第二十二話
傘は差していたが、服の裾は少し濡れてしまっている。シャワーでも浴びてから寝ようかと思っていると、律儀に待ってくれていたアメさんがこてりと首を傾げる。
「どうでした?」
「あー、新幹線で来てたから、宿に案内しといた」
「お疲れ様です。やっぱり、ヨルさんは優しいですね」
「いや、爺さんに風邪引かれるのもな……。それに、申し訳ないしな」
「申し訳ない、ですか?」
「納得いかないだろ。俺みたいな努力もしてない奴が強いとか」
アメさんは俺が置いていったツマミをパクリと食べて首を傾げる。
「最強……なんて、誰がそうでも納得なんていかないと思いますよ」
「……いや、一番努力したやつとか」
「無理なオーバーワークをした人間が勝つなんて馬鹿らしいじゃないですか」
「適切な努力」
「いい環境にいた人の勝ちになります。生まれで決まるのは楽しいものではありませんよ」
……そういうものだろうか。
俺が悩みながらソファに座ると、アメさんはコクリと頷く。
「それに、努力が出来るかどうかも運次第だと思います。……例えば野球が好きでプロになりたい人がいても、野球の道具が買えなかったり、学校に行くのにもアルバイトをしながらだったり。練習することすら難しい人なんていくらでもいるでしょう。そんな人からすれば「一番努力した」人が勝つのなんて理不尽だと思います」
「……そりゃ、そうかもしれないけど」
「それに、たぶんあの人も納得していましたよ。ただ挑みたいだけなんだと思います」
「……?」
俺の視線をアメさんは笑い、ヨシヨシと俺の頭を撫でる。
「挑む、それ自体が楽しいものなんです」
「……そういうもんか」
「ヨルさんは面白コンテンツとして消費されてるだけなので、何の罪悪感も抱く必要がないです」
「俺って面白コンテンツなんだ……」
「ヨルさんってめちゃくちゃ楽しいですからね……」
「俺ってめちゃくちゃ楽しいんだ……」
それはどういう感情なんだ……?
「闘争自体が楽しいものです。でも、傷つくのも傷つけるのも楽しくなくて、憎しみ合うのも辛いものです。……こちらに悪意も敵意もなく、傷もすぐに治るとなると、そりゃあもうエキサイティングですよ。ヨルさんはもっとコンテンツとしての楽しさを誇るべきです」
「いや……それは……そういうものなのか?」
そう俺が尋ねるとアメさんは心底不思議そうにこてりと首を傾げる。
「えっ、ここって「練武の闘技場」ですよね。闘技場って、戦いを楽しむための施設ですよね」
一瞬、アメさんの言葉に呆気に取られて、少し考えてから理解する。
そういや……そうじゃん……。闘技場って基本そういう施設である。
よく考えたらツナも探索者同士が戦える場を整えて、観戦出来る場所や訓練施設や、探索者が自由に改築出来るスペースなどを作っている。
「……俺の感覚がおかしかったかもしれない」
「おかしくはないと思います。僕の場合は父母がアレなのでそういう感覚が備わっているからですし。でも、探索者をしてるような人は僕みたいなタイプが多いと思います」
「……ネットとかの扱いもそれが原因か。……あれか、スター選手扱いか」
「です」
……一番なりたくなかったやつである。
けど、まぁ……そうか……。仕方ないな。なっちゃったもんはな。
ボリボリと頭を掻く。深くため息を吐く。
「どうしたんですか?」
「いや、覚悟を決めた」
明日、ツナに頼むとするか。
◇◆◇◆◇◆◇
翌日、俺はアメさんと並んで練武の闘技場の前に来ていた。
いつもは裏口から出入りしているため、正面から見るのは久しぶりである。
周りがざわついているのを感じながら中に入ると、知らないうちに受付とサービスカウンターが出来ていた。
「……」
「……」
受付の女性と目が合い、お互いに緊張が走る。
……何があったら、自分ところのダンジョンに知らない受付とサービスカウンターがあるのだろうか。
「……しゃ、社長?」
「社長ではない」
「ぼ、ボス。な、何用でしょうか」
「ボスでもない。あー、闘技場の方、探索者同士での戦いが出来るんだろ。エントリー出来るか?」
自分のダンジョンの知らない受付の女性に尋ねると慌てた様子で「今日の分は……」と言ったあとワタワタと電話をどこかにかける。
なんか知らないお偉いさんがいるんだ……。
と、考えながら待っていると背後から笑い声が聞こえてくる。
「おいおい、そこの優男、子連れでダンジョンに来てやがるぜ」
「いっひっひ、笑っちゃ可哀想だぜアニキィ。新人を虐めちゃなぁ」
……なんか肩にトゲの生えた男二人組がやってきた。片手に酒瓶持っているが……車できてないよな? 肩にトゲを生やしながら電車に乗ったのか……?
周りの人に「どうしたらいい?」とばかりに視線を送ると「いや、そっちの施設のことなんだし……」というような視線で返される。
くっ……。分からない。
自分の住処に知らないうちに受付と初心者にちょっかいを出す厄介者が生えていた経験なんてないからどうしたらいいのか分からない……!
「あ、あー……受付に用がある感じか? 急いでるなら先に行ってもらってもいいけど」
「ビビっちまったようですぜぇ! アニキ、こいつぅ!」
「おいおい、女の前でビビるなんてよお。そっちのもそんなちびり野郎じゃなくて俺たちと遊ばねえか?」
……アメさんをナンパした?
いや、落ち着け。落ち着け俺。刀に手を掛けそうになったが……斬るほどではない。
ダンジョンの中なので死傷させても問題はないが、今からの目的に支障が出る。
こんな謎の世紀末な肩パッドをつけたロリコンの相手をしている場合ではない。
「おいおい、やる気かよ。俺は闘技場ランクC級だぜ、新人ちゃんよぉ!」
「なんで俺の知らない概念があるんだよ……!」
「ちなみに俺っちはAランクですぜぇ!」
「お前の方が上なのかよ……!」
男はアメさんの方を見てまた何か言おうとして、それを遮るように口を開く。
「アメさんにちょっかいを出されたら、感情的になるんだ。戦いにまでは発展したくないだろう?」
「ぶあっはっは、戦うために来たんだろ。この闘技場にはなぁ? おい受付の姉ちゃん、俺たちとコイツの試合をセッティングしてくれよ」
「えっ、いいんですか? いや、うーん」
受付の女性は気にしたように俺を見る。
「中ボ……ではなく、結城さんも……」
「……まぁ、元々戦いに来たわけだしな」
練武の闘技場にくる探索者が増えてから、なんやかんやと忙しくて探索者と戦う機会が減っていた。
その補填というわけではないが、引っ越すまでに、少し見世物になってやろうということだ。
どうやらあまりネットを確認しないタイプらしいが実力はあるようなので、俺のお披露目の相手には悪くないだろう。
決してアメさんがナンパされて腹が立ったから斬りたいのではなく。
「いーひっひっ、新人に教育してやるぜえ」
「むしろダンジョン発生と共にいる最古参なんだけど……」
「えっ?」
「ああ、いや、なんでもない」
いつのまにか周りに人が集まっていて「わざマシン先輩だ……」とか「うわ、本物の中ボスじゃん」とかの声が聞こえてくる。
それを聞いたトゲつき肩パッドの男は不思議そうにスマホを取り出して検索して、画面と俺を見比べる。
「えっ、中ボス? ……えっ?」
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