第十六話
「そういや、水瀬さ。顔広いよな?」
「ん、ああ、まぁ……多少は、とは言ってもダンジョンがどうとかのは無理だぞ?」
「……結婚式の式場とか用意出来ないか? 出来たら、用意だけしてスタッフは当日いない感じで」
俺がツナのことを考えながらそう尋ねると、水瀬は「んー? まぁ……金さえあれば出来なくはないと思うけど」と雑に返事をしたあと、ふっと俺を見る。
「えっ、結婚するのか? 中ボスが? 誰と? 俺と?」
「なんで真っ先に出てくる候補がお前なんだよ。……いや、まぁ……戸籍的には怪しいから正式な結婚ではなく事実婚なんだけど。……ツナ……キヅナと」
水瀬は名前を聞いても誰かパッと出てこなかったのか、少し考えてから「えっ、マジで? マジのマジのやつ?」と俺に尋ねる。
「えっ、まだ一桁とかじゃないの? あの子」
「……五桁越えてる可能性もある」
「ないだろ。もはやロリコンを越えた何かだろ」
「俺はロリコンでもロリコンを越えた何かでもなく……。純粋にあの子が好きなんだよ」
「……マジかぁ。いや、まぁ、このご時世に法律どうこう言うつもりはないけど」
水瀬は酒を飲みながら色々と一人で考えて、それからジッと俺を見る。
「あー、まぁ、分かった。話してくれたのは信頼だと思おう」
もっとドン引きされたり、止められたりを考えていたので、水瀬の反応に驚く。
「いいのか?」
「んー、まぁ、ヨルのことは多少分かってるつもりだしな。なんか悪いことにはならないだろうし、というか止めても無意味だしな」
正直、ツナとの結婚式は無理だと思っていた。
適当にホームパーティみたいなものを開いて、ウェディングドレスを着て記念撮影とかでお茶を濁す程度が限界だろうと思っていたので、ちゃんとした式を開くことが出来ることに喜びを隠しきれない。
絶対にツナが喜ぶ。
今からツナのはしゃぐ顔を思い浮かべてニヤニヤとしていると、朝霧先輩が複雑そうにこちらを見ていることに気がつく。
「……うん。気にしなくていいよ。私が何か言えることでもないしさ」
「……すみません」
それからタクシーで帰っていく二人を見送ったあと、まだうちに残っている朝霧先輩を見て、酔った頭をかく。
「……だいぶ酔ってるし、暗いからいま帰るのも危ないか」
「んへ……うへへ」
わざとらしく酔ったフリをしているようにも見えなくはないが……。まぁ一日ぐらいならツナも許してくれるだろう。
許しをもらいに行くか……と考えながら、机の上に残っていた酒をくいっと飲み干すと、部屋の奥からツナがひょこりと顔を覗かせる。
「……もう水瀬さん達帰りました?」
キョロキョロと周りを見回しているツナを見て、思わず喜びを我慢しきれずに抱き上げてしまう。
「わ、わわ、よ、ヨル、どうしたんですか?」
俺に持ち上げられながら慌てるツナに言う。
「結婚式、挙げられそうだ」
ツナは一瞬驚いた表情をして、それから俺の顔をじっと見て、ぽろりと涙をこぼす。
「ほ、ほんとですか? ……ワガママ言ってたけど、難しいのは分かってて」
俺よりも賢いツナが難しいことを分かっていないはずがなかった。
ふたりでベタベタと抱き合って、それから嬉しそうな顔をしているツナをソファに連れてきて膝に座らせる。
「えへへ、これで、ちゃんと夫婦です」
ツナはこどもっぽく手で頬を押さえて「きゃーきゃー」と照れたようにはしゃぎ、脚をパタパタと動かす。
「ちゃんと夫婦ってことは、もっといろんなこと……しちゃいますか?」
いろんなこと……というツナの言葉に、思わず変なことを考えてしまうと、膝の上に乗ったツナにバレてしまったのか、耳元で「えっち、です」と呟かれる。
……いや、夫婦でするいろんなことと言われたら想像してしまうだろ。正常な男として。
まぁでも、前にもツナが大人になるまで我慢すると決意したのだから……。
「……私は、ヨルとしたいです」
そんな決意は、ツナの誘惑で簡単にグラグラと揺らされる。
かぷりと俺の首筋に柔らかい唇が押し当てられて、小さな体がぎゅっと俺の体にくっつけられる。
「ヨルが私のこと、えっちな目で見てるの、ちゃんと分かってるんですよ?」
「そ、それは、まぁ、そうなんだけど」
「……新婚のお嫁さんを放っておくんですか?」
