第一話

 ツナとアメさんの間で何かしらの取り決めがあったのか、一緒に寝るのが当然みたいになっている。


 それ自体はいい。ツナとアメさんも仲は悪くないみたいだからそんなに気まずい空気になったりはしないので大丈夫だ。


 けど、問題はある。

 ……俺も大人の男なわけで、両側から美少女にくっつかれると柔らかい感触やいい匂いでどうしても身体の一部分が無意識的に反応してしまうのだ。


 くっつかれている状態で寝返りを打つと、どうしてもどちらかの方に当たってしまう。

 それは流石にまずい。


 非常にまずいので寝ている間はほとんど寝返りを打たないようにしているせいで、あまり寝ても疲れが取りきれない毎日になってしまっている。


 寝ているはずなのにむしろ疲れが増している気がする。


 ……裏でツナとアメさんの間でどんな取り決めがあるのか分からないのもあって気疲れがすごい。


 けど、どれもこれも俺がフラフラとしているのが原因である。

 ……まだ夜だし、もう少し寝るか。少し身体をほぐしてから目を閉じた。



 ────ツナの小さな手が俺の頭を優しく撫でて、白いふとももへと俺を導く。

 すべすべとした肌のふとももの膝枕は気持ちよくていい匂いがする。


 寝転んだ俺をツナが愛おしそうに撫でてキスをしてくれる。


「もっと甘えていいんですよ?」


 そう言いながらツナは自分の服をはだけさせて、俺の頭を赤子にするように持ち上げて自分の胸へと──。



 バッと目を覚まして、隣に寝ているふたりを見て息を吐く。


「……欲求不満なのか?」


 ベッドから抜け出してリビングの方に向かうと、この前ツナが出した巨大なモニターにドラマらしきものが映っていて、ソファにヒルコが寝転んでいた。


「寝れないのか?」

「……昼夜逆転してるだけです。そっちは?」

「……落ち着かなくてな。久しぶりにちょっと探索者でも斬りに行こうかと思って」

「ええ……」

「いや、割と俺に斬られたがる探索者も多いから定期的に出没した方が喜ばれるんだよ」

「なんで……?」

「分からん……。まぁ、今日はやめとく」

「辻斬りはいつもやめといた方がいいんじゃないですかね」


 それはそうかもしれない。

 ヒルコの対面に座ってモニターの方を見る。海外の映画であることは分かるが、すでに終盤なのかどういうストーリーかは分からない。


「……夜は怖いか?」

「……ロリコンすぎて怖い」

「いや、俺のことじゃなくて、時刻の方の夜」

「……どうしてそう思うんですか? ……結城くんが怖いから?」

「いろいろと嫌なことを考える時間だろ。そもそも昼夜逆転って絶対に嘘だし。三食一緒に食ってるだろ」


 ヒルコは黙りながら映画の方に目を向ける。


「……元気にならないとダメなんですかね。私は、元気になりたくないんです。申し訳なくて」

「喪に服すってことか?」

「そんな難しい話ではなくて……。私は、あの人を忘れて楽しく過ごす私を許したくありません」


 モニターの方に向いたまま、淡々と彼女は話した。


「……その態度が、迷惑なのは分かってます。楽しく話しているところに水を差しているとも」

「……いや、気持ちは分かる。それに、その真面目さは嫌いじゃない。……なんか食べるか? 夜食」


 ……ヒルコに対して感じているのは、同情というよりも共感だ。


 考え方や思考が似通っているのか、言っていることがよく分かり、自分が同じ立場なら同じように感じるだろうと思う。


 お茶漬けを用意していると、先ほどまではわざと逸らしていたヒルコの目がこちらを見ていることに気がつく。


「……結城くんは、今、幸せですか?」

「まぁ……そりゃ、好きな女の子ふたりに囲まれて寝ている奴が不幸なわけないだろうし」

「最低だ。……私は、その日まで自分が幸せであることに気づけていなくて、ロクにお礼も言えてなくて」


 ヒルコはまた黙りこくる。


「すみません。また空気が暗くなることばかり口にして」

「……手が滑ってお茶漬けふたつ用意しちゃったけど食べるか?」

「絶対に嘘だ……。なら、もらいます」


 ヒルコに手渡すと、彼女は少し口に含んで「あちっ」と口にする。


 正直なところ、俺としてはツナとかとは違って、ヒルコに「ああすべき」「こうすべき」とは言えない。


 助けたいとか力になりたいとかは思っても、結局のところたまたま出会っただけの他人でしかない。


「……そういや、ヒルコって酒飲める年齢?」

「未成年です」

「ああ、だよな。……あー、やっててめちゃくちゃムカつく対戦ゲームでもやるか。ツナと散々やって、何回か喧嘩になりかけたやつを」

「小さい子と喧嘩するんですね……」


 いや、ツナはわざと俺を怒らせてスキンシップ取ろうとしてくるから……。


 映画が終わるまでにゲームの用意を済ませておき、終わってからカチャカチャとコードを繋げる。


 ゲームの説明をしながら開始する。


 しばらく遊んでいると、ヒルコは机の上にコントローラーを置いて天井を仰ぎ見る。


「ふー……すみません、思っていたより、めちゃくちゃ殴りたくなってきますね。殴っていいですか?」

「落ち着けヒルコ、俺の方もめちゃくちゃイラついている。キレられたらキレかえしそうになる。……怒らせることで気分を変えるつもりだったけど、俺の方もキレそうになってる」


 思っているよりも腹が立つゲームだ。


「別のゲームやるか……。とは言っても、アクション要素があったりしたら勝負にならないだろうしなぁ。好きなゲームとかないか? ツナの趣味で結構色々買ってるけど」

「……落ちもの系のパズルとか」

「……やるか。毎回ツナにボコボコにされてるから苦手意識があるけど」

「子供にボコボコにされてるんだ……」


 仕方ないだろ……。ツナの方が頭がいいから、頭脳が絡むようなものはかなり厳しい。


 反対にアクション要素があるゲームだと反応速度の問題で絶対に俺が勝つし、ツナと対戦ゲームをするとどうしても極端な結果にしかならない。


 ピコピコとふたりでゲームをしていると物音に目を覚ましたのか、アメさんが目を擦りながら部屋に入ってくる。


「んんぅ……おはようございます。ヨルさんってピコピコするんですね」

「ピコピコ……。まぁ、ダンジョンの生活は暇だから、気軽に出来る遊びは色々するな。アメさんは……あんまりしなさそうだな」

「僕のうちにはなかったですね。隣で見てていいですか?」


 興味があるのだろうか、それとも単に俺と一緒にいるためか。

 アメさんはパジャマのまま眠たそうに俺の隣に来てゲーム画面を見る。


 しばらくするとツナも起きてきて、せっかくならみんなで遊べるスゴロクのようなゲームをはじめる。


 寝巻きのままダラダラとゲームをするのはツナとふたりのときぶりで、少し自堕落ではあるけれどもこのダラダラとした感じは嫌いではない。


 なんだかんだ楽しんでいると、ヒルコも少し気が紛れたのか少し笑ったような顔も何度か見れた。


 またときどき、こうしてダラダラと遊ぶ時間を用意するのもいいかもしれないな。

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