第四話

「……生放送どころの話じゃなかったですね」

「ああ……思ったよりも真面目な話だった」


 俺とツナが話しているとソラは不思議そうに首を傾げる。


「生放送?」

「それはいいとして。それって会議とかで話す内容だろ。なんで俺たちを個別で?」


 ソラの目はスッと細まり、俺やツナの様子を探るように動く。


「……その様子だと、極夜の草原のダンジョンマスターから声はかかってないんだ」

「まぁ、そりゃ……場所も遠いし、所属してるダンジョン組合もここだけだし、縁とかないしな」

「でも君は有名だ。直接「天下一ダンジョン武道会」みたいなことはしてなくても、みんな気がついている。日本において君に勝る個の戦力は存在しないと。……故に、他所の大規模ダンジョンを攻めるほどのところから声がかかっていないのは妙だと思うんだよ」


 まぁ……俺が他のダンジョンマスターからモテてるのは事実ではあるけど。


「今から日本を統一しようとしてる人が、味方を作るために色んな人に声をかけないってのは不思議じゃない? 私ならとりあえず一通り有名ところに声はかけるけど」


 ソラがそう言うと、ツナは俺の背中からひょこりと顔を覗かせて口を開く。


「その魔王級のDPを貯め込んだ。というのは事実なんですか? ダンジョン同士の争いに勝ったとしても、総力戦になったらお互いに消耗するでしょうし、相手のダンジョンを手中にしても、土地が広いだけでむしろ以前よりも弱体化しているってこともあるかと」

「まぁ、その可能性もあるけど。どうにも不気味でね」

「それに……私ならむしろ国内よりも国外に目が向きますね。ネットは繋がっていますが、ダンジョンの影響で以前よりもはるかに海外に行きにくくなっている現状、日本が荒れるのよりも前に国外に拠点を作っておく方が重要かと」

「……というと?」

「日本が荒れて、人類側の飛行機や船が他国と行き来しにくくなったら海外を攻めるに攻められませんから。自前で船や飛行機を用意して攻めることになりますが、その場合その国に拠点があるのとないのでは雲泥の差があります」

「つまり……日本統一よりも海外に拠点を増やすことを優先しているということかな」

「まぁ、大抵のことは良し悪しありますし、普通に日本を統一しようと考えていてもうちのような弱小ダンジョンを気にする必要はないと考えているのかもしれませんが」


 なんか二人して真面目な話をしているが……俺が気になるのは別のことだ。


「それで、何の目的で呼び出したんだ?」

「うちの組合自体かなり小さいところだからね。ほら、大型ショッピングセンターに潰される商店街的な。どうするべきかの話し合いをね」

「全員で集まってやることだろ、そういうのは。俺たちだけ呼び出すのは何か別の目的があるように見える」


 ソラの目から心情が読み取れない。

 だが、心情を読み取れないようにしているということは、少なくとも手放しで俺たちの味方をするというつもりはないことが分かる。


「……んー、なんて言うかな。前提として、君たちの存在って不思議なんだよね。ダンジョンを広げて世界征服を目指すって風には見えないし、かと言ってどこかのダンジョンの味方をして長い物に巻かれるって風にも見えない。今は味方だけど、突然、唐突にこちらを倒しにきてもおかしくないように思える」

「つまり、不安だから不安を解消してくれ……と、雷に怯えた子供みたいな駄々を捏ねているわけか」

「……辛辣だね」


 ため息を吐く。

 まぁ、ダンジョンマスターはツナなので、そこら辺の判断はツナに任せよう。


 ツナは「ん、んっ」と俺に椅子に座るように促し、俺が椅子に腰掛けるとその上にぽすっと収まる。


 それから子供っぽい仕草は引いて、どこか格下を見るかのような視線でダンジョン組合の長「枯田ソラ」を見る。


「神様が私達に教えたこの戦いのルールは覚えてます? もちろん、細かなところじゃなくて、おおまかな」

「……もちろん。才能ある人間をダンジョンマスターとし、ダンジョンを運営させる。全てのダンジョンを人類が消滅させる、あるいはひとりのダンジョンマスターが手に入れれば勝者が決まる。……というのが、大まかなルール」

「意味が分からないと思いません? 特に勝利の基準が。まぁ世界征服したら勝ちというのは分からなくもないですけど、勝ったから何なんですか? という話なんです」

「……世界そのものが賞品ということでは」

「賞品がもらえるとかではないんだったら、別に武力で全員押さえ付けられる状況だったら一緒なんですよ。わざわざダンジョンを全部消滅させたり支配させたりは必要ないです。それに、何よりも人類の勝利が絶対にあり得ないルールなんです」


 ツナの言葉にソラは怪訝そうな表情を浮かべる。


「だって「全てのダンジョンを消滅させる」をするには「ダンジョンが残りひとつ」という状況にさせないとダメですし、ダンジョンが残りひとつというのは「世界全てのダンジョンを手中に収めた」ということになるので。前提として、絶対にダンジョン側が勝利するわけです」

