第三十三話
温泉から出て部屋に戻る。
アメに「僕も先ほどヨルさんがいたところで入浴してきます。その……見ちゃダメですよ? ……たまたま、その、たまたま……散歩していたら窓から見えちゃったとか、旅館の裏に出てしまったとか、そういうことはありえるかもしれないので、不可抗力なので仕方ありませんけど」と言われたので部屋の中で大人しくしておく。
……なんか、アメさん、ちょっと変なスイッチが入っている。
そう言えば俺とめちゃくちゃな戦いをした時も強引にキスしてきたし……戦ったあと、そういう気分が盛り上がってしまうタイプなのだろうか。
まぁ、俺も脅威を感じると多少、後で本能的なところが疼くが……。
……自重しよう。ツナも寂しがっていることだろうしな。
そう言えば帰る前に攻略組のやつにも連絡取らないとな、と考えて連絡先を知らないことを思い出す。
……あ、紅蓮の旅団にSNSとかでメッセージ送ればいいか、配信やってるならそれ用のアカウントもあるだろうし。
検索して見つけたアカウントに連絡を入れる。
返事が来るまで時間がかかるだろうし、ツナに電話……をしたら、絶対にいじられるな。
…………まぁ、今更か。
それからツナと電話をしたり、攻略組と連絡を取って外に出て手頃な大きさのダンジョンコアをひとつ渡したり、料理を作って食べたりしているうちにまた疲れて眠る。
けれども今度はあまり深く眠れずに目が覚める。
すぴー、と寝てるアメさんや丸まって寝てるヒルコを見てからベランダに出て、蒸し暑い空気を吸う。
……人を殺した。必要だった、罪悪感の湧く相手じゃなかった。
そんなことを思いながらも罪悪感はやっぱりあって、何も感じずにいるなんてことは無理だ。
自分が腕が立つだけの人間でしかないことを再認識する。
なんというか……俺は英雄にはなれないのだろう。
普通に平穏を過ごすのがあっている。……そう考えると、ツナの考え方とも近いのかもしれない。
ツナもツナで可能な限り現状維持をするという感じのスタンスだしな。
神が相性とか考えてパートナーを選んでいる感じだろうか。
…………まぁ、相性はいいか。ヒルコもダンジョンマスターと仲良かったようだし、その可能性は高いな。
ツナのことを考えているとまた会いたくなってしまう。
……明日は運転もしないとダメだし、無理にでも早く寝るか。
◇
目が覚めて身支度を整える。
それから旅館の外に出て体をほぐしていると、荷物を纏めたゴブ蔵が正座で座っていた。
「あ、ダンジョンから戻ってきてたのか。ホテルに置きっぱなしの車を回収したら割とすぐ出る予定だから大人しくしていてくれよ」
「……ヨル。ちょっと話があるんやけどええか?」
「ん、ああ、まぁ……どうかしたか?」
改まってどうしたのだろうか。視線を合わせるために座ると、ゴブ蔵はより深く頭を下げる。
「……単刀直入に言う。ここに残っていいか?」
「ここって……ゴブの湯にか? それはまたなんで」
「守りたい人が出来た。いや、ちゃうな。守らなければならない人が」
「……はあ、いや……まあ、俺が許可を出すもんでもないけど、いいんじゃないか? そういう理由ならツナはダメとは言わないだろうし……あとはみなもが許可を出すかどうかだな」
「ええんか? ヨル……寂しくないか?」
「ゴブ蔵は俺のなんなんだ……? いや、まぁ、みなものことが心配だし、ゴブ蔵が守ってくれたら安心だから割と賛成だぞ」
そう話してから纏めてある荷物を見る。
「ゴブ蔵に渡してる装備とかもそのまま持っていたらいい」
「……恩に着る」
「いや、俺が許可するもんでもないし、感謝されても。好きな子でも出来たのか?」
「ああ、緑色の肌がチャーミングな子でな」
……まぁ、好みは人それぞれだしな。
「……とりあえず、みなもに話してくるから待っててくれ」
「ヨル、ありがとう。ヨルと過ごした二年間……本当に楽しかったで」
