第十三話
ヒルコの提案に先輩は嬉しそうにふにゃふにゃと体を揺らしながら俺の方を見る。
「そっかぁ、聞きたいかぁ。私とヨルくんの馴れ初めを」
「いや、馴れ初めというのか?」
「ヨルくん、いちいち話の腰を折らないの」
いや、だって、ツッコミを入れないといつのまにか当然の顔をして居座られてしまいそうだし……。
「私さ、親から怖がられていてさ。あんまり話をしてもらえなくて。同級生とか先生とかも上手く話せなくて。……でも、それでいいと思ってたんだ」
俺の肩にもたれかかってそのまま「ずずず」と俺に身を寄せる。
「話しかけてくれて、見てくれて。一緒にいてくれて、私のことを知ってくれて。……今まで、誰からも一人の人間と見られていなかった……私すらも、私のことを見放していたのに」
朝霧先輩は俺の膝に身体を乗せて、甘えるように下から俺に手を伸ばす。
「人は、たぶん、人と関わるから人間なんだと思うんだ。荒野でぽつりと一人でいて、ご飯もあって家もあって服もあっても、たった一人でそこにいたら、きっとその人は自分を人間って思わなくてさ。……ヨルくんが、私を人間にしてくれたんだ」
思い出語りというには抽象的な言葉だ。
子供っぽく甘えてくるのは酔っているせいで理性が薄れているからだろう。
手癖でいつもツナにしているように頭を撫でてしまうと、朝霧先輩は気持ちよさそうに目を細める。
「えへへ、幸せだ」
先輩の目的の交際やらも出来ていないのに、彼女は満足そうな笑みを浮かべる。
それを見て、ヒルコが微笑みながら口を開く。
「……チョロすぎるこの女」
ヒルコ……俺も「色々言ってたけど結局まとめると、ちょっと話してただけで好きになったみたいな話だよな?」と思ったけど言わなかったんだよ。
急にすごく辛辣になるのはなんでなんだ。闇の暗殺者のサガという奴なのだろうか。
「いや、チョロくないからね。チョロいというなら、アイドルとかを顔が好きだから好きという人の方がはるかにちょろいよ」
「……朝霧さん、気をつけた方がいいですよ。この男、人に気を持たせるだけ持たせて雑に放置するんで」
「分かってるよ。ヨルくんは釣った魚に餌をあげないどころか、地引網で捉えた魚に餌をあげないタイプだからね」
「それに餌を与えるやつは存在しないだろ。というか、俺がなんかモテてるみたいないい草やめろよ」
「えー、ヨルヨルひどーい。俺たちみんなヨルヨルが大好きで取り合ってるのにそんな言い方するなんて」
「水瀬は黙っててくれ」
というか、この場で俺の方が好きなのが確定しているのって朝霧先輩だけだろう。
水瀬と白木はオモチャ扱いで、ヒルコは……よく分からない。
「確かにさ、ヨルくんには都合よく使われてるような気もするよ。学生の頃はいつも私が財布を出してたしね」
「……ヨルくん」
ヒルコと水瀬に責めるような目を向けられる。
「いや……違うからな。出してもらってたのは事実だけど、俺はいいと言ったのに先輩がどうしてもと」
「でも、お金ないからって会ってくれないじゃんか」
「ヨルくん……」
「金ないのは仕方ないだろ……!」
「会うときの交通費も私持ちだったりしたけど」
「ヒモくん……」
「それはむしろわざわざ俺が遠方まで会いに行ったんだから褒められるところだろ……!」
朝霧先輩の言葉に水瀬とヒルコが俺に冷たい目を向ける。くっ……理不尽な。
「というかヨルくん。この前も無償ですごい情報もらってたし、ずっとそんな感じなんだね……」
「……それは……違うじゃん。いや、その……違うじゃんか……?」
俺の頭を朝霧先輩が下から手を伸ばしてよしよしと撫でる。
「えへへ、でも楽しかったな。あのときは毎日がキラキラして。……でも、一番嬉しかったのはさ、やっぱり……話しかけてくれた。それだけのことなんだ」
そう言って、朝霧先輩は昔のことを語り出す。
◇◆◇◆◇◆◇
その人のことは出会う前から知っていた。
地元の有名人というものなのか、それとも珍獣のような扱いか。
何にせよ、彼は普通に生きているだけで目立ってしまう人だった。
