第三十話
総力をぶつけられている。
明らかに「勝つ」ではなく「疲れさせる」ことを目的としてモンスターを向かわせてきているが、それもやはりその場しのぎで割に合うものではない。
もう、極夜の草原のダンジョンマスターの意識は「勝つこと」でも「生き延びること」でもなく、あと何時間死から逃げられるかというものに変わっている気がする。
……こんなみっともないことをするぐらいなら、命乞いでもすべきだろう。そんなことを考えていると、ヒルコが無言なことに気がつく。
「……大丈夫か?」
「はい。……理不尽な恨み言を言ってもいいですか?」
「ああ」
「……あなたが、もっと前に、私達に出会っていたら良かったのに。……きっと死なずにいれたのに」
「……悪いな」
「あの人は、誰も彼もを助けようとしていたんですが。……だから、きっと、結城さんとも仲良くなれたんです」
「……ヒルコ」
「……はい」
「そいつのこと、もっと知りたいから……終わったら、教えてくれ」
ヒルコは少し驚いた顔をして、それから苦笑いを浮かべた。
「もしかして、復讐を終えたら死ぬとか思われてます?」
「違うのか?」
「……我慢しますよ。あの人が、自分が死ぬ直前まで……私の無事を思っていてくれたそうなので」
「ああ、さっき……そう言ってたな。はは、アイツは馬鹿だな」
まだ迷いはある。未成年である彼女の復讐に手を貸すべきではないのでは、復讐を無理矢理にでも止めた方がいいのでは、そんなことを考えながらも歩く。
……いや、分かっている。
俺が止めようとも手を貸さずにいようともヒルコは復讐を果たす。だからそのとき、支えてやれる場所にいることが重要なのだと。
真正面から竜を両断すると、その奥から……人影が歩いてくるのが見えた。
「──黒木!!」
「やあ、こんなところまで、わざわざご苦労なことだね」
本体が出てくるとは思っていなかったが……この分を見るにもうダンジョンの最下層が近いのだろう。
「……なんだい。笑いなよ。ほら、せっかくの混沌だ。ああ……君達には分からないのか。もったいない」
……何を言っている? 何故笑っている? 勝ち目がないことを理解しているだろうに。
手始めと言わないばかりにクイッと指を動かした彼の周りに複数の竜が発生する。
「この程度、時間稼ぎにも……」
俺が竜に刀を振るうのと同時に黒木は足でトントンと地面を呼び起こす。
俺とヒルコの足元に大穴が開こうとするが、跳んで回避する。
「中ボスにクソガキ、俺にとってはな、この世界の人間は全て盲目だ」
「……盲目?」
「見えてねえんだよ。この世界の中身を、目の前にあるってのに」
いつのまにかヒルコの姿が見えない。……大穴に呑まれた?
それとも竜にやられたか? ……いや違うな。信じろと言っていた。
竜を斬り払いながら黒木を睨む。
「なんの話をしている」
「神がいたんだ。世界をこんなめちゃくちゃにしてしまえる神が。ゴブリンを解剖してみたことはあるか? そこのドラゴンを斬った感触はなんだ」
「……だから、何の話を」
黒木はへらりと笑い、地面に手を当てる。大地が揺れ、黒木の足元の地面が大きく盛り上がっていく。
「容易く、気軽に、生命を生み出せるんだよ。ああ、まさしく「神」だ」
どこか諦念が見える。
あるいは……憤怒のような何かを感じた。
「はは、ははは、分かんねえかなぁ!? 俺たちは全部アイツの手のひらの上なんだ! 生命を生み出せるやつがわざわざ俺達を利用するなんて、何の意味がある! ねえんだよ! 俺たちなんてアレからしたらいくらでも代わりを用意できるんだ!」
──
それは竜だった。
ダンジョンの機能で生み出されるものでも、人の想像上の生き物でもなく、まさに本物の竜と呼ぶべき存在。
……多くの災害や水害を利害の神性や魔性に例えたように、唸るような土砂崩れは竜に見紛う。
その大地の奔流は、まさしく竜と呼ぶに相応しい──。
「神がいたんだ。分かるか!? この絶望が! 俺たちの自由意思など関係がなく、人がムシケラで遊ぶように終わらせることが出来る存在が!」
「…………だから、人にはもう価値がないとでも」
「違うかよ? お前は、そこいらのアリに命を感じるのか? 俺たちはみんなアリと同じなんだ。……埋もれて消えろ」
今まで以上の、DPの無駄遣いによる暴力。濁流は斬れない、斬れたところでより多くの質量で押しつぶす、避けられないし、避けたところで無限に押し寄せる奔流から逃げ切れるわけもない。
ここまでDPの無駄遣いを無視して来られると流石にどうしようもない。……だが、それは、俺が一人だった場合だ。
