……アスファルトの耐用年数は20年ぐらいらしい。今あるのがこれから平均10年程度保つとして、10年じゃ物の流れは回復しないだろう。10年後までに道すらマトモじゃなくなる。どんな商売してるのかは知らないが、続けていくのは厳しいだろう」
「だろうなぁ……未来が暗すぎて俺の笑顔で明るくしたくなる」
「……。すぐにとは言わないが、こっちに来いよ。知り合った仲、見捨てるには忍びない」
水瀬は表情を変えて俺を見る。「本気か?」とばかりの様子で、カラリとお冷のコップを鳴らして口に含む。
「まさかヨルっぺが俺まで狙うとはな……」
「はっ倒すぞ。……このまま白銀の街のダンジョンが潰れたら、情報握ってるお前は立場的にマズいだろ。というか、死ぬ可能性高いぞ」
断る理由はないだろう。不安定な未来に、既に崩れた日常。それに比べればこちらは天国のようなものだ。
けれども、水瀬はへらりと笑った。
「……今度さ、子供が産まれるんだってよ」
「……誰の?」
「うちのところの社員。だから、まぁちょっとな。やれるところまではやってやらないと」
お前、そう言うようなことを言う奴じゃないだろ……。と、思うが、まぁ……なら、仕方ないか。
「影の寄り道ってダンジョンと協力することになってる。格安で使える土地と建物が大量にある。ダンジョンの性質で薄暗いが、何かに使えばいい。あと、ツナが別の場所に入り口を作る権利の券を渡したろ。それも使ってせいぜい儲けてくれ」
「いたせり尽せりだ。初デートのときは金を出してやれって言ったけど、出しすぎだぞ? それに問題起きたときのリスクもそっちにかかるだろ」
「……死なれたら夢見が悪いからな。リスク……車道側を歩くぐらいはしてやる」
それに一般人がダンジョンを生活に入れるという状態のモデルケースになることも考えると、こちらに悪い話だけでもないだろう。
いずれは人を呼び込むのだから。
「はぁー、ロリに加えて俺まで口説くとは、節操ないなぁ」
「どっちも口説いてない。それにヒルコはロリじゃないだろ」
「おっさんからしたら普通に子供だ。……ま、じゃあ多少世話になるか。縁が切れたら勿体無いしな。友達になったのに」
……友達ではないだろ。と、言おうかと思ったが今回は悪ふざけではないらしい。
ふざけて言ってるんじゃないなら……まぁ、それぐらいなら許してやるか。
コーヒーを口に含み、ゆっくり、疲れた体を背もたれに預けた。
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ここまでお読みいただきありがとうございます!
これからの執筆に当たって、読者の方のご感想を参考(あくまで参考ですが)にさせていただきたいため、
好きなヒロイン・キャラクターなどをコメントしていただけたらとてもとても助かります!
どうぞこれからも本作をよろしくお願いいたします!
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