第三話

 とりあえず、この場は女性であるツナがいるのでこの問題は切り抜けられるだろうと思ってツナの方に目を向ける。


「えっ……ええ……いや、知りませんよ。別に好きじゃないですし。そんなにモテてるイメージもないですけど」


 スフィンクスの方に目を向ける。心なしか、ツナの言葉に若干キレたような表情に変わっている気がする。


「スフィンクスなんかキレてるぞ。というか俺もなんかキレそう」

「な、なんでですか」

「だって……実際モテてるだろ、ヤンキーはっ……!」

「いや……そう言われましても……」


 俺はバッとスフィンクスに向き直り、その厳つい顔を見上げて口を開く。


「スフィンクス! 俺は何故ヤンキーがモテるのかは分からない。だが……! なんかヤンキーがモテていたらムカつくよなア!?」


 スフィンクスは俺の方を見て厳かな雰囲気を醸し出そうとしながら口を開く。


「──汝、知性あるものよ……」

「あ、今の正解でいいんですね……」


 ツナはドン引きした表情を俺とスフィンクスに向けながら、若干俺から距離を取る。


「──けど、それはそれとしてお前も美少女を連れてんじゃねえかァアアア!!」

「確かにそれはそう」


 俺はガッとツナの肩を掴んで後ろに跳ね飛ぶ。

 先程まで俺達が立っていた場所にスフィンクスの巨大な石の腕が振り下ろされて砂が爆ぜるような轟音を立てた。


「来ることがわかってるなら事前に襲わないように指示してくれたらいいのに、ヨルいける?」

「この程度の相手なら遊びみたいなもんだろ」


 刀を引き抜くのと同時にぶん投げてスフィンクスの目に突き刺すが痛がる様子はない。石の鎧を纏っている巨獣というわけではなく完全に石で出来ているらしい。


 一応分類としてはゴーレムの一種になるのだろうか?


 と、考えながらツナに被害が行かないように前に出て、再び振り下ろされた腕を回避してその腕の上に乗る。


 振り払おうと暴れるスフィンクスの腕から飛び退き、先程突き刺した刀の柄を掴んで引き抜き、ついでに顔を乱雑に斬り裂く。


 顔の半分以上を斬り落としたがまだ普通に動く……というか目が両方ともなくなったのに普通にこっちが見えている?


