第二話

 探索者の方はフリーWi-Fi設置という名目で信じてくれたらしいが……問題はダンジョン組合の方からの呼び出しだ。


「……どうしよう、怒られる」

「……まぁ、ツナの妙案と探索者の知性のおかげで誤魔化せたから、被害は俺のファンアートがまた一つ生み出されただけだし大したことは言われないだろ。それより、本当にフリーWi-Fi設置すんの?」

「うん。まぁ元々設置するつもりでしたよ。DPも余ってましたしね」


 DPというのは、ダンジョンマスターと神の間で使える通貨のようなものだ。


 大抵のものが購入出来るうえに、迷宮の拡張やモンスターの召喚など、使えることは多岐に渡る。


 俺とツナが今も過ごしている居住スペースの維持や食事なども、このDPを使って行っている。


 入手は簡単で探索者を倒せばもらえるという仕組みだ。


 もちろん……フリーWi-Fiの設置も出来る。


「設置する予定って……なんでそんなもの設置するんだ」

「ほら、最近の納豆ダンス騒動のおかげで探索者が増えて収入も伸びたじゃないですか」

「あー、まぁ、そうだな」

「普通の場合、探索者が増えても迷宮を攻略させないための防衛設備投資やモンスターの召喚でDPを使うからなかなか大幅な黒字とはいかないんだけど、ダンジョン攻略配信者はちょっと違う」


 ちょっと違う? と俺が尋ねると、ツナはパソコンでまとめていたデータを表示して俺に見せる。


「普通の探索者はモンスターを倒したり、ダンジョンを攻略したり、アイテムを取っていったり、こちらのDPを消費させるような動きが多いんですけど……。配信者の方はチャンネル登録者を増やすのが目的なので、そもそもダンジョン攻略での収入が目的ではないんです」

「……まぁ、ボスの前で納豆食いながら踊ったりするぐらいだしな」

「割りがいいんですよね。普通の探索者より。ほぼ確実に元が取れます」


 ああ、案外考えてのことだったのか、フリーWi-Fi。


「つまり、配信者が生配信とか、配信作業が出来るようにフリーWi-Fiの設置をするってことか」

「そうそう。まぁ探索者同士でやり取りされて攻略されやすくなるってデメリットはあるけど、うちは元々人が過ごしやすい環境なうえにほとんど一本道だから関係ないですしね」