「……それはそうかもだけど」

「つまり、この戦いって大規模なのにルールが破綻してるんですよ。破綻してる理由が考えられる理由はふたつ、ルールの制作者の頭が悪い、あるいはそもそも別の目的がある」

「…………」


 ソラは考えるような仕草を見せる。


「どちらにせよ、ゲームにマトモに乗るのは馬鹿らしいですよ。少なくとも主催者はマトモに運営するつもりはないです。私たちは「放っておいても無害だけど、襲うには厄介」ぐらいの立ち位置を維持し続けようと言う考えです。なので規模は大きくしたくないですし、長い物に巻かれるのも真っ平です」

「……」

「それに、そもそもダンジョンマスターが世界征服するのは土台不可能です。私の体は普通に成長しているので、多分寿命もそのままです。世界全土のダンジョンを攻略する前に寿命で死にますよ。特に、魔王になったダンジョンマスターが地上で暴れたりしたらインフラが死んで、世界中アクセスが悪くなるので。全然寿命足りないと思いますよ。もしかしたら、寿命対決で、今幼い私が長生きした末になんか勝利した、みたいな展開になるかもです」

「…………主催者の、神様の思惑はどうであれ、世界の流れというものがある」

「主催者の思惑は無視出来ませんよ。私のところに副官としてヨルが来てくれましたけど、明らかに他のダンジョンで雇われている人とレベルが違います。平等じゃないです」


 ソラはツナを見つめる。


「……君は、この世界がどうなると思う」

「あと一月以内にダンジョンマスターの存在が日本でも公になると思います。神から口止めされていますが……既にある程度の人からは迷宮の運営側の人間の存在を見抜かれています」

「それで」

「ダンジョンマスターは表に出ることを好みません。目立てば目立つほどに敵が増えますから。けれども、目立つことが利益になれば別です」


 ツナは電波の通っていないこの部屋の中でスマホを取り出してスクリーンショットしていた画面を見せる。

 そこに映されていたのは景色のよいダンジョン十選というものだ。


「攻略目的ではない、討伐目的ではないダンジョン探索。いわゆるバズりや映えの時代が台頭します」

「……そんな状況になると、本気で思っているのか」

「なります。バズ目的の探索者はダンジョンマスターからしたら割のいい相手だからです。次の段階はダンジョンの仕組み、DPを言いふらす人が出てきます。そうなると、今「大迷宮」と呼ばれているような迷宮は全て死滅します。国が「立ち入り禁止」と言えば収入源がなくなり、生物系モンスターの維持すら出来ず弱体化していき、弱りきったところに国の精鋭が潰しておしまいです」


 ソラはジッとツナを見る。その真意を確かめようとしているのだろう。


 朝霧キヅナはおそらく最年少のダンジョンマスターだ。それは侮られる原因でもあるが……実態はむしろ真逆だ。


 他のダンジョンマスターより遥かに若くとも問題ないと神から認められるほどの才覚。

 神童という言葉が霞むほどの才能。


 それがツナ、朝霧キヅナである。


「生き残れる迷宮は大きく分けて二つ。探索者という餌を供給してもらえるお行儀の良い迷宮と、迷宮同士でDPの奪い合いをして勝ち残れる獰猛な迷宮」

「……全てのダンジョンを立ち入り禁止にするのでは」

「それはないです。ダンジョンは富を産むので。ダンジョンがダンジョン同士で争うように人間は国同士で争います。他国に差をつけられないように、制限されつつもダンジョンは探索され続けます。人類はいかに迷宮が育ちすぎないように資源を回収するか、ダンジョンはいかに人類にDPを溜め込んでいないように見せるか、両者共に別々のチキンレースが始まります。そしてチキンレースで勝ったところが……と、言いたいですけど、先に寿命が来そうですね。なんだこのクソゲー」


 ツナはガックリと肩を落とす。


「何にせよ「極夜の草原」は脅威ではないです。海外進出してる一部分が生き残る可能性はありますが、メインの場所は暴れるよりも前に潰れますよ」

「……考えは分かったよ。うちの弱小組合に参加してる理由も」

「とにかく、枯田さんが憂慮している事態にはなりませんからご安心を。……あ、このあと遊びに行くんですけど一緒に行きますか?」

「……行かないよ。……楽しんできてね」


 実際のところどうなんだろうな。この世界の行く末は。


 ……まぁ、何にせよ今を生きるしかないか。


 ダンジョンを後にして、無人駅の中で時間を見る。午後二時ぐらい……まぁ、ツナの年齢ならギリギリセーフか。


「よしいくか。どうする、ショッピングセンターとかでいいか?」

「んー、せっかくなら夜景の見えるレストランで食事がいいです」

「どんなレストランも昼に夜景は見えねえよ。フードコートとかでいいだろ」

「むう……せっかくのデートなのに……」


 そういうツナを連れて電車に乗って少し栄えた街の方へと向かった。

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