第四十三話

 新幹線の駅を降りた辺りで一度アメさんに連絡を入れて、お互いに異変がないことを確かめる。


「ここからどうやってダンジョンまで向かうつもり?」

「近いし歩いていこうかと」

「タクシー乗らないの?」

「道を覚えといた方がいいだろ。あと、どうしてもダンジョンの中で生活してると運動不足になるしな」


 俺はともかくとしてツナは同年代に比べても明らかに体力がない。

 ツナは多分100mも走りきれないだろうし、こういうときに少しぐらい歩かせた方がいい。


「んー、じゃあ私も……って言いたいけど、もう呼んじゃってるからタクシーで行くよ。帰りは一緒に帰ろうねー」


 嫌だが……?


 という会話とともに女性と別れる。

 すると普通の子供のフリをしていたツナが俺の方を向いて口を開く。


「味方にするのは反対ですか?」

「ん、あー、まぁ、微妙なところかと」

「確かになんとなく不気味な人だと思います」


 ツナはそう言ったあと、戸惑いがちに頬を引き攣らせる。


「というか……私にすごく似てませんか?」


 思わず言葉が詰まる。


「……あ、あー、まぁ、どうなんだろ? ほら、若いアイドルとか女優さんって全員同じ顔に見えるからなぁ。美人はみんな似て見える」

「それはヨルがアイドルとか女優をやってるような年齢の女性に興味がないからですね。……親族、というか、母の可能性がありますよね。名前も隠していたようですし」


 必死に隠していたのに全部バレてる…………。

 ツナはそう口にしてから首を横に振る。


「まぁ、大して重要でもないですね。それよりも気になるのは、別に会議の後でも大して問題なかったことです。……目的からしても人と出会うことのようですし、相当下調べをしてるだろう状況でこれは、万が一誰かが暴れたとき対策ですね」

「あー、まぁ俺がいるこっちとは状況が違うか」


 俺たちは制圧される可能性をほとんど考える必要はないが、他のダンジョンはそうではないだろう。


 とりあえずの保険として俺と話しておいて仲良くしておけば守ってもらえるかもという算段か。


 まぁ、ツナがこちらにいるためにむしろ初見よりも好感度は下がったけど、それは頭がいい奴が入念な準備をしても回避出来ない偶然なので仕方ないことか。


 念の為に道を覚えるようにしながら歩いていると、突然ヒルコが立ち止まったかと思うとその場で手を前に出したりちょっと前に進んでは後ろに下がったりと奇行をし始める。


「……ヒルコ、どうした? ダンスの練習?」

「違う。……ここ、この場所を境にダンジョンになってるね」

「……ダンジョンって……地上だぞ」


 いや、地上をダンジョンにするのも大量のDPを使えば可能ではあるが……。


 俺とツナもヒルコと同じようにして確かめようとするが、ヒルコに説明されながらその境目とやらを触っても何も感じない。


 まぁ、ヒルコの感覚の方が正しいのだろうが……こんな何の変哲もない道をダンジョンにする意味が分からないな。


 数歩だけ歩くとまたヒルコが立ち止まって俺の方に目を向ける。


「ここから普通になってる」

「随分と小刻みだな」

「道に何か工夫があるようではないですし、DPが余ったから試しに使ってみたって感じでしょうか?」

「あー。まぁ、いずれは使うことになりそうだし、実験として機能を確かめてる感じか。ここも一応ダンジョンってことは、ここで死ぬような怪我をしたらダンジョンの外で復活するよな?」

「そのはずです。小刻みにダンジョンと普通の場所が交互になってたら、例えば事故が起きた場合とかはすぐ近くで復活するので「あれ? めっちゃ痛いけど怪我してないな」ぐらいの感じになるんじゃないですかね」


 そうなるだろうか……? いや、まぁ、ならなくもないか。


「ダンジョンの仕様ってよく分からないんだよな。ちゃんとした説明とかないし。例えば老衰や病死はどうなるかってのが分からなかったり。地上の支配が出来るようにしてあるのに、実際に支配して人が死にかけたら突然ワープして変な感じになりそう」

