第十四話
少し毎日のお風呂が長くなった。
伸ばしっぱなしの髪の毛を、美容院に行って整えた。
学校で指定された白い靴下を他の子みたいにバレないようなあるいはバレても怒られないようなワンポイントの入ったものにしてみた。
……別に、特段何か理由があるわけでもないけど。ほんの少しだけ生活が変わった。
朝、目が覚めて眠い目を擦りながらなんとなくカーテンの隙間から外を覗くと、陰陽師の格好をした集団が「うおおお!!」と何か叫んで気合いを入れているのが見えた。
「……結城くん、今日は遅刻かな」
いつもコンビニでちょっとおにぎりを買ってきている程度だから心配だなと思うけど、なんだかんだと「お礼」で色々と色んな人から食べ物をもらっているみたいだから大丈夫なのだろう。
彼は人との繋がりが多くて……大変そうだと思う。
多くの人から好かれている反面、実のところ多くの人から嫌われてもいる。
悪い人では決してないけれど完璧とはとても言いがたく、であれば、目立てば目立つほどに嫌う人も増えるわけだ。
分母が多ければ多いほど分子も増えるのは自明で……私は大抵の人から気持ち悪がられるか嫌われるかしているけど。嫌っている人の割合ではなく人数なら結城くんの方が多いように思う。
授業をぼーっとやり過ごして、昼休みにいつもの場所に行くと、お札まみれの結城くんが既におにぎりを食べ始めていた。
「……よく耐えられるね」
「ああ……まさか妖怪と間違えられてよく分からない集団に封印されかけるとは思いませんでしたよ」
「人が真面目な話をしてるときにボケないで」
「俺も真面目な話をしてたのに……。いや、俺も妖怪の存在を信じてるわけじゃないですよ? でも、そういうのを信じてる人に絡まれてたというだけで」
「……そうじゃなくて、結構、陰口言われてるのによく耐えれるなって。……気づいてるでしょ」
ヨルくんは顔にへばりついたお札を剥がしながら私の方を見る。
それから、申し訳なさそうにヘラリと笑う。
「あー、そうだな。ごめん」
「……えっ、なんで謝るの?」
彼は表情をそのままに気まずそうに目を伏せる。
「先輩、それで嫌な気分になったんでしょ。俺の不徳のせいで」
「……結城くんへの陰口で私が嫌な気分になるのは変でしょ。それに陰口を言う人が悪いよ」
「いやー、どうかな。陰口を叩かれるのも、それなりに迷惑をかけてるからってのは大きいだろうからなぁ。あと、俺に対して表立って文句言うのは怖いだろうし、陰で言うのも仕方ないというか」
私が不満に思っていることに気がついたのだろう。結城くんは少し困ったようにへらりと笑って話を続ける。
「まぁ、悪い人じゃないと思うよ。その人もさ」
……分かってる。
彼らは普通の人だし、結城くんは完璧ではない。
結城寄という人間は、身体能力こそ五光年ほど人間離れしているが、それ以外は特段特別な人ではなく、多少物怖じしない性質でお人好しであるというぐらいのものだ。
普通に失敗もするし、間違える。
……私がいい人間であるみたいな、勘違いもしている。
彼の悪口を言う人も、特別悪い人ではない普通の人が普通に不満を持っているだけのことだ。……その普通の人に、私は気持ち悪がられてきたのだけど。
「結城くんは……」
昼休み、お弁当を開けないまま何かを話そうとして口が詰まる。
言おうとした「人助けなんてやめたら?」なんて言葉。
……ふと、それを口にする前に気がついた。それを辞めさせてしまえば、一番に、真っ先に、切られるのは私だと。
陰気くさい、可愛げのない女。
嫌味ったらしいことばかり口にするし、ずっと不満そうな表情でいる。
一緒にいて楽しくない嫌な女だ。
結城くんを見て、のどの奥が乾くように感じる。声が少し掠れて出てきにくい中、不審がられないよう絞るように言葉を吐き出す。
「……かっこいいね、結城くんは」
それは媚びだった。
あまりにも分かりやすい、ヘタクソで直接的で、下心が丸見えの品性に欠けて媚びを売る言葉。
彼のために言おうとした「人助けなんてしない方がいい」とは真逆の「人助けを続けるべき」という言葉だ。
なんでそれを言ったのか……分かっている。分かっていた。
彼に見捨てられたくなかったのだ。
自分の誇りを捨てて媚びへつらおうと、彼が人助けの末に陰口を言われようと。
ただ浅ましい我欲のために、私は「かっこいい」なんて口にした。
恥じるような気持ちで俯いていると、彼は私の気持ちには気づかずにいてくれたのか後ろめたさがないみたいに笑う。
「先輩に言われると照れますね。……別に好きでやってるわけでもないですけど、少しだけやる気が出ました」
なんて、私の無様なおべっかに少し恥ずかしそうにしながら、彼はおにぎりを食べる。
それからいつもみたいに少しどうでもいい雑談をして、廊下の方から人の気配が消えたあたりでなんとなくの時間を知る。
「そろそろ授業だな」
……授業、行く意味ないでしょ。私も君も。
などと言うことは出来ない。
言えないことばかりが積もって、自分のみっともなさが嫌になる。
……でも、これは、言わないと。
「いつもコンビニのご飯ばかりだけど、お弁当、作ってこよっか?」
そんな昼休みは終わって授業を無視して家に帰って、たくさん食材を買い込んで自分の中の知識をフルで動員してまずは試作を作る。
大丈夫。料理は科学……知性の塊である私にとっては造作もないこと。
……ニンジンは美味しくないので入れる必要はないだろう。
と、試作して味を確かめてから、朝にも早起きしてちゃんと作る。想定よりも時間がかかったせいで少し遅刻したけど授業なので問題ない。
ついにやってきた昼休み。
いつもの校舎裏でお弁当箱をふたつ持って待っているといつもの少年、結城寄くんがやってきた。
……何故か、彼の後ろに知らない金髪の女の子がいるけど。
言えない言葉が積もり積もって……と、考えてから自分の持つお弁当箱と、彼と彼の後ろの少女を見てゆっくりと口を開く。
「いや、それはダメでしょ……?」
「何がですか? ああ、こっちのはクラスメイトのシャーリーだ。こっちに転校してきたばかりで友達もいないし上手く話せないから、先輩なら優しいし友達になってあげられないかと思って」
「……え、ええ、えええー。いや、ないよ。結城くん、それはない」
今まで会えなかった彼への不平が口をついて出る。こういうパターンで不満を言えるようになることってあるんだ。
彼の後ろにいたシャーリーと呼ばれた少女はもじもじとしながら彼の背中から顔を出す。
「……えと、シャーリー……デス。その、よろしく、デス」
「うー……まぁ、いいけどさ、いいけどさぁ……」
「ワタシ、ご迷惑、デス?」
「いや、朝霧先輩も少しシャイだから」
彼は私の様子に気がついていないようにシャーリーに話しかける。
まぁ……結城くんはそういうタイプだよね。外国の子が困ってたら声をかけるよね。……今日くらいは仕方ないか。
私は金髪の彼女の方に視線を向ける。
「えっと、シャーリーちゃんはどこ出身なの? だいたいの言語なら話せるから合わせようか?」
「えと、ワタシ、出身……川崎、デス」
……。
私は結城くんを見る。
「彼女は川崎からの転校生なんだ」
「……川崎出身ならなんでカタコトなんだよ……!」
思わず、叫んだ。
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