第四十二話

「……それで、具体的にどういう風に協力したいんだ? そもそも、協力し合うための会議だろ? わざわざ先に話をする意味は?」

「んー、実際のところ、上手くいかないでしょ? ダンジョン国家」


 いや、そりゃそうなんだけど元も子もないことを堂々と……。


「方向性としては議会制政治みたいになって、主催の白銀の街のダンジョンマスターはまとめ役って感じなんだろうけど。いかんせんライブ感で動きすぎというか、意思決定も行動に移すのもあまりに早すぎるよ」

「まぁ、すごいテンポ感だよな」

「少人数体制とか君主制みたいなのならトップダウンで手早く決められるけど、いちいち日程を合わせて会議を開いたり細かいルールを決めたりしないといけない議会制とはめちゃくちゃ相性が悪いね。色々と杜撰だけど、それ以上にやり方と制度の噛み合わなさが問題だ」


 彼女は「そんなことぐらい分かってるでしょ?」とばかりに言ってから、新幹線の通路を通る車内販売に目を向ける。


「……で、潰れると分かってるなら何が目的なんだ?」

「友達探しかな。どうせすぐ潰れるから参加するのにデメリットもあまりないんだよね。あ、お姉さーん、コーヒーふたつください。ヨルくん達も何かいる?」

「……いい」


 ダンジョンの関係者以外が目の前にいるのに随分と大胆だ。

 まぁ、ここでバレたとしても何の問題もないだろうが。


 女性はコーヒーを受け取って隣でぼーっとしてる仲間にコーヒーを渡す。


「海外、もうそろそろ酷いことになるからさ。早めに仲間を集めて助けに行きたいんだ。だから仲間探し」


 ……最近、微妙に海外の話題がネットやテレビから入って来にくくなりつつあるが、アメさんの親父さんの故郷も酷いことになっていたのは確かだ。


「……まぁ、あまり状況が良くないみたいな話は聞くな。スーパーとかも食料品の値上がりがすごいしな」

「そうそう。世界平和のために海外で悪いことしてる奴をやっつけよーって」


 言いたいことは分かった。まぁ善意か悪意かは分からないが、とにかくは海外にも手を伸ばしたいという話だ。


「単独でやらない理由はなんだ? ダンジョンのしかも海外のものの割譲なんて仲間を集めてもややこしいだけだろ。相手の反撃を受けたときに誰が請け負うことになるかはランダムだし、攻め入ったときの貢献度もハッキリと示せない。海外に拠点を持てるメリットは認めるけど、他と組んで面倒な取り決めをするほどの手間をかけるほどかというとそうでもないだろ」