そう言われると……我慢している方がダメな気がしてきた。
ツナは俺が酔って判断能力が失われていることに気がついたのか、俺の手を握って自分の服の中に導いていく。
ツナのぺたりと柔らかい素肌に、体が緊張と興奮で硬直する。
幼い女の子のすべすべとした肌はいつまでも触っていたくなるほど気持ちがよく、体が男として反応してしまうのが分かる。
いつもは守らないといけない相手として見ている部分が大きいが、その中の異性として見る部分が膨れていく。
俺の手によってぺろりと服がめくれあがり、白いすべすべとしたお腹や形の良いヘソが見えてしまう。
腰がジンジンと熱くなり、ツナに対する欲望からどくどくと何かが生産されているのを感じる。
普段からそうだが、普段以上にツナのことを「女」として見てしまっている。ツナの手が離れているのに俺の手はツナの肌に触れたままで、ゆっくりと上に上がっていく。
荒くなる息と、汗ばむ手。
こそばゆそうにするツナの胸にそれが触れそうになり──。
「あの、私、いるんだけど……」
という、朝霧先輩の声にびくっとして動きが止まる。
……完全に気分が昂ってしまって忘れていた。
ツナは不満そうに朝霧先輩の方を見る。
「……もう夜遅いので泊まってもいいですけど、ヨルを誘惑したりえっちなことをしたらダメですよ? 私の夫なので」
「うぎ、うぎぎぎ……。ふ、複雑な、複雑な感情が私を支配する」
朝霧先輩は「実質私とも結ばれたようなものでは……?」と呟くが、酔いすぎだと思う。
「先輩は……あー、どうしよう。寝るところないな」
流石にソファでって頼むわけにもいかないしなと考えていると、俺とツナのイチャつきをジト目で見ていたヒルコが言う。
「私の部屋使ってもいいよ」
「それだとヒルコが困るだろ」
「そっちで寝る」
「いや、それはそれで問題では。まぁ、そこまででもないか」
二人きりで同衾ならまだしもツナもアメさんもいるなら変なことにはならないだろうし、何よりも前の風呂のときよりも遥かにマシだろう。
……だが、それはそれとしてヒルコは自分に欲情するような男がいて安心して眠れるのだろうか。
少し考えるも酔った頭では整理がつかず、ちゅっちゅと頬にキスをされる感触でそちらで頭がいっぱいになってしまう。
今まではどこかファンタジーというか、手を出すことはないと分かりながらの触れ合いだったが、今は違った。
俺に押し付けられる細い腰を両手で支えながらその小ささを確かめる。
現実的に、どれぐらいまでの行為なら耐えられそうかを考えてしまう。
「……ヨルくん、そのさ、私がいる間は、やめない?」
「あ、すみません。部屋の片付けしておくんで、先輩はシャワーでも……あー、着替えとかないですよね」
「あ、うん。……貸してもらえると助かるな」
貸せるような服があるだろうか。
ツナとアメさんはもちろん、ヒルコもそれなりに小さい方で、先輩が着たらぴちぴちだろう。
「俺の服でいいですか? ぶかぶかだとは思いますけど」
「いいの? ありがとう。ふへへへ」
俺から服を借りた先輩は少しだけどツナを羨ましそうに見てから脱衣所に向かう。
……間違いなく俺が悪いのに、あまり誰も責めてくれないことが少しだけ心苦しい。
せめて働くかと考えて机の上を片付けていく。
ツナも俺の隣で皿を運んだりしながら、嬉しそうに「結婚式……」と呟く。
「あの、ヨル、お風呂、また一緒に入りませんか? また水着でいいので」
「……い、いや、その、そうしたいのは山々なんだけど、今そうすると俺の理性が壊れるというか絶対に襲ってしまうというか」
「……襲われたいのですけど」
むぅ……とツナが俺にひっつきながらヒルコの方を見て「あっ」と口を開く。
「なら、ヒルコさんもご一緒したら……他に人がいたら我慢するしかないのでは」
「いや、そりゃ襲えなくはなるけど、ヒルコは嫌だろ」
この前、ヒルコと風呂に入って興奮してしまったばかりだ。ヒルコが了承するはずもないと思っていたが、ヒルコは特に迷った様子もなく頷く。
「いいよ。お世話になってるから」
……俺、若い子が何を考えているのかちょっと分からなくなってきたな。
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