第五十四話
ダンジョンの攻略。
ハッキリ言ってそれは簡単である。
俺がいれば戦闘での敗北はなく、ヒルコがいれば探索での失敗はない。
水瀬も常人とは思えないほどのウザさを除けば、非常に多才で優秀だ。
「ヒルコさん。おそらくですが、モンスターの多い方が正解の道です」
「? ……分かった。多い方に進む」
ツナから大まかな指針を聞いたヒルコに連れられてダンジョンを進む。
居住区があったことから察していたが、もう最下層は近いようだ。
「……なんで、モンスターが多い方が正解?」
「…………。ヒルコさんが「人間は変わらない」と言ったからです」
「……?」
大量のモサモサゴーレムが現れ、その一体を掴んで全力でぶん投げてボウリングのように一斉に吹き飛ばしていく。
「ダンジョンの中に小さな虫すら湧いていない。というのは確かに一度も外に出ていないからというのは、納得のいく答えです」
「うん。だから──」
「もうひとつ、可能性があります。一度出て、それから帰ってこなかった。……変われなかったのではなく、変わったのかもしれません」
「……そんなのないよ。ダンジョンコアがなくなれば死んじゃうんだから。残らざるを得ないよ」
「この時代には、現代と違う点があります。ひとつは知識不足で生態系の構築が不可能であること、もうひとつは人口の大多数が農民で畑の管理のために探索なんてやってる暇はないということです」
「…………それが、どうしたの」
「ちょっとした防衛で済むと思ったのでしょう。彼、あるいは彼女たち二人は」
コツリ、辿り着く最奥。
今までと違ってあからさまに大きな部屋と、その中にいる巨大な植物のようなものに覆われた巨人。胸にある宝玉には見覚えがあった。
「……ダンジョンコアを取り込んだモンスター」
ヒルコは怯みながらそう口にして、ツナは表情ひとつ変えずに頷く。
「閉じられた洞窟の中、他にまともな生き物はいない。なのに、同一種の動物だけはいる。……考えてみれば当然の答えです。ダンジョンなのですから、栄養源はそこに決まってます」
ダンジョンコアを取り込んだ巨大なモンスター。おそらくモサモサゴーレム達はこれが生み出したものなのだろう。
……うちでは使うことはないだろうが、なかなか面白い領域外技能だ。
「ちょっ!? 嬢ちゃん! こんなデカブツを前にぼーっと解説してたら危ないだろ!?」
「平気ですよ。ヨルがいます」
「いやいやいや! 無理だろ! ドラゴンどころじゃねえぞ!! どう見てもダンジョンのラスボスじゃん! ヨルは中ボスじゃん!」
そういう問題なのだろうか、と考えながらツナの方を見る。
「それで、結論は?」
「人は変われるみたいです。
……座敷牢の彼は、ダンジョンマスターとなることでそこから抜け出しました。
けれども座敷牢しか知らない彼はダンジョンもそのような形になりがちで、結局前と変わらない生活をしていました。
……けれども、たぶん、ダンジョンの副官……大切な人と出会えたのでしょう。
こうしてダンジョンの守りを自動化することに力を尽くして、二人で出て行った。
……その後は、どうなったんでしょうね」
「決まってるだろ。幸せになったんだ」
「……ですね」
と、俺とツナが話していると、水瀬が全力で俺の肩を掴んで揺さぶる。
「話してる場合か!? 違うだろ! こんなときにふざけるのは俺だけでいいだろ!」
「お前もふざけるなよ。……というかさ、もう終わってるぞ」
刀を鞘に戻すと水瀬は「えっ、いつ抜いて……」と溢す。
直後、巨人型のモンスターは爆ぜるように切り飛ばされて土埃をあげて地面に落ちていく。
「──名喰いの偽典【ミョルニル】」
「…………は?」
水瀬とヒルコは目を開いて今何が起きているのかを確かめようとするが、ツナだけは平常の様子で口を開く。
「人は変われるみたいですよ」
「……」
崩れたモンスターを見て、ツナはパタパタとそのダンジョンコアに向かう。
あまり規模の大きなダンジョンとは思えないが、年季のおかげかかなりの大きさのコアだ。
「それで、どうするんだ?」
「不正魔導さんの真似です。一度見て、おおよそ仕組みは理解出来たので。……聞きます?」
「俺が理解出来る内容か?」
「一月ぐらいかければ」
「……やめとく。ダンジョンコアの他に必要なものは?」
