第三十二話
旅館を歩いていると少し遠くから人の気配を感じ、扉の前に立ち止まって声をかける。
「みなもさん、いるか?」
「あ、ヨルくん? 入っていいよー」
昨日、声もかけずに寝たと言うのに怒った様子もなく気楽そうな声だ。
部屋を開けると寝巻きらしい浴衣姿のみなもが何かの本を閉じてこちらを見ていた。
「お疲れ様、探索長引いたんだね」
「ああ……悪い、帰ってきたときに声をかけるべきだったんだけど。あと、一人と一ゴブ増えてることも」
「あ、それはさっき見てちょっとびっくりした」
みなもはそう言いながらも怒ったような様子はない。
クーラーの効いている、小綺麗にしているが少し生活感のある部屋に入り、みなもの前に座る。
俺が少し真面目な顔をしていたからか、みなもは不思議そうにニコリと笑う。
「どうしたの?」
「……あー、まず何から話すべきか。……極夜の草原を潰した」
「……へ? えっ、ほ、本当に?」
「ああ。……みなもにとっては直近の脅威はなくなっただろう。けど、まぁここと極夜の草原を繋げたダンジョンという敵は残る形になってるな」
安心と混乱、それにほんの少しの恐怖を目に滲ませているのが見える。
……家に泊めている人物が、自分の敵とは言えども人を殺してきたと言ったのだから怯えるのも当然だろう。
「……そっか、えっと、こういうときってお礼言った方がいいんだよね」
「いや、言わない方がいいだろ。死んでほしいとまでは思ってなかっただろ」
「……それは、そうだけど」
みなもは俺を見て、それから少し俯く。
「……でも、やっぱり、ありがとう。お疲れ様。……お礼を言わないと、関係が切れちゃう気がして」
「なんだそれ。……あー、俺たちの探索も終わったし、居住エリアはもっと別の場所に変えた方がいいな」
「うん。DPが溜まり次第引っ越すかな」
あと……いや、細かい話はツナとかに任せた方がいいか。
「あー、用事は済んだし、明日の朝に出ると思う」
「……そっか、短い間だけど楽しかったよ」
「また帰ってからお礼とかする。……そういえば、ゴブ蔵知らないか? さっき部屋にいなかったんだけど」
「ゴブ蔵? あのゴブリンのこと?」
「ああ、一応……仲間なんだけど」
……今回の作戦の肝だったはずが、アドリブ感に負けて、俺に説教しかしてないけど。
「あ、あのゴブリンならダンジョンの方にいったよ」
「ダンジョン?」
「うん。めちゃくちゃ流暢な関西弁で「他のゴブリン見たことないから会ってみてええ?」と聞かれてね」
「……」
ゴブ蔵、アメさんとかツナの前では「夢を壊すから」って話さないのに、みなもの前では話すんだ。
……成人してるか否かだろうか。アメさんが成人したら「今まで隠しとったんやけど、ほんまは話せるねん」とか言い出すのだろうか。
そんなことを考えていると、何かを勘違いしたのか、みなもはパタパタと首を横に振る。
「ち、違うよ!? 変なこと言ってないからね!? ほんと、本当だから! 関西弁で喋ってたから!」
「……ああ」
「絶対疑ってる! ほんとだから!
「いや、疑ってないよ。ゴブ蔵、なんか喋るし」
「だよね! 喋るよね!? 私がおかしいんじゃないよね!」
まぁ、脳が混乱するのも分かる。というか、やっぱり普通のゴブリンって喋らないんだな。
「まぁ、うん。ゴブ蔵がおかしいんだと思う。あ、風呂借りるな。旅館の裏側を使うから、アメさんやヒルコが来たら来ないように伝えてくれ」
「人のお風呂は覗くのに自分は見られたくないんだ……」
「覗いてるわけじゃないです……」
風呂に入り汗を落とす。
……ヒルコのこと、どうしたものだろうか。
放っておく気には到底なれないが、連れ帰ったらツナに怒られそうだ。というか、絶対に怒られる。
……けど、泣いてるのを見ちゃったしなぁ。
「……怒られるかぁ」
「誰にですか?」
「あー、ツナ。って、うおっ」
背中の方から声が聞こえて振り返ると、旅館の窓からじとーっとした目のヒルコが顔を出していた。
「……すごい堂々とした覗きだ」
「覗きじゃないです。目が覚めて居場所を把握しようとしたら、なんかあなたが脱いでいたんです」
「人を露出狂みたいに言うな。……いや、大したことじゃない」
ヒルコは眠そうな目をくしくしとこすって、それから腫れた瞼で俺を見る。
「……それで、ここは?」
「あー、近場のダンジョン。しばらく世話になってたんだ」
「そうですか。……復讐、果たせたんですね」
すっぽりと、抜け殻のような表情でヒルコはぼーっと俺を見ていた。
風呂に入っているので見ないでほしい。
少し考えて、ヒルコの方から視線を背けて肩まで湯に浸かる。
「……いや、復讐は果たせてないぞ。ヒルコ、海呑みのダンジョンコアを見てずっと泣いてたろ。俺がダンジョンコアを引っ剥がしたから」
「……」
「残念だったな、復讐出来なくて」
「……よく、覚えてないです。感情がワッと溢れてきて」
ヒルコは思いの外、落ち着いているように見える。
怒られるのも仕方ないかと思いながら、ゆっくりとヒルコに言う。
「ウチのダンジョンに来いよ。行くところないんだろ」
「……」
「ウチのボスのツナも、アメさんも、あんまり家事が出来る方じゃなくてさ、男の俺が洗濯とか、結構気まずいから手伝ってほしい」
「……」
返事がなく「ヒルコ?」と振り返る。
彼女はどこかぼーっとした目で上の空に俺を見ていた。
「どうした?」
「……現実味がなくて、今、ここにいるのも、他のダンジョンにいくのも、あの人が隣にいないのも。地に足がついてない、そんな感じで」
「……そか。とりあえず、休むところからだな。……何かやりたいこととかないか? 卓球とかあったぞ」
「……やりたいこと? ……世界百周旅行」
「急にアクセル踏んできたな」
少し笑い、それから頷く。
「……じゃあ、それに向けて休もう。ウチのダンジョンは書類偽造もお手のものだからパスポートも用意出来るぞ」
「……楽しみ」
世界旅行か。出不精そうに見えたが意外な趣味だ。
しばらく泊めて……本当に行きたいようだったら、大丈夫そうなら送り出そうか。
そろそろ湯から上がりたいな……と思っていると、ヒルコの隣にアメさんが生える。
「高橋さん、こんな廊下から何を見てるんですか? ……ひゃあっ!?」
ひょこりと覗き込んだアメは顔を真っ赤にして目を背け、それからチラチラとこちらを見る。
「だ、ダメですよ。ダメ……だ、ダメ、ですよ?」
と言いながらもアメはめちゃくちゃこちらをチラチラと見る。
恥じらいながらもこちらを見ているアメと目が合う。
幼なげな顔立ちが赤く恥ずかしそうに染まるが、目には興味の色が宿っている。
あまりジッと目を見つめたことはなかったが綺麗なクリッとした目をしているが……なんとなく、その純粋な瞳は獣を思わせるものだった。
……アメさん、むっつりスケベだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます