第十五話
「そういや、まだ名乗ってなかったな。俺は水瀬。水瀬ショウゴ。気軽に呼び捨てでいいからな」
「いや……明らかに歳上に呼び捨ては」
「いやいや、俺って老け顔なだけだから」
「ああ、何歳なんだ?」
「45」
「見たまんまだよ。妥当だよ、45歳は」
水瀬と名乗った男は俺のツッコミを楽しそうに聞く。調子が狂う……。
水瀬ぐらいの年齢で探索者をやっているのは珍しい。
年齢的な衰えもあるが、それ以上にダンジョン自体がここ数年で発生したというのが大きい。
まだやることが決まっていない若者やフラフラしている人が新しいものに飛びつくのは珍しくないだろうが、それぐらいの歳になると新しいことを始めにくいだろう。
「あ、僕は夕長です。16歳です」
「……結城だ」
普通にアメと二人の方が良かったな……。
いや、まぁ……そもそもひとりで適当にちゃちゃっと見てまわるつもりだったが。
いくつかのフロアを抜けると、宝箱が目に入る。
「あ……た、宝箱、宝箱ですよ!」
「あっ、お、おい、待て!」
まずい、今の宝箱の中身は本番用の宝が入ったものではなく俺の宝が入ったものだ。
俺が制止しようとするも間に合わず、アメの手は宝箱を開けてしまう。
「こ、これは……」
アメは宝箱の中身を取り出して硬直する。
宝箱から出てきたのは妙な薄さを誇る漫画本……通称、薄い本である。
……やめてほしい。マジマジと見ないでほしい。
「え、えっと『義妹と毎日お風呂に入ってしまっていたらこうなる』……? いったいこれは」
「なんだろうな! 全然分からないな! 捨てていこうぜ!」
俺が必死に誤魔化そうとするもアメはぺらりとページをめくる。
「わ、わわっ!? ち、ちっちゃい子にえっちなことをしてます!? な、なんでこんなものが……!?」
み、見ないで……。
顔を赤らめたアメは「おほん」と咳をして本を閉じる。
「そ、その……どうやらこれはえっちな本だったようです。えっと、欲しいという方はいますか? 三人で探索して見つけたものなので」
俺の宝なんだ、と言い出すことは出来ずに水瀬と共に首を横に振る。
たぶんアメもいらないだろうし、宝箱に戻したら後で回収しよう。
「あ、じゃあ、僕がもらってもいいですか?」
「嬢ちゃんが?」
「はい。その……実は宝箱を開けたのが初めてで、その記念にって思って」
いややめて。俺のお気に入りの義妹もののエロ漫画を持って帰らないで。
そう思っても言えるはずなく、俺のお気に入りはアメに回収されてしまった。
……女友達にエロ漫画を持っていかれることって人生に起こることあるんだ。
俺が少し落ち込んでいると、アメは俺の方をじっと見る。
「も、もしかして、ほしかったですか?」
「……いや、全然ほしくねえし。全然興味ねえし」
「あ、そうですか。……もし欲しかったら言ってくださいね」
言えるか……! 俺のお気に入りだから返してくださいなんて……!
「……ここから先、嫌な気配がある。引き返した方がいい」
「えっ、大丈夫ですよ。僕たちダンジョンファイターズなら」
ダンジョンファイターズに帰属意識を持つな。
まぁ……真面目に戦闘力だけなら妙に高いからな……。
仕方ない。行くか……行きたくないけど行くか……。
進めば徐々に強いモンスターが出てくるが、そこは大した問題ではない。
素手ではあるが、慣れてきたことで技のキレは戦うごとに増していく。
威力不足は相手の力を利用した投げ技で補っていたが、少しずつ素手でもダメージを与えられるコツを掴んでくる。
相手の攻撃に合わせたカウンター、地を蹴ることにより衝撃を相手に押し付ける。まるで拳を弾丸に見立てたように、撃つ打撃。
「……凄まじいな。素手でアイアンゴーレムを倒すとは」
「まぁ、硬いだけだしな。それに回復ありきだ」
多くの探索者と戦ったことにより血肉のように学んだ技巧が素手での最適解を教えてくれる。
剣術を、槍術を、斧術を、銃術を。あらゆる技を寄せ集めて消化し、昇華していく。
「なんて技名なんですか」というアメの問いを思い出し、即興で思いついた言葉を口にする。
「──偽典・ハルバード」
全身運動により威力を増した踵落としがアイアンゴーレムの関節部を鋭く砕く。
同時に俺の脚も砕けるが、治癒魔法で治していく。
……素手での戦闘による限度はある。だが、素手でも戦えるというのは武器を手にした時の手札が大きく増える。
手を開いて閉じる。……俺はまだ強くなれる。
制限がある中だからこそ、気がつけるものがあった。その代償は大きいが。
「あ、宝箱ありました! 今度は……ん、また小さめの女の子のえっちなやつです」
……代償は大きい。
俺のコレクションが全てアメに回収されていくが……まぁ、収穫はあった。
武器術を応用した無手の技……これを得られたのだから、お気に入りのコレクションが女友達に根こそぎ持って帰られるぐらいなら……うん、まあ……俺のものとバレてないのでセーフだ。
今度から家ではネットに繋げない端末を買って、そこに入れよう。それなら見つからないはずだ。
そんなことを考えながら歩いていると、手提げ袋の中がコミケ帰りみたいになっているアメがとてとてと俺の隣を歩く。
それから、チラチラと俺の方を見る。
「その……今まで、男の人って色々おっきいのが好きなんだって思っていたんですけど。こういう本があるということは、人によっては、その……小さくてもいいんですか?」
「……まあ、好みは人それぞれだと思う」
アメは俺の胸の辺りまでしか背がなくかなり小柄だ。
手に持っていた手提げ袋をチラリと俺に見せて、アメは恥ずかしそうに首を傾げた。
「……ヨルさんは、どうですか? 大きい方がお好きでしょうか」
その言葉の答えはアメの手の中にあるが、まさか素直に答えられるはずがない。
「……好きになった奴が好きじゃダメか」
「だ、ダメじゃないです。でも、その、気になるなって」
…………たぶん好きでいてくれているとか、気になってくれているとかだと思う。
おそらく、きっと、もしかしたら俺の願望のせいで勘違いをしているだけかもしれないが。
もし好かれていたとしても……付き合ったりは出来ない。
ダンジョンマスターであるツナと副官の俺は、それこそ死が分かつまで離れることは出来ないし……ツナは俺を異性として好きでいてくれている。
なら、その想いに応えないということは出来ない。離れることが出来ない関係なのだから、険悪になる可能性は排除しなければならない。
……それに、それ以上に、それがなくともツナは俺が守らなければならない。
「アメさん、俺は……」
謝ろうとしたそのとき、水瀬がパッと俺たちを庇うように立つ。
何があったのかと思っていると、このダンジョンには珍しい熱気を感じる。
一際大きいフロア、その中に、美しい赤い鱗と知性を感じさせる双眸を持った巨大な竜が鎮座していた。
いや……急にモンスターの方向性変わりすぎだろ。
思わずそう思わざるを得ないぐらい、いつもとは様子が違うモンスターがそこにいた。
「……いけるか、二人とも」
水瀬が俺たちに声をかけて、俺とアメはそれぞれ「ああ」「はい」と答えて三人で竜に挑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます