第四十話

 ツナと寝ていると眠たそうなアメさんとヒルコが様子を見にきて、ツナも風邪を引いてしまったことと自分の体調は回復してきたことを伝えてもう一度眠る。


 短いサイクルで寝て起きて、ツナの様子を確かめておく。

 ツナの考えに乗っかるわけではないが、感染を気にせずに看病出来ることを思うと俺が風邪を引いた分にはちょうどよかったかもしれない。


 夕方頃には熱のピークは過ぎたのか、目を覚まして退屈そうにスマホを両手で弄っていた。


「画面見てたら疲れるぞ?」

「むぅ……何もせずにいると体がしんどいのに意識がいってしまいますし、かと言って寝られる感じでもないですし、他にもやることがないので。久しぶりにヨルのコラ画像でも漁ろうかと」

「普通にやめてほしい。……そういや、前は暇なとき、結構べたべたしてたな」


 ダンジョン経営が軌道に乗る前はとにかくやることが少なく、娯楽の道具もなかったためにふたりでなんとなくべたべたして過ごすことがあった。


 ……今思うと、結構すごいことをしていたように思う。


「……しますか?」

「……いや、体力使っちゃいそうだしな」

「んぅ? そんなに疲れますか?」


 ツナはペタリと俺の体にひっつく。少しマシにはなったが体温が上がっていて、体をくっつけるとすぐに暑くなって汗が出る。


 体が当たっているところが汗に濡れて、密着感が上がって妙に気持ちがいい。


「……そろそろ、シャワー浴びてくる。俺は熱も下がったしな。……ツナは体温も高いしまだやめといた方がいいな」

「えっ、あの、ヨルとくっつきたいので身体は綺麗にしたいです」

「別に俺は気にしないが」

「わ、私が気にするんです」


 うーん、とは言っても湯冷めしたり、水分を失って悪化したりする可能性を考えるとまだ熱のあるツナはなぁ……。


「身体を拭くぐらいにした方がいいかもな。お湯で濡らしたタオル持ってくるから、それで拭く感じにしよう」

「むむぅ……」


 ツナがはだけても寒くならないようにエアコンの設定温度をあげて、それから暖かい濡れタオルを持ってくる。


 ボタンを外してパジャマを脱いでいるツナから慌てて目を逸らしながら、部屋を出ていこうとするとツナが俺を呼び止める。


「よ、ヨル。……その、背中の方、手が届かないので、手伝っていただけませんか?」


 ツナは俺に白く華奢な背中を見せる。

 なだらかな女性らしさの薄い小さな体がよく分かり、思わず見惚れてしまう。


 俺も熱で判断能力が落ちているのか、それとも落ちていることを言い訳にしているのか、ベッドの上ではだけているツナの方に向かってしまう。


 タオルで触れる前に手でツナの背中に触れると、ぴくっと肩を震わせる。

 見れば耳まで赤くなっていて、俺の前で脱ぐのはツナにとっても羞恥が伴うのだと理解する。


 好きな女の子が俺に肌を見せているという状況。

 ツナはたぶん甘えているだけなのだろうが、俺には少しばかり刺激が強すぎる。


 我慢が効かずに背中を触ると汗でぺたりと手が引っ付いて、俺が触った場所から熱が広がっていく。


「……ヨル?」


 不安そうにツナが振り返る。


「どうしたんですか?」


 ツナへの欲望が鎌首をもたげていて、細い腰に手を伸ばす。

 俺の様子がおかしいことにツナも気がついたようで、緊張したように体をぴくりと揺らす。


「あ、え、えと、よ、ヨル。……そ、その、今は、えっと……か、風邪で……」


 俺を止めようとしたツナだが、言葉の途中で覚悟を決めたようにきゅっと手を握る。


「……そ、その、甘えてもいいですか? 背中だけじゃなくて、前も」


 ああ、そういえば体を拭いて清めるという話だった。

 ごくりと生唾を飲み込んで、ツナの細っこい体に濡れタオルを這わせる。


 背中を拭いて、細い腕を持ちながらそこを拭き、横腹からわきにかけても順番に拭いていく。


 間違いなく人生の中で最高潮の興奮の中、後ろから手を回してツナの筋肉の薄いお腹を拭き……それから、胸の方に向かう。


 俺が後ろ側がら拭くのよりもツナが自分で拭いた方が早いなんてことはお互い分かりきっていることだ。

 だからもうこれはただの看病を言い訳にした睦み合いでしかなかった。


 言い訳の中で、濡れタオル越しにツナの胸に触れる。


 薄いツナの胸には柔らかい感触はほとんどないが、弄れば気のせいかもしれないが、ほんの少しだけその感触があるように感じられる。


 指先には肌とは少し違う感触がして、タオルがズレてそこと俺の指が触れ合う。


「っ──」


 ツナが顔を真っ赤に染めて息を漏らし、俺は慌てて手を離す。