「あっ、白銀の街の端末ありましたよね。あれも貸してください」
ダンジョンコアの前にペタリと座ったツナはブツブツと何かを口にしていく。
「……では、今から領域外技能を作りますので、五分ほど待っていてください」
「ああ。頼んだ」
さて……やることがないな。と、思っているとヒルコはぼんやりと倒れたボスモンスターを見ていることに気がつく。
「ツナの話、納得いかないか?」
「……結局、ひとりじゃ変われなかった。他の人に手を引いてもらったから、変われたんだ。だから──」
「だから、今は俺がヒルコの手を引くよ。……な?」
「…………私、ヨルくんのこと、すごく……嫌いだな」
ヒルコの手を握って笑いかけると、ヒルコは釣られたように笑う。
「ゆっくりでいいよ。こんなこと滅多にないだろうし。……それまでは、俺が守るしな」
「……無責任」
「俺ほど責任感が強い奴はいねえよ」
「……本当?」
当たり前だろ。と、返すと、水瀬が「俺も俺も」とばかりにアピールしてきたので無視する。
「ま、色々あったけど、今回の探索もさ、俺たちの仲を深めるのにいい機会だったと思おう。な、ヨル」
「……そっすね」
「ほらー、もっと仲を深めるトークしようぜ。高校のとき部活何部だった? アニ研?」
「なんで知ってんだよ……」
「いや、ほら、イメージ」
……俺のイメージ、運動部じゃないんだ。別にいいけど。
「ヨル、運動部はないだろ? ほら、褒められるの好きじゃないしさ。運動部だったらそりゃあもうモテモテになっちゃうだろうし」
「別に運動部で活躍してもモテないだろ……」
「んなことないよ。ほら、俺もモテてたし」
絶対嘘だ……。
というか、真面目な話をしていたのに水瀬のせいで中断された……。そう思ってヒルコの方を見ると、クスリと笑っていた。
「やっぱり、ヨルくんのこと、すっごく嫌い。大っ嫌いだ」
そう言うヒルコはどこか嬉しそうだった。
そんなやりとりをしている間にツナが頭の中で理論を組み立てたのか、俺たちを手招きする。
「では、転移しますが、情報の欠落からどこでも自由にというわけにはいきません。建物や地面に埋まったりせずに一番確実に戻れる場所。……空高くに飛びます」
「……空から落ちたら死ぬんじゃないかな」
「ヨルがいるので平気です」
「三人抱えてか……。着地時に転がることになるから、ひとりは怪我させるかも」
「なら私が」
「まぁ水瀬はいいか」
「えっ、よくないけど……。というか、上空に脱出するの? 死ぬだろ」
「ヨルなら自由落下の終端速度ぐらいじゃ怪我ひとつしませんよ。じゃあ、いきますよ」
いや……流石に人を三人抱えながらだと怪我ひとつしないというのは……。と、言うよりも先にツナがダンジョンコアに触れながら端末を操作する。
本来なら操作権などないはずが、けれどもダンジョンコアの力が動いて俺たちの足元に広がり、ヒルコを背負ってツナを左手に抱えて、右手で水瀬を捕まえる。
「では、いきます。
────
瞬間、転移トラップのときと同じ感覚が全身を包む。
次に目に入ったのは青空だ。足場のない落下で体が回り始めて、ヒルコが前にに回した手をぎゅっと力を入れて、水瀬が叫び、ツナは「歩き疲れたー」と一仕事を終えた感を出してグッタリと休憩し始めている。
空中で大きく身を捩って回転の速度を変えて、角度を決めて、それと同時に地面を見据えて空気抵抗を利用して落下位置をずらす。
細かな身体操作で完全に空中での動きを制し……アスファルトの上に足が触れる。それと同時に水瀬側にゴロゴロと転がって衝撃を逃す。
ツナとヒルコには怪我ひとつさせておらず、水瀬も擦り傷程度だ。
……安心して息を吐きながら、自分の脚を触る。
「……死ぬかと思った。あー、ヨル、生きてるか?」
「足、捻挫した。めっちゃ痛い」
「……捻挫で済むんだ。って……あれ?」
水瀬は顔を上げて周りの様子を見る。そこにあったのは人集り……だが、俺たちの存在を知って見に来たにしては、あまりにも集まりが早すぎる。
何か別のことが……。そう考えて周りを見回した瞬間、それに気がつき、慌てて両手でツナとヒルコの目隠しをする。
「ッ──なんだよ、これ」
覚悟はしていた。
俺たちがあの場からいなくなったからには、抑止力がなくなり、争い──殺し合いになると、予想はしていた。
