第四十一話

移動は電車と新幹線で行う。

会議の際に俺が疲れていることを防ぐためと、他のダンジョンマスターに付けられてナンバープレートで身辺を探られることへの対策だ。


ツナは新幹線には乗ったことがないからキョロキョロと周りを見回し、ヒルコは人の喧騒を嫌がるように眉をひそめていた。


新幹線の席に着いて、ホッとツナが息を吐く。


「平日の昼間だからかわりと空いてますね。指定席じゃなくてもよかったかもです」


自由席も指定席も両方空席が多い。

キョロキョロと周りを見回しているツナを見ていると、ヒルコがピクリと不思議そうな表情を浮かべる。


どうかしたのかと思っていると、随分と席は空いているのに俺たちの隣に二人組の女性が座る。


歳は俺と同じか少し上ぐらいだろうか。

あまり着飾ったりはしていないが整った顔立ちの黒髪の女性。どこかで見たような印象を受けるのは、芸能人などの空似だろうか。


もうひとりの女性は俺の知り合いにはあまり多くない、茶髪のよくいそうな雰囲気の人だ。


「はじめまして、久しぶり。虚構の図書館のダンジョンマスターだよ。……結城ヨル」


ヒルコは警戒するが、俺はわりと顔が売れている方なので話しかけられてもあまり驚きはない。


脅威に対する警戒というよりもむしろ会議を前にしてせせこましく、俺たちの移動に合わせているという努力のように見えてしまっていた。


会議に参加するダンジョンを知っていれば、おおよそそのダンジョンからの最寄りの新幹線の駅ぐらいは分かるだろうし、そこで待ち伏せしていれば俺を見つけるぐらいは出来るだろう。


なんか頑張ってんな、ぐらいの感想だ。


「ツナ、虚構の図書館ってダンジョン知ってるか?」

「ん、はい。そこそこのダンジョンですね。たくさんの本棚が壁代わりに並んだダンジョンだそうです。規模としてはそこそこですが、珍しい魔道書というアイテムが多いことから探索者が多いことで有名ですね。この会議でも、有用なアイテムが安く供給出来そうなダンジョンとして呼ばれたと思われます」


ああ、一応は商取引による互助がメインだしな。

女性はツナの方を見て少し不思議そうな表情をしたあとヒルコを見て頷く。


ツナがダンジョンマスターであるとは思っていない様子だな。


「それで、わざわざ会議前に会いに来たってことは何か用があるんだろ?」

「用ってほどではないけどね。会議の後でもよかったんだけど、こっちの方が確実かとね」


女性は手帳を取り出してパラパラとめくる。


「私、旅人の上にメモ魔でさ。会った人で面白い人についてめちゃくちゃメモ取ってるんだよね。で、そのリストの中に君がいたんだ。会った記憶はないけどね」

「ああ、そういや、さっき久しぶりって言ってたな。……つまり、元々知り合いだってことか。まぁ、お互い神の誘いでダンジョン側になったせいで記憶がないから、この場では確かめようもないか」


元々知り合いだった縁で組もうという話だろうか。

彼女はペラペラと手帳をめくって、俺とヒルコを交互に見る。


「……どうしたんだ」

「かつての私はめちゃくちゃ君に恨みがあったみたい。すっごいたくさん悪口書かれてる。30ページぐらいに渡って」

「ええ……」

「なんか「女たらし」とか「女の敵」みたいな感じの人みたいだね」


やめろ。ヒルコが「うわあ、コイツやっぱりか」みたいな顔でこっちを見ているからやめろ。


じっと顔を見てみるが、やはり見覚えはない。本当に元々知り合いだったのか、それとも嘘をついているかの判断が出来ない。


出方を疑っているうちに新幹線が動き出す。


「むぅ、ヨルは私が初めての恋人のはずです。あなたの発言は信用に値しません」

「えっ……恋人?」


女性の驚いた顔を見たツナはコクリと頷く。


「今は夫婦ですが。まぁ、夫婦でありながら恋人でもありますね」


小さい女の子が嬉しそうに語る姿を見て、彼女達はドン引きしたような目を俺に向ける。


何も口にしてはいないが「うわぁ」と言いたげな表情である。


ツナ以外の三人から「女たらしのロリコン」という完全に間違ったイメージによる非難の視線を浴びながら、誤魔化すように口を開く。


「それで、そのメモで俺は他にはどういう風に書かれているんだ? 今のところ覚えがない特徴を言われていて、昔の知り合いだったという証拠としてはかなり弱いが」


俺がそういうと、ヒルコは少し呆れた目を俺に向ける。


「いや……ヨルくんの昔の友達だったのは間違いないんじゃないかな」

「なんでだよ。女たらしなんて大嘘ついてるぞ」

「……そうだね」


ヒルコは不服そうに頷き、窓の外を眺める。


「それで、他にはどんなことが書かれてたんだ?」


女性はパラリとメモ帳をめくる。

チラリと見えたそれはかなり細かい字でびっしりと書かれていた。


「んー、めちゃくちゃ運動神経がいいとか、出身校とか、そこら辺は調査したら分かる範囲だろうしなぁ。……んー、ホラー映画が好きで夏になったらよく一緒に行ったみたいだね。私はホラーとか苦手だけど、確かに映画を観に行ったような記憶があるなぁ」


……ダンジョンが出来てからは、一度も外で映画を見たことはないはずだ。


女性は話を続ける。


「あと音痴で歌うのが嫌いだとか、喫茶店でゆっくりするのが好きとか、案外家庭的で自分でお弁当作ってたり。あと、中学校でも高校でも、何人かの女の子に好意を寄せられてたみたいだね。これは本人が気づいてないなら証拠にはならないか」


ヒルコは外を向いたまま「やはり女たらし」と呟く。

いや……告白とかされてないし、普通にこの女性が誤解しただけだろう。絶対にモテていないという確信がある。


「一部、情報に偽りがあるが知り合いだったのは確かみたいだな。……で、協力したいのか?」

「まぁそうだね。うん、それもあるけど一番は……私が初めて好きになった人が、どんな人かを知りたくてね」


彼女はメモ帳に何かを書いていく。


ジッと、女性を見る。

昔の俺の友達で、喫茶店や映画によく一緒に行った仲。


どうやら俺に好意を寄せていたらしいが、それを隠そうとも恥ともしていないふてぶてしい態度。


覚えはないけど、覚えがあった。


一度ツナの方を見て、不思議そうにコテリと首を傾げる彼女の姿を確認する。

ツナがまだ勘づいていないことを確かめてから口をつぐむ。


 まだ「お前は朝霧キヅナの母親か」と尋ねるべきじゃないだろう。


 俺との関係以上に、ツナとの関係が気になるが……ツナのいないところで聞いた方がいいだろう。


 もし本当にこの女性がそれであれば、幼い娘がいるのに捨てた親だ。……子供の前でするような話ではない。

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