 お互いに言葉もなく数秒、手に引っかかっていた濡れタオルがポトリと落ちた。


「あ、ありがとう、ございます。……そ、その、看病……そう、看病をしてくれて」

「あ、ああ。……そうだな、看病。……あ、俺もシャワー浴びてくるな」


 どうかしている。どうかしていた。

 逃げるように部屋から出ていく。



 ……ツナも俺も、熱は呆気なく下がって、大した問題もなく風邪は治った。


 ただ、なんとなく、ツナも気恥ずかしいのかしばらくギクシャクとしてしまった。


 そんな間に、ダンジョンマスター同士の会議の日を迎えることとなった。



 ダンジョンマスター同士の会議は比較的慣れたものだ。

 最初期から地域のダンジョン同士の組合には入っていたし、なんやかんやと他のダンジョンとの関わりもある。


 ……が、今回の件は非常に難しい。


 あくまでも規模として格下の相手ばかりだった中で、今回の相手は同格に近い相手である。


 加えて、相手のホームという環境。どうにも力が入ってしまう。


「……とりあえず、今回も俺とアメさんとツナの三人か?」

「ん、そうですね。全員で行くわけにもいきません。会議が罠で、留守の間に襲われてしまう可能性があります。……ダンジョン内は通信も難しいですしね」


 ヒルコには悪いがまた留守番をしてもらおう。そう考えていると、ヒルコは首を横に振ってから部屋から出て、部屋着から他所行きの服に着替えてくる。


 脚を出したショートパンツに動きやすそうなカットソー。

 少し露出が多く派手めな女子というような装いと、それにあまり似つかわしくない短刀。


 何か言うこともしないが、付いてくる気が満々という様子だ。


「あー、ヒルコ」

「……斥候役はいた方がいい。私なら何かあった時に逃げて状況を伝えることも出来る」


 まぁそれはそうだ。

 ヒルコは元々別のダンジョンの副官だったという過去を持っている。


 それはつまりは神が保証した才であり、この世界における斥候としての最高峰がヒルコであるということだ。


 ツナは頷く。

 ……ヒルコが妙に積極的なのは、元いたダンジョンが他のダンジョンマスターに裏切られた過去があるから、心配になってのことだろう。


 ヒルコが出た場合、代わりに留守番することになるアメさんの方を見ると、少し不満そうな様子だ。


「ヒルコさんには悪いですが、僕が行った方がいいと思います。ヨルさんは強いですが、ツナちゃんを守りながら敵を倒すような状況になったら一人では難しいので、僕とヨルさんで攻めと守りを両方出来るようにするべきかと」

「……アマネは多くの人に手が割れている。如何に強かろうと、罠にかけるつもりなら手札を知っている相手なら簡単なものだ」


 珍しく意見が割れる。

 どちらも俺とツナが心配だから近くで守りたいという感情からくるものだろうと思うと無碍にはしづらい。


 個人的には、今回は騙されやすく罠に引っかかりやすいアメさんよりもヒルコの方が向いているような気はする。


 ツナの方に目を向けると、少し困ったような表情をしていた。


「むぅ……ヒルコさんの技能がすごいという話は聞いていますが、実際に見たものではないのでどの程度なのか分からないんですよね」


 そんなツナの言葉に、ヒルコは俺を指差す。


「……ヨルくんは、私と殺し合うか、アマネと殺し合うか。どっちが勝率高いと思う」


 ヒルコと目が合う。


「……」

「……あー、まぁ、そうだな。ヒルコはやりにくい。……もし助けを呼ぶことになったら、呼ぶ相手はアメさんの親父さんかゴブ蔵あたりになることを考えると、アメさんが残っていた方が話はしやすいか」


 ツナはまだ決めきれていない様子だが、アメさんはもう諦めたのか「他に留守番役がいれば……」と悔しそうにしている。


「……では今回はヒルコさんとヨルにお願いします。警戒というよりかは、せっかく他のダンジョンに向かうなら相手の情報を探りたいですしね」


 ヒルコは頷く。


「じゃあ行くか。新幹線の時間までもう少しだし」

「むう……いってらっしゃい」

「アメさん、お土産買ってくるから」

「……それよりも早く帰ってきてほしいです」

「あー、了解」


 ……ダンジョンでの会議。

 敵地というのももちろんあるが、それ以上にダンジョンマスターやその副官が脅威だ。


 俺やツナやヒルコのように、明らかに飛び抜けた技能を有している奴等の集まりだ。

 一切の油断は出来ない。

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