「その実験の意味もあるんじゃないですか? 出来たらその実験の結果も知りたいですね」


 何も考えずにノリとパッションで国とか言ってるのかと思ったが、一応は事前に研究していたのか。


 一応、地上に出ても安全ではないと考えていた方がいいか。


 また歩いていると、ヒルコは落ち着かない様子で自分の腕をカリカリと掻く。


「頻繁に切り替わってむずむずする。気にならないの?」

「気になるも気にならないも、そもそもダンジョンと普通の場所の境目が分からない。……と、裏口はここだな」


 送られてきたメールに添付されていたダンジョンの裏口。


 一人暮らし用のアパートの一室の扉に、一応ノックしてから手を掛ける。


 鍵はかかっておらず簡単に開く。

 中を覗くと明かりが付いていて見えやすい場所に「土足のままお入りください」と書かれていた。


 中に進むと畳が剥がされた床に大穴が空いていてそこから簡素な階段が降りているのが見える。


「急造って感じだな」

「実際に最近作ったんじゃないかな。畳を返したときの臭いが残ってる。……話し声が聞こえる。何人か集まってるみたい」


 階段を降りて廊下を歩く。

 結構な距離を進んだ後に俺の耳にも人の気配が感じられた。


「……私は隠れてる?」

「いや、一緒にいて大丈夫だ。……階段の長さからして、有事の時は天井を吹っ飛ばしてそこから逃げられると思うしな」

「……うわ」


 引くな。ヒルコも大概人間離れしてるだろ。


 少し進んで扉を開ける。

 簡素な作りではあるが小綺麗で、言い訳のように観葉植物が隅に置かれている部屋。


 部屋の中心には、部屋のサイズの割に大きすぎる円卓。

 総合して急拵えという印象を拭えない部屋の作り。


 円卓に並べられた椅子は九席だが、その周りには急遽用意されたようなパイプ椅子が並んでいた。


 ……護衛が一緒に来るって考えてなかったんだろうな。


 ツナがヒルコの手をちょいと握ってパイプ椅子の方に向かう。

 交渉事はツナの方が向いていそうだが……。


 いや、明らかに俺が入ってきてから全員が俺に注目している。

 俺が代表ということにした方がイニシアチブが取れるだろうという判断か。


 結構、強そうな奴もいるなぁと思いながら席に着く。


 既に円卓に座っているのは四人。

 動画でも見た白銀の街のギルドマスター、新幹線で会った女性と、五十台半ば程度の壮年の男、それに加えて今座った俺だ。


 パイプ椅子に座っているのはツナとヒルコを除いて五人。


 俺のようなダンジョンの副官なのか、それとも探索者からスカウトした奴なのかは不明だがいずれもそこそこの雰囲気がある。


 ……特に気になるのが、脚を組んで興味がなさそうに欠伸をしている男。俺より少し年下ぐらいだろうか。


 筋肉はあまりなく、武芸者という空気はないが……この場にいる中だと一番強そうだ。


 ……魔法使いとかの強者だろうか?

 ウチのダンジョンって基本的に狭くて魔法使いが活躍出来ないから、強い魔法使いとは戦闘経験あんまりないんだよな。


 厄介そうだと思っていると、新幹線で会った女性がわざわざ席を移動して俺の隣に来てコソリと耳打ちをする。


「あの男の子が気になるの?」

「あぁ、かなり強そうだなと」


 彼女は事前に調べていたのか、お目が高いとばかりに笑みを作る。


「【不正魔導】って呼ばれてる現役の大物探索者だね」

「あー、なんか聞いたことあるような。というか、現役?」

「うん。副官だけど、ダンジョンマスターの意向で周囲のダンジョンを潰し歩いてるとか……。実践経験も多いし、それにスキルに対する理解は群を抜いてるね。領域外技能グリッチ・スキルの第一人者だし」


 戦闘に特化したダンジョンの副官であり、戦い慣れしている。……俺と同じ境遇か。


「それにしてもよく調べてるな」

「いや、半分はさっきそっちのおじちゃんから聞いたんだよ。……あ、あっちこっちに媚びを売り歩いている尻軽って勘違いしないでね?」

「……。まぁ、情報は助かった」


 この分だと俺の情報も普通に他のやつに話してそうだな。


 そう考えていると、またひとり部屋の中に誰かが入ってきた。

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