 地面に着地し、スフィンクスのジタバタと無茶苦茶に暴れるような攻撃を全ていなしながら観察する。


 ……一応動物は模しているが骨格に囚われた動きではなくかなり自由なものだ。

 全て斬り刻むことは難しくないが……まぁ、それをする意味はない。


 攻撃をいなしながらツナに被害がいかないように少し動いていると、一定の角度からだと攻撃が大振りで雑な物になることに気がつく。


 おそらくこれは、この角度からは俺の姿が見えていない。


 フッ、と息を吐き、思い切り地面に脚を踏み込ませて刀をぶん投げる。スフィンクスにではなく──ピラミッドの上部にだ。


 刀はピラミッドの上にいた「見えない何か」に突き刺さり、スフィンクスは動きを止めてそのまま地面に崩れ落ちる。


「見えない何か」は刀と一緒にピラミッドから落ちた。


「へ……? これは、トカゲ?」

「保護色でピラミッドの一部に擬態していた……ということだろうな。これがこのスフィンクスもどきを操っていたらしい」


 刀を引き抜いて血を払う。

 いくら戦っても無意味な魔物というのは……なんというか、このダンジョンのダンジョンマスターらしい仕掛けだ。


 ピラミッドの内部に入る。


「……罠は解除してあるっぽいな」

「あれ、さっきのモンスターは手違いだったんでしょうか?」

「いや、探索者が来ることが少ないから実験してるんだろ。俺たち罠とか回避出来ないだろ。罠を踏んだ上で対処出来るけど」

「ん、モンスターとの戦闘は参考になるけど罠は参考にならないってことですか」

「あと、単に罠もただじゃないしな」


 ツナはダンジョンマスターとして参考にしたいようだが、環境と罠が主体なこのダンジョンと直接戦闘一辺倒なうちのダンジョンだと方向性が違いすぎて参考にならないと思う。


 ツナは俺の腕を両手で握りながらピラミッドの中を歩く。


「……結構様変わりしてるな。あんな強力なモンスターも前に来た時にはいなかった。というか……あのレベルを使い捨て出来るのって、そんなにDPを溜め込んでいたのか?」

「……もしくは、使いたくなくても放出せざるを得ない状況という可能性もあります」

「放出せざるを得ない?」


 そんな話をしていると最奥に辿り着く。本来なら罠を避けてモンスターを退けて仕掛けを解いて、と時間をかける必要があるが、ただ道を歩くだけならそんなに距離もない。


 最奥の扉を開けると、ダンジョンの心臓とも言えるダンジョンコアと、簡素な机と椅子が並び、ちょうどクーラーの風が当たる場所に若い女性が座っていた。


「……相変わらず、狂ってるな」

「あ、『練武』のお二方。これはまぁご挨拶だね。何かあった」

「……こんな娯楽も仕事も何もない部屋で、一人で過ごしているということに気味の悪さを感じてる。退屈とか感じないのか」


 一見何もないただの殺風景な部屋だが……彼女がここに一日中いることを知っていると、それが狂気的なもののように早変わりする。


 俺やツナは二人で色々と暇つぶしをして色んな娯楽に手を出してなんとか……なりきらずに互いの体をベタベタと触って気を紛らわせているのに……。


 この女は、一人で殺風景な部屋に娯楽もなく篭もり続けている。


 俺が神に選ばれた理由は純粋な武力なように、彼女が選ばれた理由はおそらくこれだろう。


 孤独、退屈、焦燥感に無意味な不安。

 ありとあらゆる感情を無視出来る異常な精神性。


「……『無限の渇き』ダンジョンマスター。枯田ソラ」

「あんまり気にしたことはないね。退屈」


 ツナを庇うように前に出ると、彼女は整った顔を俺に向けて座るように促す。


「……それで、呼び出しの理由は」


 テレビの生放送で人間バレしかけたことだろうかと思っていると、ソラは思いもよらぬことを口にする。


「北日本最大のダンジョン『海呑み』が落ちた」

「……は、あそこが? いや、情報はネットぐらいしか見てなかったけど……探索者がやったのか?」

「いや、他のところのダンジョンマスター。『極夜の草原』ってところ。海呑みのダンジョンマスターは多分死んだっぽい」


 ツナは不安そうに俺の腕を抱く。

 ダンジョンマスターの敗北条件はひとつ、心臓部であるダンジョンコアを奪われることだ。


 人間の探索者が奪えばダンジョンコアの中にある莫大なDPを魔力として使用することが出来、そして何よりもダンジョンを消すことが出来る。


 基本的にダンジョン内では人が死んでも復活出来る上に基本的にモンスターが外に出てくることはないので、ダンジョンを消す意味はないが……。


 ある一定の規模を超えたダンジョンの場合、人間は何としてでもそのダンジョンを破壊する必要が出る。


「極夜の草原と海呑みの持っているDPを合わせると、おそらく「地上支配権」に手が届く。モンスターが地上に進出出来るようになる」


 DPで買えるものの一つに「地上支配権」というものがある。

 それは本来ならダンジョン内でしかいられないモンスターを地上にまで配置出来るというものだ。


 ……ダンジョン内では人は死なない。だが、地上に出てきたモンスターは人を殺すことが出来る。


 モンスターを操り地上を支配することこそがダンジョンマスターの目的であり……人類がダンジョンを攻略する理由だ。


「まぁ、二人にも分かるように説明すると「魔王」級のダンジョンマスターが日本に生まれてしまった、ということだね」


 ツナが「魔王……」と小さく呟く。


 地上に侵攻するほど育ったダンジョンマスター。

 誰が呼び始めたのか「魔王」。それの発生は、日本の変動の始まりのように思えた。

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