第十五話
「待て、待て、先輩。シャーリーは確かに出身が川崎なんだけどハーフで親の影響でな」
「あ、あー、親が他の言語で話してたから日本語があまり得意じゃないってこと?」
「はい……です。私、ハーフ……。お母さん、川崎。お父さん、倉敷……」
「ただの純粋な日本人だよっ。どこから出てきたカタコトなんだよっ」
騙されてる……。結城くんが悪い女に騙されている……!
「ごめ、なさ……。私、分からない、デス」
「騙されてる。騙されてるよ結城くん! この女、ただの日本人だよ! 神奈川県民と岡山県民のハーフだよ!」
「いや……それは俺も分かってるしたぶん普通に日本語話せるのも知ってるんだけど。この妙なキャラのせいで友達がいないんだ」
「直しなよ! それは」
というか、そもそも……。
お弁当を作って持ってくると言った日に他の女の子を連れてくるのはどうなのかと思う。
じーっと結城くんを見るも彼は特に気にした様子もなく私の隣に座ってワクワクという表情で私を見る。
……まぁ、いいけどさ。
三人で昼食を食べたあと、結城くんが一人でトイレに行ってしまって二人で取り残される。
「え、えっと……シャーリー、さん」
「沙織です」
「えっ」
「山本沙織です」
こ、この子……猫被ってやがった……!
しかも結城くんがいなくなった途端に本性を出して……!
「……宇宙人、と、呼ばれているそうですね」
「らしいね。知らないけど」
「恥ずかしくはないのですか。異性の気を引くために雑な設定のキャラ付けをするなんて」
「ざ、雑な設定!?」
「反省してください。反省」
り、理不尽……。
……というか、そう言うということはこの子も……と、彼女を見る。
パチリとした翠眼とウェーブのかかった金色の髪。日本人離れしたその容貌はまるで西洋人形のように可愛らしい。
……やっと最近、少しオシャレをしようとした私では、到底勝てないだろう。
「結城くんのこと好きなの?」と……聞かないのは、聞けないのは、きっと「はい」と答えられたら諦めなければならなくなるからだ。
もう少しの時間だけでいいから、夢を見ていたい。
「あ、仲良くなったのか、よかった」
戻ってきた結城くんに「なってないよ」と言うことも出来ずに曖昧に笑う。
「センパイ、とても優しい、私、先輩好き」
こ、この小娘、いけしゃあしゃあとよく……。
「あー、じゃあ、先輩、そろそろ時間なんで」
「……うん。そうだね。また」
ふたりで教室に帰っていくのを見届けて、そのまま座ってうずくまる。
……私ばかりはしゃいで、バカみたいだ。
いや、事実として私はバカなのだろう。他の人と同じようにはなれないし、それでいつも不貞腐れている。
お人好しがたまたま見つけてくれたというだけで、依存して……同じような人を助けているのを見て、嫉妬して。
「……バカだぁ」
地面にぼたぼたと落ちる言葉。
マヌケで、みっともなくて……なのに自分が変われないのは、きっとそのマヌケでバカでみっともない負け犬の私をそのまま受け入れてほしくて。
チャイムが鳴って顔をあげたとき、結城ヨルくんの顔が見えた。
「……へ?」
「授業、サボるんですか?」
などと、彼は立ち上がる気配も見せずに私に言った。
コクリと頷けば彼は何も言わないままにその場にいて、横目で確認するように私を見る。
……なんでこの人は、私のいてほしいときに、いてくれるんだ。
「……ばか、ばかやろう」
口から漏れ出た彼への暴言は理不尽なものだ。けれども、これが今の私なりの精一杯の告白の言葉だった。
◇◆◇◆◇◆◇
「──というのが、私とヨルくんの馴れ初めだよ」
先輩の話を聞いた、酔っ払いの水瀬は頷く。
「ヨルが悪いな」
「……ヨルくんが悪いよ」
「いや、待て、待て。全然違うからな。誤解している。先輩って別にそんな健気な人じゃなかったからな。中学生の途中から子供を作ろう作ろうってめちゃくちゃ言ってきてたヤバい人だからな」
俺が慌ててそう言うと、ヒルコはじとーっとした目で俺を見て、俺の頬をぐにーっと摘む。
「ヨルくん……中学生のころから中学生に手を出そうとしてたんだ。筋金入りのロリコンやろう」
「待て、その感想はおかしい」
俺とヒルコが話していると、先輩はコクリと頷く。
「私は変わろうと思ったの。ヨルくんに振り返ってもらおうと思って。……そしたら、なんかすごく拒否された上に、小さいころの私みたいな女の子にめちゃくちゃ欲情してた」
「……ヨルさぁ」
「ヨルくん……」
「俺を責めるターンまだ終わらないの? いや、よく考えてほしいんだ。社会常識として、中高生でそんなのはダメだろ?」
俺がそう言うとヒルコは頷いて、それから俺に言う。
「……小学生の年齢の女の子に興奮してるヨルくんが言えることじゃないよね」
「……それは、そうなんだけど」
「社会常識から一番遠い生物に社会常識を説かれるの、異様な気持ち悪さがあるな。ヨル、知ってるか? 人間は手からビームを出せないんだぞ?」
「俺も出せねえよ。なんで俺が手からビームを出せるのが前提になってるんだ」
「ギリ出せそうだし」
出せたらもうそれは人間じゃないだろ。
「それで、私はヨルくんが大好きだからさ、結婚したいのです」
「……ヨル、責任とりな」
「今の先輩の回想で、俺が責任取る要素ないだろ……! 話しかけただけじゃんか……!」
水瀬はやれやれという様子で俺を見る。
「だいたいな、そう言う水瀬はどうなんだ……! 男と飲んで酔い潰れて寝るとか、どう考えても好意がなければしないだろ……!」
どう考えても白木から好かれているだろうと俺が睨むと、水瀬は一瞬たじろいでから俺を睨み返す。
「っ……! 俺ももう眠くなってきてるけど、ヨルの理屈だと俺がヨルに好意があるということになるが、いいのか? それでいいのか? 後悔はしないよなぁ!」
「最悪すぎる脅しはやめろ。男女間の話だよ。異性から好意を向けられているから責任を取れという話なら、水瀬がその手本を見せろ……!」
「ぐっ……」
珍しく、水瀬が弱った表情を浮かべる。
いつも無限にふざけ続けるおっさんだが、自分のこととなると弱いのか、それとも白木のことになると弱いのか。
俺と水瀬が睨み合っていると、先輩が俺にもたれかかるように抱きつく。
「……ヨルくん、私も酔い潰れたみたい。ヨルくんの前で、酔い潰れたみたいだけど」
「…………そ……っすね」
もう反対側からヒルコがぽてりと俺の体に向かって倒れ込む。
「……酔い潰れた」
「ヒルコは一滴も飲んでないだろ」
俺はもう一度水瀬と見合って、お互いに頷き合う。
「……まぁ、ほら、信頼されてるだけかもしれないよな、ヨル」
「そうだな水瀬。俺が間違っていたよ」
俺と水瀬は頷き合い、判断に困ることはとりあえず後回しにしようと合意に至った。
水瀬とすら分かりあえたんだ。きっと、誰もが話せば分かり合えるのだろうな、俺は酒を飲んで脳を麻痺させながらそう思うのだった。
────────
とても面白い新作を書きました。
https://kakuyomu.jp/works/16818093083129316376
第一章(40話程度)まで書いております。
もしよろしければ、応援いただけるととても嬉しく思います。
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