 敢えて裏切りの可能性は口にしなかったが、手間の割に確実性が少ないし人数を増やせばその分デメリットも薄い。


 やるとするなら単独の方が手間も少なければメリットも大きいし、欲をかかなければリスクも小さい。


 組めば単独では勝てない相手にも勝てるというのは分かるが、そもそも単独で勝てない相手と戦うのなんてあまりに安定性に欠ける。

 相手が各個撃破を狙って来た場合、最終的にグループとしては勝っても自分達は死んだなんてパターンもありえる。


「まぁそうだけど「それ」はあくまでも山分けをする場合だけでしょ?」

「……山分けをしないならどうするんだよ。ひとりがそれを取っていくのか?」


 俺が呆れながら言うと、彼女は指をパチンと鳴らす。


「その通り。さっきも言ったけど対等な議会制は時間がかかるけど、トップダウンならその手間は省けるでしょ?」

「……裏切りの可能性とかもあるだろ」

「ダンジョンコアを預けたらいい。一括管理ならそのリスクもなしだね」

「いや、誰がその提案に乗るんだよ……。命を握られるうえにリターンもないなんて」


 そりゃ、完全に支配下におくという形なら細々とした手間やらリスクやらはなくなってメリットだけを享受出来るが……。


 俺が呆れていると、女性の目はジッと俺に向いていた。


「私が乗るよ。リターンはある。完全に命を握られていたなら、もはや「裏切り」はあり得ない状況になる。つまり、命は握られているけど殺される意味もないわけだ」

「……正気か?」


 つまり彼女は自分の生殺与奪を誰に握らせるかを選ぶためにダンジョン国家の会議に参加したということになる。


 ツナの方を向くがツナは口を開かず、普通の子供のフリをしていた。


 ……ダンジョンマスター感を意図的に減らすことで、俺が無意味に連れ歩いている幼女みたいな雰囲気を出してきたな。ツナ。


「みんなで殺し合いをするのよりもよほど正気だよ。そもそも、他人に命を預けるなんて誰でもしてることでしょ? 道を歩いていたら急に車が急ハンドルを切って向かってくるかもしれないし、すれ違った人が包丁を取り出すかもしれない」


 女性は本当にそう思っているのかニコリと俺に笑いかける。


「命を預けるのなんて道を歩くのと違いはないよ。違う?」

「……いや、俺は仮に飛行機が突っ込んできても割とどうにでもなるからその感覚はよく分からないけど」

「それはどっちかと言うと君の方がおかしいと思う」


 まぁ、言いたいことは分からなくはないような……。


「……それで、元々友人だった俺が第一候補になった……と」

「覚えてはないけど私がよほど入れ込んでたみたいだし、悪い人じゃないでしょ?」

「悪口が30ページ書かれてるけどな」

「褒め言葉は31ページあったよ」


 そのメモ帳半分は俺で占められてそう。


 ……やりにくいな。一番苦手なやりとりだ。

 事務的な手続きでも、敵対関係でも、ある程度無難にこなすことは出来るのだが……好意を向けられると好意で返してしまいそうになる。


 ツナのこともあるので正直距離を置きたいと思ってしまうが、突き放しにくい。


「……まぁ、どちらにせよ「候補」だろ。俺たちもこの会議の参加者達も」

「ん、そだねー。でも、実態はどれぐらいの規模かは分からないけど、少なくとも日本でも有数のダンジョンだし、人格的に信頼出来るらしいから第一候補だよ」


 普通に敵対してくれた方がやりやすいな……。


 ツナの意見を聞きたいけど、母の可能性があるとは言えないし……。


 なんとなくヒルコの方を見ると、完全に俺がまた変なことをしているみたいな雰囲気で愛想を尽かしていた。


 おかしい。

 少なくとも今日のコレに関しては間違いなく俺は何もやってないのに。


 そもそも、ツナの母っぽいのにそんな感情を向けられねえよ……。


 昔は友人だったのかもしれないが、今はむしろマイナスイメージの方が遥かに強い。


 ツナにバレてはいけない手前、不快感や嫌悪感を露わには出来ないが……。


 ヒルコに誤解されるのもあまり面白くない。時間があればヒルコに伝えておこうと考えていると、新幹線が駅に停まって二人とも駅弁を買いに出て行った。

 ……アイツら新幹線をエンジョイしてるな。


「あー、ヒルコ。たぶん勘違いしてるけど、俺としてはアイツら、というかアイツを仲間に引き入れたくない」

「……女性なのに?」

「ヒルコからの俺のイメージが悪すぎる。普通に信用出来ない。昔の友人なのは確かなんだと思うけど……。ほら、なんか昔の友達が急に尋ねてくるときって、だいたい政治かマルチじゃん」

「それはよく分からないけど。……現状、あまり安請け合いしない方がいいと思う。海外の人を助けたいというのもどこまで本気か」


 まぁそこは怪しいよなぁと思いながら頭をかく。


「まぁでも、俺としてはそこもいずれかはどうにかしたいけどな」

「……ヨルくん、英雄願望あるんだ。意外」

「いや、英雄になりたいとか外国の知らない人たちを助けたいとかじゃなくて。ヒルコが世界一周するときは楽しい旅になってほしいからな」


 世界が全部めちゃくちゃになってから旅をしても楽しくないだろうと思ってそう言うと、ヒルコは唇を小さく動かす。


「……メモ帳、買おうかな」


 影響を受けるな、俺の悪口メモ帳に。

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