第四十五話

 複数人が意見を出したことで少し議論が活発化する。


「白銀の街が有利になっても別に問題ないのでは?」「海外からの脅威に対策が必要」「ダンジョンを潰しまわってる奴を味方に入れるのか」「目標や目的がハッキリしていない」


 と、色々とややこしい意見が出てくる。

 まぁ、全員、別の立場だからこれぐらいの意見が出てくるのは普通だろう。


 これは今日中に話がまとまることはないだろうな。意見交換がせいぜいか。


 そう考えていると、パンパンと手を叩く音が聞こえてくる。水瀬だ。


「よし、せっかくなんで仲良くなるためのレクリエーションをやろう!」

「ええ……」


 水瀬は「何言ってんだコイツ」という視線を無視してポケットからハンカチを取り出す。


「結局のところ、よく知らない相手を信用出来ないというのが主な話だろ? んで、相手を知ろうとするための好感度自体も足りてない。つまり、仲良くしたらいいんだよ。急いで話をまとめなければならないわけでもないんだし、仲を深めるところからやろう。……というわけで、ハンカチ落としをしよう」


 ハンカチ落とし……幼稚園の頃やったなぁ。

 みんなで円になって座り、鬼が誰かの後ろにハンカチを落として、落とされた人が鬼を追いかけて、鬼が円を一周して落とされた人の場所に座ったら鬼を交代、座る前にタッチされたら鬼を継続というルールだったはずだ。


 そんな変則的な鬼ごっこという感じだったが……何故この場で。


 と考えていると、ダンジョンマスター達は「つまり狙った席を取れるのか?」「席順の変更の機会をどうするかを試そうとしているのか?」と考える様子を見せるが、水瀬は大の大人がハンカチ落としをしている姿を笑いたいだけである。


 何故か反対する人が出なかったせいでハンカチ落としが決行されて、大の大人達が円卓の周りを走り始める。


「……この時間、なに?」

「さあ……まぁ、席順は大切だよ。発言力に関わってくるし、それがこれからも続くとなればなおのことね」

「いや、まぁそりゃそうなんだけども」


 でも円卓ってそういうのがないように円形なのではなかっただろうか。


「おい、横で話されたらハンカチが落ちる音が聞こえないだろ」

「あ、ごめんなさい」


 いつのまにか隣にきていた白銀の街のダンジョンマスターに叱られる。

 なんでこの人はこんなにノリノリなんだ……。


 他の人は「いい位置」を探してハンカチを置いて席がコロコロと変わっていくが、俺の後ろには誰も置かないせいでひとりだけ真顔で円卓に座っているだけだ。なんだこの時間は。


 そういえば子供の頃もこんな感じだったな……。


 いつのまにか隣に戻ってきた女性はゼーハーゼーハーと息を切らせながら俺の方を見る。


「私……何してるんだろ」


 さあ……?


「おい、ハンカチを落とす音が聞こえないだろ」

「今回は俺何も話してなくない?」


 俺がダンジョンマスターの代理をしていてよかったな。ツナがここに座っていて、他の人にツナに触られたりしたら少し嫌だし。


 ハンカチ落としで席が代わっていくにつれて、人気の席が判明してくる。

 一番狙われているのが扉から見て一番奥にある席だ。


 円卓は上座下座などがないように円形だが、事実としてはそこがリーダー格の人物が座りがちなのは間違いないので当然か。


 次回以降に人が増える可能性を考えると、新しく入ってきた人にしてみたらその席に座っているというだけで一目おく存在になるだろうし。


 他には白銀の街のダンジョンマスターの左右もおそらく同様の理由で人気。


 そして一番意外なのは……俺の両隣が取り合いになっている。


 うちのダンジョンは、実態はアレだがぱっと見ではそこまで規模の大きいダンジョンではないだろうし、国やら街を作るのにも特別向いているわけでもない。


 会議中に揉めたときに守ってもらえそうだからとかか?


 しばらくすると事前に決めていた規定の回数が終わり、最終的な席は汗だくの水瀬と汗だくの女性に挟まれるという最悪の結果になった。


 ハンカチ落としに全力を出すな、コイツら。


「コヒュー、コヒュー……で、では、親睦も深まっ──ガハッ」

「話したらむせるレベルで息切らせてんじゃねえよ。あと言うほど深まってるか? 親睦」

「コヒュー。ヨルは冷めてるな。コヒュー」

「俺だけここから一歩も動いてないからな。ひとりだけ物理的に冷めてるよ」


 水瀬は俺の肩をポンポンと叩く。いや、別に参加したかったわけじゃないからな?


「とりあえず……親睦も深まったところで、情報交換でもするか」


 完全に水瀬のおっさんが司会とか進行をする感じになっているな。

 白銀の街のダンジョンマスターは大物なのか、それとも邪悪なおっさんに乗っ取られた小物なのか。


 それはそれとして。


「情報交換?」

「ああ、お互いに「話してもいいか」というレベルで有益な情報を話し合う感じでな。今回の会議は最低限「顔合わせをする」と「来たのは正解だったと思う」のふたつの目標を達成したいと思っている。次回以降もあるようにな」


 へー、マトモな目的あったんだ。現状、おっさん達が保護者に見守られながらハンカチ落としに興じるという地獄だったのに。


「というわけで、まずは俺から」


 いや、情報交換も何も水瀬はダンジョンマスターじゃないんだから大したことを知らないんじゃないのか?


 と思っていると、彼は軽く息を整えてから口を開く。


「ダンジョン内で人が死ぬことがある」


 一瞬「そりゃそうだろ」と考えて、それからすぐにその言葉の意味を理解して目を開く。


 俺だけでなく、他のダンジョンマスターや周りにいる護衛達も同様に驚いて周りを見回して確かめていた。


 ダンジョン内では人は死なずに死ぬ前に回復させられて外に排出される──というのがルールだ。


 例外はダンジョンマスターがダンジョンコアを失ったときだろうが……それのことを言っているわけではないだろう。


「それはどういう……」


 ダンジョンマスターの一人が水瀬に尋ね、水瀬は頷きながら答える。


「本来ならダンジョンは常に地上と繋がっていないとダメで、地上と繋がらない道は作れないんだが、他のダンジョンの影響や地上から出入り口を塞がれたりしたら、何故かバグって地上に排出されなくなるみたいだ」


 何故かバグってって……。

 水瀬がそれを知ったのは、ダンジョン国家の面接で他のダンジョンマスターから聞いたとかだろうか。


 この場で話すぐらいだからガセの可能性は低いのだろうが……。


「……似たような状況になったことはあるが、そんなことにはならなかったぞ」

「居住スペースの裏口が繋がってたりしたんじゃないのか?」


 ダンジョンマスターの男が水瀬に言い、水瀬はあっけからんと答える。


 ……情報の精査が難しいな。まさか試すわけにもいかないし。


「じゃあ、俺以外にも何か情報出してもいいってやついる?」


 俺の隣の女性がぴょこりと手を挙げる。


「はいはーい。じゃあ私も、ダンジョンが出来たのは今回が初めてじゃなくて数百年ごとにあるみたいだよ」


 女性の言葉にザワザワと驚きが広まる。

 情報交換に出された情報はふたつともかなり重要なものだが、すぐに検証出来るようなものではない。


 ……ハンカチ落としを率先してやってた二人が急ハンドルを切ってシリアスな方向に持っていったな。

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