勝ち誇りと負け惜しみを混ぜたような表情の黒木の背後に、小さな影が現れる。
「……? ああ」
背後から腹を突き刺された黒木は一瞬だけ笑い、それからそのまま崩れ落ちて濁流に呑まれて落ちていく。
呆気ない終わり方……いや、ダンジョンの外に出て、戻ってくるだけか。そう思っていると、土砂から人型の塊が落ちてくるのを見る。
「ゴフッ……」
「悪運が強いな。……いや、まぁ、むしろ痛みが長引いて運が悪いか」
いつもなら介錯をして楽にしてやるところだが……今はむしろこうして弱った状態で生きてもらった方がいい。
黒木を置いていこうとすると、背に声をかけられる。
「……マヌケだな」
「悪口なら後で聞く。どうせもっと深部でもう一戦あるだろう」
黒木は口から血を吐き出しながらヘラヘラと笑う。
「もう戦う気は失せた。勝てっこねえし、やってられねえ」
「……」
「あと、ハンバーガー食いたい。こんな穴倉の中で死ぬのより……最期は美味いものを食って……」
本気なのか、冗談なのか。
黒木はへらりと笑って、それから俺とヒルコを見る。
「……ご愁傷様。生き延びちまったな」
黒木はダンジョンのシステムによりその場から失せる。
「……何を話していたんですか?」
「負け惜しみを言ってただけだな。……行くか」
黒木はもう戦わないと言っていたが、裏切りの常習犯らしいのであまり信用は出来ない。
「……今、ダンジョンの外にいるんですね」
「追いかけて殺すのは無理だと思うぞ。排出先をある程度決める機能があるから、今死んでも別のところに出るはずだ」
「……殺すならダンジョンコアを取って、ですね」
「ああ。……そういやさ、高圧的になんだが、以前仲間というか手下になるように迫られたことがあってな」
「……はい」
「……人を信用出来ないし、価値もないと思っているくせに仲間を集めようとしてるのは……黒木もどこかで、憧れていたんじゃないか。ヒルコの大切な人を」
「…………」
「もう復讐も終わるところで、だからなんだってことかもしれないけど。……きっと、ヒルコの大切な人は……憎くて、裏切っても、それでもどこか憧れてしまうほどに、偉大な人物だったのだろうと、そう思った」
ヒルコから返事はない。
ただ二人で無言で歩くと階段が見える。降りると扉があり、開けて進むとまるで城のような内観の場所に出る。
気温は半袖で過ごせそうなほど暖かく、シャンデリア風の照明もあって明るい。
……無意味に豪華で悪趣味だ。
豪邸、というか城をモチーフにした感じだな。成金趣味だ。
「探すの面倒だな。かなり広そうな居住スペースだし……」
「……こっちです」
「あれ、入ったことあるのか?」
「……なんとなく、海の匂いがします」
ヒルコの後ろをついて歩く。
大理石の床を蹴り、中に入ると宝物庫のような室内に水晶玉のような球体がいくつも飾られていた。
「……ダンジョンコアか。こんなにもたくさん」
他のダンジョンを潰したときのものだろう。……これだけの数の人を殺してきたのだと思うと、黒木に同情する気はおきないな。
小さなビー玉サイズのダンジョンコア達の中心に、テニスボールサイズの大きなコアを見つける。
ああ、これが極夜の草原のダンジョンコアだろうと直感する。
……本当に諦めたんだな。そう思いながらヒルコに目をうつすと、彼女は呆然と……その奥を見つめていた。
巨大な球体。俺と同じほどの高さのある透明なダンジョンコア……それを見て、ボロボロと涙を溢していく。
「っ……カイトさん……カイトさん。なんで、なんで……死んじゃったんですか。私を置いて、いかないでくださいよ」
……ヒルコは泣き崩れてダンジョンコアに縋り付く。
極夜の草原のダンジョンコアを取らなくて……黒木にトドメを刺さなくていいのか。
そんな言葉をかける気にはなれなかった。
復讐、憎しみ、嫌悪、怒り……そんなものよりも、ただただ悲しみがまさったのだろう。
……ああ、そうか。きっと……まだ、ちゃんと泣くことすら、出来ていなかったんだ。
泣いている彼女に声をかけるほど野暮ではなく、俺は極夜の草原のダンジョンコアに手を伸ばしてその台座からそれを取り外した。
スッと……そのダンジョンコアから、あるいは俺たちのいるダンジョンから生気のようなものが抜け落ちていく。
……極夜の草原は、今日、このとき、終わりを告げた。ひどく静かに、夜に眠るように。
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