第四十四話
妙な空気だ。
お互いが敵ではないが、味方でもない。
仲良くすることのメリットとデメリットを天秤にかけて、細かい所作を見て少しずつ天秤に分銅を乗せていくようだ。
そんな空気の中で入ってきた男は不思議そうにキョロキョロと周りを見回す。
「あれ? ダンマスの集まりってここであってますよね?」
「あ、ああ」
「よかったー。みんな初対面だから知らない集まりに間違えて入ってたらどうしようかと思った。こういうのなんかびびらない?」
明るく警戒心の見えない話し方。
どこかガサツな雰囲気があるが、全くの無遠慮というわけでもなく、能天気気味だが普通の男という印象だ。
「あ、ここ座って大丈夫だった? 席とか決まってたりする?」
「いや、そういうわけじゃないようだから平気だろう。……ひとりできたのか?」
思わず俺も警戒をせずに普通に話し返してしまう。
彼は俺の質問に戸惑いもなく頷いて、座りながら口を開く。
「あー、うち、人数増やしてなくて二人っきりだから、妹の方は留守番。あ、妹って言っても義理というか、本物の妹じゃないけどな」
警戒心もなくペラペラと内情を話すな……。まぁ本当かどうかは不明だが。
おしゃべりが好きなのか、それともダンジョン内で雑談の相手がいなくて退屈していたからか、彼は聞いてもいないのに色々なことを話していく。
それから十数分後、次に円卓に座ったのは二人の女性だった。
三十代程度の年齢、どこか意地悪そうな雰囲気のある女性と、もう少し若く二十代後半から三十歳ぐらいの少し筋肉質な女性。
二人とも護衛らしい男を一人ずつ連れていた。
元々知り合いなのか、若干距離が近く感じる。
護衛の男二人はあまり強そうには見えない。現時点のトップレベルの探索者程度で、強さでダンジョンに選ばれるレベルではないだろう。
ダンジョンの副官なのか、それともうちのアメさんのように後から仲間になった人かで評価が変わりそうだ。
これで七組。俺たち、白銀の街、ツナの母疑惑の女性、馴れ馴れしい男、副官が強そうなダンジョン、元々組んでいそうな二組。
もう集合時間は過ぎたはずだが……。席が二つ空いている。
どうするつもりだ。と、代表の白銀の街のダンジョンマスターに目を向けたとき、背後から足音が聞こえる。
遅刻ということもあり部屋の視線が集まる中、現れたのは邪悪かつ純粋な笑みを浮かべたおっさん……。
俺が人生で一番な苦手意識を持っている男、水瀬がヘラヘラと遅刻を謝りながら現れた。
思わず「うわ」と言いそうになる口を閉じて、必死にため息を閉じる。
そりゃいるよな、No.2だもんな水瀬。悪ふざけのせいで。
邪悪な存在である水瀬は、白髪混じりの髪をガリガリとかきながら部屋に入ってきて、空いている円卓の席に座る。
あと一席……。と考えていたところで水瀬はわざとらしく俺の方を見ないようにしながら口を開く。
「さっき連絡あって最後の一人はドタキャンとのことだったんで今から会議を始めるな。ああ、まず自己紹介から始めようか。俺は水瀬だ。俺のダンジョンを攻略される可能性は考えられないから、割と暇していて雑用を買って出ているんだ。組織の方に何かの要望があるなら俺を通すことになると思うから、顔だけは覚えていってくれ」
ダンジョンを攻略されることはないという言葉に全員がピクリと反応する。
当然だ。
ここにいるのは全員が腕に覚えのあるダンジョンマスター達で、その彼らでも自分のダンジョンを攻略される可能性があると考えているからこうして集まっているのだ。
そんな状況で「自分のダンジョンを攻略されることはないという傲慢な言葉は、ダンジョンマスター達に感心と不快さを同時に与えるものだった。
……いや、まぁ……ダンジョンマスターじゃない水瀬は、そりゃダンジョンを攻略される可能性ないんだけども。
ツッコミたい気持ちを堪えながら水瀬の言葉を聞く。
「それで本題の今回の会議なんだけど。第一にダンジョン国家の利点についての説明という要素が強い。というのも、今回ここに来た時点で理解してもらったと思うけど、ほとんどのダンジョンは明確に人手不足だ」
水瀬は周りを見回しながら続ける。
「初期人数はダンジョンマスターと副官で二人。二年前の事件の影響もあって多くの人からよく思われていない状況からのスタート。印象の悪さと人手不足のせいで、人を募集することも難しい悪循環」
まあそこは明確に事実だ。
俺たちは今でこそ仲間が四人と、ある程度頼れる人が数人という感じだが、少し前まではツナと俺の二人だけだった。
仲間を探すための仲間がいない状況で、それは他のダンジョンでも同様だろう。
事実、護衛を連れてきていても一人か二人で、連れてきていないダンジョンマスターすらいるぐらいだ。
日本のトップクラスのダンジョンですらその惨状だ。
「それを解決するための手段としてのダンジョン同士の関わりは今までも多くあったが、それも結局は一つのダンジョンを二人で協力するのから、二つのダンジョンを四人で協力するという形に変わるだけで、悪くはないけど人手不足は変わらない。……今回の「国家」の一番の目的はそこの解消。つまりはダンジョンの外から「国民」を得て人手不足をなんとかしましょうというものだ」
水瀬はそこまで話してから周りを見回す。
そこまでは事前に共有されていた議題だ。
「で、何かそこに関して意見がある人はいないか?」
俺の隣に座っていたツナの母疑惑の女性がぴょこぴょこと手を上げる。
「前提をひっくり返すんだけど、それって私たちが協力しない方が私たちに利益があるんじゃないの?」
「……というと?」
「白銀の街……つまり、街っぽいダンジョンのでしょ? 図書館のダンジョンだと本が安いように、街のダンジョンだと人が住むためのものが安い傾向にあるんじゃないのかな? 人集めが成功したら、DP効率の差で白銀の街のダンジョンが一人勝ちするんじゃない?」
まぁ、確かに。
うちの場合は別の街っぽいダンジョンを取り込む予定にあるので、DPの値段の問題で困ることはあまりなさそうだが、他のダンジョンの場合は人が生活するための維持費が高くて破産する可能性がある。
女性に続いて、人懐こい感じの男も口を開く。
「そもそも、ダンジョンに人が普通に住むようになったらダンジョンの攻略する人が少なくならない? ダンジョンの中に人がいると侵略っぽさ出るしさ、みんなそういうのは嫌でしょ」
まぁ、探索者自体が減ってDPが枯れる可能性もあるか。
必要に見えて、結構いろんな視点で問題があるのかもしれない。
……真面目に話してるけど、司会の水瀬がダンジョンマスターじゃないので微妙な話に乗り切れないな。
と考えながらも、俺も周りに合わして口を開く。
「でも、人を増やさないとどん詰まりなのは間違いないだろ? 数人や十数人ぐらいなら、DPもそんなにかからないし、普通に外で働いてもらって日用品をそのお金で買ってもらうことも出来る。ダンジョンを攻略しにくいという問題も、ハッキリとダンジョン区画と居住区で分けたらいいだけだ。白銀の街の一人勝ちになるとか、赤字になるとか、可能性はあるけどそんなに高くないと思うぞ」
まぁ、うちとしてはどちらでもいいというのが正直な感想だが。
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