第三十六話
四人での生活が始まったが、今までずっとツナと二人暮らしだったこともあってどこか落ち着かない。
いつも、外の世界でも問題がないぐらいの距離感でツナと接しているつもりだったが、ヒルコに見られている間はどうにも普段よりも距離をおいてしまう。
……膝の上に乗せて抱きしめるのぐらいはセーフと思っていたが……もしかして、薄々俺もアウトだと気づきながら自分を騙していたのか……?
ともあれ、ツナは俺がいつも通り過ごせていないことで少し不満らしい。
今もリビングで結婚情報誌を読みながら、洗い物をしている俺を横目に見て不満そうにしている。
「……新居の特集を見ているんですけど」
「ん、ああ、どうしたんだ?」
「もう同棲してるとやっぱり引っ越したりすることがないので新婚さん感は薄いですね」
「……これって同棲なんだ」
どちらかと言うと社宅に住んでるという印象だったけど、まぁ……同棲といえば同棲ということになるのだろうか。
俺の言葉を聞いたツナはパタパタと手足を動かす。
「何を言ってるんです! どう考えても恋人同士の同棲生活です! ……ヨルは、ちょっと自覚が薄いような気がします」
「自覚?」
「私と恋人であるという自覚です。まぁ、お互いに仲良くなる前に同棲を始めるという漫画的展開なので、順序がおかしくなっているのは事実です」
「……ツナ、そういうレディコミみたいなの読んでるのか? 年齢的によくないと思うぞ、ほら、ちょっとスマホ貸してくれ」
洗い物を中断してツナのスマホを取ろうとすると、ツナはパッと動いてポケットの中に入れる。
「少女漫画でもそれぐらいあります。と、それよりも、です、結婚目前なのに既に倦怠期みたいな雰囲気なのをどうにかしたいんです」
「……いやそうは言っても、アメさんはまだしもヒルコの前でベタベタするのは」
「それです。ヨルのその態度がよくないです」
ツナは俺の手を握って座らせたかと思うとゴロンと俺の上に寝転がり、モゾモゾと動く。
服がめくれて白い背中が少し見えてしまっていたので直していると、その手をツナに止められる。
「……脈を取ればヨルが私にドキドキしてることや、瞳孔を覗けば女の子として見ていることは分かるのです」
「バイタルチェックするのはやめてくれ……」
「内心は倦怠期どころか、チラッと肌が見えただけで意識してしまっているのに外には出さないようにしてます」
「……そりゃ……いや、いいだろ」
「ダメです。それはヨルの甘えです。冷たい態度をとっても私がどこかに行ったりはしないという考えからくるものです。実際、離れたりはしませんけど、だからとたかを括っていられるのは嫌です」
……いや、まぁ……それはそうかもしれないけど。ツナは俺の身体の上に寝転んだまま、ピシッと俺に指差す。
「最強たるもの、好きな子にはちゃんと好きと言えるようになりなさい!」
「……」
「……」
「……最強って、好きな子に好きと言えないとダメなの?」
「なんかそんな感じしません?」
……まぁ好きな女の子を前にもじもじしてる最強の男ってちょっと嫌だな。
…………小さい女の子と結婚という、もう一番やってはいけないことをやらかしているのだから、いっそ吹っ切れるべきなのかも、その時が来たのかもしれない。
「……分かった。まぁ、その……確かに結婚するのに子供扱いして誤魔化すのはズルい気もするし、善処しようと思う」
「うむ、よろしいです。では、カモンカモン、恋人としてちゃんと振る舞ってください」
「……恋人いたことがないから分からないんだけど」
「そこはパッションで補いましょう」
パッションで……。
俺の上に寝転んでいるツナは小さい子供そのもので……けれども、そのツナに好意を抱いているのは間違いなかった。
「……す、す」
「す?」
「好き、です」
ツナは「ふへら」と緩い笑みを浮かべて俺のほっぺたをペタペタと触る。
「なんで敬語なんですか?」
「いや、改めて言うと……普通に、その、恥ずかしい」
「知ってますよ。でも、私はいつもその恥ずかしさを乗り越えて好意を伝えているんです」
「……それはごめん」
「もっと、触ってほしいです」
半袖のシャツから伸びる細い手と、スカートから覗く白い脚、服に隠されたなだらかな身体。
……触ってほしいと言われても、触っても良さそうな場所の方が少ない。手を握り、握った手から手首、腕へと指を這わせる。
体の中心を追っていくように触る場所を変えていく。ツナが少しでも嫌そうにしたら離すつもりだったのに、ツナが一向に嫌な顔をしないせいでどんどん体へと近づいていってしまった。
二の腕のあたり、半袖に指が触れて、その手を止めてしまう。
もっと触ってほしそうなツナは、何か思い出したように自分の二の腕をふにふにと触り、それから自分の胸を軽く撫でるように触る。
「……ん、胸と二の腕が同じくらいの感触って聞いたんですけど、やっぱり違いますね」
「まぁ、そりゃな……」
「……やっぱり、触るの嫌ですか?」
「嫌というか……」
「昔はもっと触ってくれてました。……その、多分、年齢の問題もあると思うんですけど、二年より以前のことは記憶が薄いんです。私の記憶はほとんどヨルと一緒にいる時間で」
ツナは寂しそうにきゅっと身を寄せる。
昔はもっと触っていた……というのは、ツナがもっと小さくて幼かったからで、成長した今同じように接するのとは話が違う。
小さな体は少し力を入れたら壊れてしまいそうで、どうしても軽く撫でるぐらいしか出来ない。
「……ちょっと、散歩しないか?」
「散歩……ダンジョンの中ですか?」
「いや、外。ちょっと前まではアメさんもいなかったし、ダンジョンもこじんまりしてたからなかなか出かけられなかったけど、今は普通に出れるだろ」
「それはそうですけど……。なら、着替えてきますね。今はちょっと薄着なので」
ツナは部屋に入り、俺がトレーニングルームにいるアメさんに留守番を頼んでいる間に着替えて出てくる。
可愛らしいワンピースに麦わら帽子を被ったツナは、不思議そうにしながら俺と一緒に外に出る。
「どうしたんですか? 急にお散歩って」
ツナの質問に、俺は周りを見回して人がいないのを確かめてから小声で口を開く。
「……恋人って、デートとかするものだろ」
「へ? ……うへへ、そういうことなら仕方ないですね」
「ツナがスキンシップを欲しがるのはまぁ当然というか、他にやれることが少ないから仕方ないけど。これからはデートも出来るから、そういうことから順序よくやっていくんじゃダメか?」
ツナは俺の手を握りながら、俺の方を見つめる。
「……いや、普通に同時進行でもよくないですか?」
「……確かに」
「でも、確かにデートは出来るのでたくさんしたいですね。ヨルは行きたいところとかありますか? ……えっちなのでプールとか行きたそうですけど」
「……いや、それはあんまり」
「あー、私の水着姿が他の男の人に見られたくないからですね」
「いや……着替えのとき、一人にするのが危ないだろ」
「はいはい。まったくもう、独占欲の強い人です」
ツナは機嫌良さそうに俺の手を引っ張る。……やっぱり、可愛いな。
コロコロと変わる表情が、俺を信じてくれている瞳が、変なことばかり言うところが、やっぱり好きだ。
……だからこそ、怯えがあるのだろう。小さいときに結ばれて、成長したときに結ばれたことを後悔させてしまったらどうしようと。
思春期に入ったとき、大人になったとき、ツナは変わらず俺を好きでいてくれるのだろうか。それが、怖くて仕方ない。
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