第三十一話

 ヒルコは泣き疲れて眠っている。

 いや、気を失ったと表現した方が正しいかもしれない。


 彼の形見であるダンジョンコアに縋り付いたまま崩れ落ちた様は、まるで死んでいるようにも見えた。


「……一応、他のダンジョンコアも回収しておくか」


 極夜の草原のダンジョンコアが他のものよりも大きいところを見るにダンジョンの規模により大きさが左右されるのだろう。


 おおよそウチの……練武の闘技場と極夜の草原が同格で……【海呑み】のダンジョンコアは……少なくとも100倍はありそうだ。


 すごい奴だったのだろう。

 ツナは「下手に目立てば不利になる」と言っていたが、ここまで段違いであれば話は違うだろう。


 黒木がしたという騙し討ちさえなければ本当にこの世界を支配していたと、そう思わされる。


「……闇の支配者を名乗る奴が本当に支配すんなよ」


 もう少し居住スペースを物色したいが……ヒルコを置いていくのもな。

 仕方ないとため息を吐き、海呑みのダンジョンコアを回収し、ヒルコを背負う。


 結構重いな……。まぁ、普段背負うことのある相手がツナだからそう感じるのだろう。


 背中に涙やらなんやらが付くのを感じながら、悪趣味な城を歩く。


 ……ツナは狭い民家、ソラは会社のオフィス、みなもは旅館、黒木は城か。


 落ち着く場所や理想の場所の反映だろうか。城を歩いていると、明らかに使われていない部屋が多数見つかる。


「……何か参考になりそうな場所はないな。というか……案外ミニマリストだ」


 無意味に広い城に住んでるくせに、生活のためのものは最低限。しかも……一人分しかないところを見ると、パートナーには逃げられたようだ。


 ……必要なことではあるが、人の家の探索なんて気分のいいものじゃないな。


 そんなことを考えていると、机の上に財布を見つける。


「……アイツ、ハンバーガー食えてねえだろうな」


 というか、近くにそんな店もないしな。


 アメを待つ……いや、アメも疲れているだろうし逆走するか。


 自分の体が疲れていることからアメの疲労を想像してダンジョンを逆走する。既にモンスターはおらず、冷える草も枯れたようだが空気はまだ冷たいままだ。


 朝から探索を始めて、夜に寝る前に襲われてから結構な時間……ほぼ24時間か。早く寝たい。

 ツナのいるベッドで、ツナに抱きつかれながら、暖かい身体を抱きしめて眠りたい。


 しばらく歩いているとフラフラとした人影が見える。あ、アメさんももう限界っぽい。


「あ……ヨルさん、終わったんですね。……ヒルコさんは?」

「ああ、疲れて寝てるだけだから大丈夫だ。とりあえず、みなものところまで戻って寝よう」

「すみません、間に合わなくて。モンスターの遺体を追ってきたんですけど」

「いや、大丈夫だ。ゴブ蔵も連れてきてくれたんだな」

「ゴブ」


 アメはヒルコの方をチラチラと見て、心配そうな表情を浮かべる。


「背負いましょうか?」

「いや……アメさんよりも重いからしんどいだろ。俺なら平気だから」

「……ヒルコさん、張り詰めた雰囲気でした」

「……ああ。まぁ、たぶん、そうだな。……死なないでいてくれると思う」

「……はい」

「作戦は失敗だな。素直にツナに謝ろう」

「ん、むしろ、失敗しても早く帰って来れたことに喜びそうですけどね」

「ああ……早く帰りたいな。流石に、一度寝たいが」


 睡眠不足でフラフラになりながら、みなもの旅館に戻る。


 みなもはまだ寝ているらしい。

 本来なら人が一人増えたことや戻ってきたことを報告すべきだろうが……起こすのも悪いし、俺ももう限界だ。


 ヒルコを布団に寝かせる。

 温泉に入って身を綺麗にした方がいいのだろうが、そんな体力も残っておらずアメと二人でヒルコの寝ていない方の布団に倒れ込む。


 眠る……というよりかは失神するという方が適切だろうというぐらい一瞬で体から力が抜け落ちる。


 最後の瞬間「あっ、ゴブ蔵が布団かけてくれてる」と気がついたが、礼も言えずにアメと共に意識を失った。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 眠い。と、感じながらも目が覚める。

 汗の感触と空腹に耐えかねて身体を起こすと、俺の下でアメさんが潰れていた。


 ……すまない。なんか普通に気持ちよさそうに寝てるけど。


 少し頭が起きるまでぼーっとしていると、スマホの方から音が聞こえる。


『あ、ヨルさん、起きたんですね。もう夕方ですよ?』

「……あれ? なんでツナの声が」

『覚えてないんですか? お昼に電話がかかってきたと思ったら、すぐに寝ちゃって』

「…………マジか」


 いや、会いたいとか声を聞きたいとか思っていたけど……。寝ぼけながら電話をかけてそのまま寝落ちするとか……。


「恥だ。忘れてくれ……」

『忘れませんよ。えへへ、甘えんぼさんです』

「……殺してくれ。というか、なんで通話を切ってないんだよ」

『ヨルさんが「ツナ、一緒にいてくれ」と頼んだからですよ?』

「殺せ、俺を、今すぐに殺してくれ。頼むから、頼むから殺して。お願い」


 絶対いじられる……。一週間は死ぬほどいじられるし、しばらく一月に一度は話題に出される。

 最悪、死ぬまでネタにされる……!


「ツナ……その、何かお土産とか買って帰ろうか?」

『買収には応じませんよ? いいじゃないですか、自分のお嫁さんが大好きなぐらい』

「……小さい子に甘えるのは別だろ」

『夫婦は支え合うものです』

「……そっすね。あー、話は変わるんだけど」

『もうちょっと掘り下げませんか?』

「掘り下げない。……悪い、目的は果たせなかった」

『あ、そうですか。じゃあ、明日には帰って来れますね』


 電話越しのツナは特に気にした様子もない。

 それどころか嬉しそうな声でなんとなく安心する。怒られることはないと思っていたが……。


「というか、それどころか俺がやったんだけど」

『ええ……まぁいいですけど』

「事情があった。あー、ダンジョンコアは回収した。二十個ほど」

『……多いですね』


 ツナの声は暗い。

 とてつもなく価値のあるものを大量に手に入れたというのにだ。


 ……おそらく、それだけの人が亡くなったことを考えてのことだろう。


「まぁ、ひとつは極夜の草原の攻略組に渡すつもりだ。ダンジョンで組んだ義理もあるし、俺が攻略したことはあちらも想像がつく状況だった」

『ふむぅ、それはいいですけど……。今は特に使い方が思いつかないですね。価値のあるものではありますが』

「まぁ、いずれ使えるだろ。……あー、ちょっとみなもに声をかけてくる。戻ってから疲れて寝ちゃってたから」

『はい。えっと、お土産とかは買ってこなくていいですよ。一刻も早く帰ってきてほしいです。……あ、でも、夜に長時間運転は危ないので』

「ああ、明日の朝にはこっちを出るよ」


 ツナとの通話を終えると通話時間が五時間と表示されていた。


 ……ツナも切れよ、こんな電話。


 そう思いはするも……起きてすぐにツナの声を聞けたのは、心底安心した。……俺、本当にダサいな。

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