「……ああ」
俺の方はしゃべったこと以外は全然印象に残ってないし、なんなら普通に忘れて帰りそうな感じだったが合わせておく。
みなもに話すと「しゃべるゴブリンかぁ……。まぁ、置いていってもいいけど」と雑に許可をもらえた。
そういえばゴブ蔵がめちゃくちゃ強いことを知らないから、ゴブリンが一人増えるぐらいそんなに迷う要素はないか。
知っていたら「裏切られたときを考えたらダンジョン内にいられるのが怖い」ぐらいは思うだろうが。
車をダンジョンの近くに泊めて、アメさんとヒルコを連れて外に出る。
みなもやゴブ蔵への挨拶は適当なものだったが……今の時代連絡はいつでも取れるのでそんなに惜しむものでもないか。
「よし、忘れ物はないな。トイレは今のうちにいっとけよ?」
「はい。あれ、ゴブ蔵さんは?」
「なんか好きな子が出来たとかで残ることになった」
「なるほど……運命というのはいつも突然ですもんね」
納得するんだ……。
ちょこんとヒルコが後部座席に座り、アメさんはそれに合わせるように後ろに乗ってヒルコの顔を覗く。
「車酔い平気ですか?」
「闇の暗殺者は車酔いなんてしませんよ」
「闇の暗殺者って車酔いしないんだ」
初めて知った。
まぁ、闇の暗殺者が車酔いしてるところ見たことないしなぁ。
「……そのキャラ、続けるんだな」
「はい。背負っていこうと思います。罪の十字架と共に」
「……ほどほどにな? ……行くか」
割り切るのはまだ無理だろうと思いながら車を走らせる。
……ここから日本の情勢が変わるとツナが言っていた。
おそらく今まで日本のダンジョンが大人しかったのは、目立つ支配者がいたことで抑えられていたからだろう。
それが黒木に討たれたことで「黒木なら潰せる」と人が集まってこういう結果になった。
そして今、王はいない。
…………これから、どうなるのだろうか。
気構えをしている時間もなく、反省や後悔をする暇もなく、きっと世界は変わっていくのだろう。
「……」
まぁいいか、今は、協力出来る仲間が増えたことを喜ぼう。
車を運転している間に眠ってしまった後ろの二人を見つつ走っている間にやっと練武の闘技場の前まで帰って来れた。
レンタカーを早めに返すべきだろうが……それよりも早く、ツナに会いたい。
アメさんを軽くゆすって起こし、彼女の目が開いたのを見て急いでツナの元に走る。
「ツナ!」
と、扉を開ける……その瞬間、目を疑うような光景が広がっていた。
お菓子や甘い菓子パンの包装がそこらに転がり、脱ぎ散らかされた服が雑にカゴの中に放られて積み重なっていた。
机の上には洗っていないコップがいくつもあり、ゲーム機が床に転がり、何故か布団がテレビの前に敷かれていて、その枕元にノートパソコンが置かれていた。
……め、めちゃくちゃ好き勝手に散らかし放題にしてる……数日で……数日でこんなに汚すことあるか……?
「あ、よ、ヨル……おか、えり……」
ツナは必死に証拠隠滅しようとしていたのか手にゴミ袋を持って苦笑いを浮かべて誤魔化そうとしていた。
「……」
「……えへへ、だ、大好きです。ちゅーしてあげるので、怒らないでください」
俺が近づくとツナはびくっと体を揺らし、俺はそのままツナの体を抱きしめる。
ツナは一瞬だけ混乱して、それから俺を抱きしめ返す。
「……おかえりなさい」
「……ただいま」
よしよしとばかりにツナは俺の頭を撫でる
。
……こんなつもりじゃなかった。寂しがっているだろうツナを優しく抱きしめてやるつもりだったのに……今は、まるで親に泣きつく子供みたいにツナに抱きついている。
叱らないとダメだし、優しくしないとダメなのに……今は、体が言うことを聞いてくれなかった。
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