だが、これは。
水瀬は頬を引き攣らせながら俺に尋ねる。
「……転移前に、斬ったのか?」
「いや……俺じゃない」
磔だった。まるで見せ物にするかのように、二人の死体が飾られていた。
俺たちがいないあの場で最も強いはずだった、不正魔導こと志島とそのダンジョンマスターが、そこで磔にされて死んでいた。
……何がどうなったんだ、と。
「……ヨル。とりあえず、降ってきた人間はこの街だと珍しいらしくて悪目立ちしてるから、逃げるぞ」
「たぶん降ってきた人間はこの街じゃなくても珍しいと思う」
「原宿だとよくそんな感じでみんな移動してるぞ?」
「お前は原宿をなんだと思ってるんだ」
俺の身体をヒルコが背負い、すたこらさっさーと逃げていく水瀬を追ってこの場から離れる。
とりあえず今日は……面倒ごとは全部後回しにして、全部を忘れて帰ってしまおう。
どうやらここまで車で来ていたらしい水瀬の運転で、俺たちは練武の闘技場へと帰還した。
◇◆◇◆◇◆◇
疲れた体、あと二度寝三度寝したいところだけれど、なんとなくヒルコのことが心配になってリビングに向かう。
普通に考えるとヒルコも疲れているだろうし、まだ起きてきてはいないだろう。
けれども、人の気配がするリビングを開ける。
少女がいた。
見慣れない黒と白を基調としたフリルのあしらわれた可愛らしい服の少女だ。
ゴシックロリータ……と、言うのだったか。女性の服にはあまり詳しくない俺でもなんとなく知っていた。
振り返った彼女……ヒルコは照れたように恥じらいながら、唇を小さく動かす。
「……おはよ、ヨルくん」
「…………おはよう」
その服どうしたのと訊いていいのだろうか、いや、むしろ褒めるべきか? たぶん女の子がオシャレをしているわけだし、かわいいだとか似合ってるだとか言うべきなのだろうが……。
なんというか、こう、褒めてはいけないような、謎の勘が俺に警笛を鳴らしていた。
「……かわいい?」
スルーしようと思って数秒。ヒルコの方から責めてきた。
俺の戦闘で培ってきた勘が「褒めてはまずい」と言うが、同時に「否定してもまずい」「無視は話を逸らすのもまずい」と……全ての回答に対して同時に警笛を鳴らす。
警笛が色んな方から鳴りまくっててもう吹奏楽部の演奏みたいになってる。
「……ああ、かわいいな。どうしたんだ?」
いや、本当になんで突然。元々そういう趣味だった……にしては、なんとなくあまり着なれていない気がする。
あんな疲れることがあった昨日の今日、急にどうしたのだろうか。
……ゴシックロリータ……ロリータ……。
いや、まさか。しかし……いや、だが……。
俺は別にロリータファッションが好きということはないし、ロリコンが好みそうな服はむしろアメさんが持ってるような女児用の服とかではなかろうか。
いや、俺はロリコンではないのでロリコンの機微は分からないけども!
……まぁ、俺に合わせてとかは普通に勘違い、俺の恥ずかしい自意識過剰だろう。
「あ、ヨルくん。僕、ホラーゲーム買ったんだけど一緒にする?」
……ホラーゲームに、唐突の僕っ娘。
うん、ああ、認めよう。ヒルコ、めちゃくちゃ俺に合わせようとしてる。
「ふふふ、この僕、闇の暗殺者の力を見せてあげるよ」
闇の暗殺者は引き継ぎなんだ。
…………。
いや、お前「人間は変わらないよ」とか言っといて自分はめちゃくちゃ男に合わせて変わるタイプの女じゃねえか!
付き合ってないけど! 付き合ってないけどめちゃくちゃこっちに合わせて変わってるじゃねえか!
しかも上書き保存じゃなくて別名で保存するタイプなせいで、ゴスロリ僕っ娘の自称闇の暗殺者というキャラになってしまっている。
……いいけども、好きにしてもいいけども……!
照れながらゲームの用意をするヒルコと共にホラーゲームをする。
……めちゃくちゃ楽しかった。
好きなことを人と一緒にするのってこんなに楽しいんだ。
ゲームの途中「ゴスロリ僕っ娘闇の暗殺者がホラーゲームやってたらなんかすごく配信者っぽいな」と言ったら、ちょっとしてから着替えて戻ってきた。
なんか嫌だったんだな。ごめんね。
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