 確かにそう聞くと、配信者の誘致のためにフリーWi-Fiを設置するのは良い手のような気がしてきた。


 俺が納得していると、ツナは「それに」と続ける。


「普通に、Wi-Fiに接続した端末から情報抜けるしね。事前に何回か練習したし、見つからずに情報を抜けたからバッチリですよ」

「ああ、用意周到だな。……ん? 事前に練習?」


 Wi-Fiから情報を抜く練習って……今ダンジョン内に設置してるWi-Fiを使うのは俺とツナぐらいのもので……。


「……あのさツナ。いやツナさん。俺のスマホとか……覗いた?」

「ヨル。ヨルには私がいるんだから、えっちなサイトとか見なくていいと思うんです」


 …………。

 これからはそういうのは電子媒体ではなく、本とかそういう現物で見ようと思った。


 スマホを操作してそういうサイトの履歴や保存しているものを泣く泣く削除していると、元凶であるツナは特に気にした様子もなく俺の膝の上に転がる。


「よし、じゃあ久しぶりの休みだし、さっさと怒られにいって、そのあと気分転換にデートでもしましょう! 外に出られるなんて逆にラッキーです、ラッキー」

「ああ……。あれ、今日って何曜だ? 平日の昼間からツナを連れ回すのまずいだろ」

「あ、そう言えば、外の世界では不味いかもです。……「こう見えても成人してます」というのはいけると思いますか?」


 俺の上で寝転んでいるツナをじっと見る。

 実年齢は言ってくれないので不詳だが……ぱっと見、10歳前後。


 細いというよりも薄べったい体型とあどけなく可愛い顔立ち。


「……無理だろ」

「でも、大人な魅力があると思うんです」


 えへん、と、胸を張るも見事なぺったんこである。


「無理だろ」

「……こういうの好きなくせに」

「……とにかく、早いうちに出かけるか。ダンジョン組合、行くだけでも他の迷宮潜らないとダメだからそこそこ時間かかるし」

「んー、了解」


 ツナは別室に移動して着替えて戻ってくる。俺も包帯を解いて普通の服に着替えて、偽装した探索者証と財布をポケットに入れて、刀を布で巻いて背中に背負う。


「そういや、フリーWi-Fiの張り紙はしたけど、絶対に入って来れないもんなのか?」

「いや、普通に入れるけど、フリーWi-Fiの工事作業って言われたら入る人いないでしょ」

「…………まぁ、うちによく来る探索者、アホしかいないから平気か。それに、今は入り口も警察が塞いでるしな」


 なんか傾向あるよな。ダンジョンごとに探索者の性格みたいなの。


 特に、毎日のようにやってくる常連の探索者は何というか求道者という感じだ。


「そういや、今日は来てなかったな」

「わざマシン先輩ですか?」

「あのスレでのあだ名で呼ぶのか……。いや、まぁそうなんだけど。時々何日か来ないことがあるんだよな」

「普通、毎日来る方が異常だと思います。じゃあ行きますか」


 そう言ってダンジョンを後にして、裏口から外に出てダンジョン組合へと向かう。


 ダンジョン組合というのは、ちゃんとした組織ではない。


 俺やツナと同じように「神」から雇われてダンジョン側の人間になったものが集まっただけの互助会でしかない。


 組合に参加している人数も少なく小規模なものではあるが、けれども神に選ばれた人間達だ。


「……他所のダンジョンのやつ、優秀だけど癖が強いのが多いからあんまり会いたくねえんだよなぁ」

「変わった人多いですよね」


 俺は失踪者扱いで免許が取得出来ないため、少し歩いて駅に行き、電車を乗り継いで移動する。


 人気の少ない無人駅から少し歩き、荒れた田畑の中にポツリとある新しい建物の前に行き、探索者証で電子ロックを解除して建物の中に入る。


 ダンジョンへと続く扉とベンチぐらいしからない室内を見て「相変わらず寂れてんなぁ」という感想を抱きながら、刀に巻いていた布を取り払って腰に提げる。


「ツナ、準備はいいか」

「はい。大丈夫です」


 ツナはフードを深く被りながらコクリと頷き、俺はツナの前を歩いて扉を潜った。


 世界が切り替わる一瞬の不快感。薄暗い室内から、ジリジリと肌を焼く強い日の光に眉を顰めながら周りを見回す。


 日本の中にあるとは思えない、枯れた砂の大地。

 あまりにも広く広大な砂漠の中、すぐ近くにポツリとピラミッドを真似たような建築物が建っていた。


「うう……暑いです」

「まぁ、仕方ない。そういう戦略だ」


 ダンジョンマスターは各々「いかにダンジョンを攻略させないか」ということを考えてダンジョンを運営している。


 大まかな方針としてはおおよそ二つに分けられる。


 ひとつは探索者を呼び込んでDPを貯めてそれで迷宮を強化して最深部まで辿り着かせない。

 もうひとつはそもそも探索者が探索しに来ないほど旨味のないダンジョンにする。


 うちのダンジョンの場合はどちらかというと後者寄りで、このダンジョンはそれを極めたような作りだ。


 暑くて広くて、そこにいるだけで疲れるうえに探索してもいいものが見つからないという最悪な作りになっている。


 ……まぁ、だからこそこういう話し合いの場には向いているのだが。


 少し歩いてピラミッドの前までくると、スフィンクスのような石像の眼がギョロリと動き俺たちを見据える。


 二人でスフィンクスの方を向くと、スフィンクスは厳かな雰囲気を纏い、低く響くような重厚な声を出す。


 隣にいたツナが緊張するように息を飲んだ。


「汝、我が問いに答えよ────女の子って「優しい人が好き」って言うのに、ヤンキーがモテてるのはなんで?」


 …………そんなもん、俺が知りたい。

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