運動神経がすごいとか、肉体が強靭だとか、そういう小さな話ではなく……普通に、困っている人に手を差し伸べるのだ。
最初はそれを見て「周りの人を見下しているのだろう」なんて思った。
自分が自分よりも頭が悪い人をそうしていたように、彼も自分よりも弱い人間を見下して、下に見ているから助けているのだろうと。
「猫、好きなんですか?」
違った。
私とは違った。
一人でお弁当を食べている私に声をかけた後輩の少年は、少し気恥ずかしそうに私に笑いかけた。
自分から女子の先輩に声をかけるのは彼にとって得意なことではないだろう。
彼が得意なことは人を倒したり、スポーツで活躍したり、重いものを運んだり……であって、会話に関しては普通の人並みでしかないだろう。
……つまり、彼は「自分が強いから他人を助けている」わけではなかったのだ。
それから、噂や遠目に見るだけでなく、彼の方に視線を向けると、目立つ逸話や噂話は「族を制圧した」とか「車を片手で持ち上げてた」とかだけど、その実……彼が手助けしていたほとんどは彼の運動能力がカケラも役に立たない地味なものだった。
彼に話しかけてもらって数日、学校の校舎裏、いつもみたいに猫を眺めながらお弁当をつついていた。
「……勉強、教えてたね。得意なの?」
「あー、まぁ俺もそんなに得意じゃないんですけど、出来る限り。というか図書室にきたんだったら声かけてくれてもいいのに」
「……邪魔したら悪いかなって」
嘘だ。普通に、声をかける勇気がないからだ。
……「気まぐれに声をかけただけなのに友達面してきた」などと、思われるのが怖かっただけだ。
「……勉強じゃなくて、スポーツのお手伝いをしたらもっと喜ばれるんじゃないかな。人助けが好きならさ」
言外に、ただの浮いている自分に話しかける必要はないという意図を込めてそう言うと、彼には伝わらなかったのかまだ子供っぽい顔を不思議そうな表情に変える。
「いや、順序が逆じゃないです? 困ってる奴がいるから手を貸してるだけで、別にどうしても手を貸したいというわけでもないですし」
……よく、そんなことを恥ずかしげもなく言えたものだと思った。
どうせ自分がいい人間と思われたいだけの癖して、などと、冷めたような目で彼を見ていると彼はコンビニの袋を置いて中からおにぎりを取り出す。
「最近さー、クラスのやつが色気ついてちょっとオシャレとかしてるんだけど俺もした方がいいと思う? 先輩的には」
「意味ないよ」
「……結構辛口ですね。……そんなに俺ってアレか?」
「いや、オシャレがじゃなくて。私に話しかけるのが。……「いい人」なんて思わないし、感謝もしないよ。だから、もう来ないでいいから」
彼は「あー」と言ってからおにぎりをかじる。
「……これだけ言われて、よくここで食べられるね」
「いや、昼休みって短いから早く食べないとだしな。それに……まぁ、一人で寂しそうだったから声をかけたのもまぁそうですけど」
「余計なお世話だよ」
「……いや、余計なお世話ではないですよ。先輩、宇宙人がどうとかみんなに話していたでしょう」
……ああ、そのことも知っていたんだ。
私の中の黒歴史。
宇宙人が来るのは本当だけど、それをみんなに教えたのは……後悔している。
馬鹿にされるだけで、笑われるだけで、誰一人として信じてくれなかった。
「……そのこと、信じてくれたの?」
ほんの少し、少しだけ期待をこめた私の言葉。
彼はへらりと笑って答えた。
「いや全く」
え、ええ……と、私が反応すると、彼は首を横に振る。
「そりゃそうでしょ。定期的に宇宙人がやってきて人を攫って行くなんて言われても信じられないですよ。……けど、まぁ、先輩が本気でそれをそうだと思って警告してくれてるのであれば……先輩はいい奴だと、そう思います」
彼は笑って続ける。
「だって、信じてもらえないなんて分かっていて、自分が馬鹿にされて損するだけなのにみんなに話したんでしょう。いい奴だ。だから俺も話したくなった。世話を焼くためだけに声をかけたわけじゃないですよ」
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