第二十九話
自分が変わっていくのを感じる。
変な名前で呼ばれることにも、変な人が近くにいることにも慣れた。
……いや、そうじゃない。慣れたのではなく、単にそれが嫌ではなくなったのだ。
海のダンジョンということでなんとなく砂浜で過ごしたり、暇つぶしに自称闇の支配者の仕事を手伝ったり。
「それにしても……ヒルコは隠れるのが上手いな、逃げられたらまるで見つからない。友達とかくれんぼでもよくしていたのか?」
「……中学生はかくれんぼなんてしませんよ。それに友達もいません。……夜に補導されないように歩いていたからかもしれません」
私がそう言うと、彼は気にした様子もなく「なるほど」と頷く。
なんとなく、やっぱり、少し、変わった人だ。
いい歳して厨二病なのもそうだけど、それ以上に……変に束縛したり、面倒な心配をしたりしない。単に私に興味がないだけかもしれないけれどこの距離感は心地がよかった。
……いや、違う。たぶん私が心地よい距離を保ってくれているのだろう。
だから、天邪鬼な私は何の意味もなく、思い通りになるのが嫌というだけの理由で一歩前に踏み出した。
「ネットで調べたんですけど、ウチのダンジョンってすごいらしいですね」
私から話しかけたことが珍しいのか、彼は一瞬だけ驚いた表情を浮かべてから頷く。
「もちろん。闇の支配者である俺の采配は完璧だからな。……そうだな、海のダンジョンなのが相性がよかった。まず広域にダンジョンを広げて、海中の地形を改変してプランクトンが集まる地形……生命の根源たる場所にて魑魅魍魎が集まりやすい領域を手中とすることで、カオス・エネルギーにより魔の手先の力を蓄える企みに成功したのだ」
「説明の最初の方、素が出てませんでした?」
「出てないが」
「あと、意味が分からないので日本語で話してください」
彼は不服そうに表情を歪めて、近くにあった紙とペンを取り出して私に説明する。
「簡単に言うと、かなり広い範囲で海と繋げて、ダンジョンの機能で生き物が生息しやすい地形を作ったんだよ。それでダンジョンのメインであるサハギンやマーマンをメインとした海棲モンスターやゴブリンの食料となる餌を自動で大量に供給されるようにしたんだ」
「DPの節約ということですか」
「そうだな。まぁ、節約というか、探索者に倒される範囲なら俺が手を加えなくても勝手に産まれるから事実上、ただで戦い続けることが出来る。今はDPを貯めるのもありだけど、浮いたDPでダンジョンの規模をもっと大きくする予定だ」
「……今でも日本最大のダンジョンですよね」
「ああ、というか、正確に言うと「見せている部分」だけで最大のダンジョンだな。入り口を分けて別のダンジョンと思わせているのを二十個ほど保有しているし、地下やら海中やらを含めると、0.1%も見せていない」
「……もしかしてダクルラさんって優秀なんですか?」
「略すのやめて」
彼はポリポリと頰をかく。
「専門性と噛み合ったのと……まぁ、他のダンジョンも奥の手は隠してるはずだ。それに」
と、彼が何かを言おうとして口をつぐむ。
「どうしたんですか?」
「いや、ダークルーラーとして話しすぎたな」
「気になるので最後まで言ってください」
彼は少し嫌そうな表情をした後、私の目に押し負けたような表情を浮かべた。
「……ヒルコのおかげかな」
海の匂いがした。そんな気がしたのだ。
照れ臭さを隠すように目を逸らして、それから紙にペンを走らせて小難しいことを書いて私に説明をしていく。
「どういうことですか?」
「……俺は、いつも自分ひとりの世界にいた。人嫌いというわけじゃないが……いや、誰とも関わらないようにしていたから、一般的には人嫌いか。……まぁ、ヒルコと出会って、人を守るのも悪くないか、なんてことを思うようになって」
「……へ? あ、あぅ……な、何を恥ずかしいこと言ってるんですか!」
「……ヒルコが聞いたんだろ。……まぁ、だから、ヒルコを守りたいのもあるし、それに……出来ることなら、他のダンジョンも全部守ろうと思ってな」
深い色の瞳を私に向けて、そんなに大きくもないのに響く声で続ける。
「このダンジョン【海呑み】の最大の特徴は広さだ。いずれ、日本全てを覆う形して、そこに面したダンジョンを保護しようと思ってる」
「……なんでですか? 敵同士なんですよね」
「この力を与えた神はきっと「もっとも優れた存在に優れた世界を作らせる」みたいなノリでこのダンジョンの戦いを始めたと思うが、そんなの面白くないだろ? 神に逆らって、色々な奴と色々な土地がある世界を作ってやろうと思ってな。……まぁ、人死にが嫌になったっていうのが一番だが」
へらりと彼は笑う。
ああ、なんだか海みたいな人だ。なんてことを思った。
びっくりするぐらいなんだか大きなことを平気で言って、馬鹿みたいに度量が深い。
「……だからさ、ヒルコ、俺がこの世界を、たくさんの人やダンジョンや文化や……色んな景色を残して征服するから、全部終わったら色んなところを見に行かないか? 世界一周どころか、百周ぐらい旅行をしよう」
そんな言葉に思わず笑ってしまう。
「せっかく世界征服して、綺麗な景色を残して……なのに、こんな無愛想な女を連れてくんですか」
「……ダメか?」
「バカだなぁって、思ったんです。もっといい人を探した方がいいと思いますよ。せっかく、色んな人を守るんですから」
私がそう言うと彼はペンと紙を片付けて立ち上がる。
「出来るだけたくさんの人を守って、たくさんのものを残して……でも、俺の隣にいてほしいのはひとりなんだ」
「……わ、わざとですか? プロポーズみたいなことを何度も言うのは」
彼はスタスタと歩いて去っていこうとする。
「ヒルコが聞くからだろ?」
「最後のは聞いてないですよ。ちょっと、逃げないでください。逃げないでください! 高橋さん!」
「闇の支配者、ダークルーラーと呼べ」
気づけばいつのまにか、私の足は彼を追いかけていた。
パタパタと走って彼の背に追いつこうとする。このときが、始まりだったのだ。
私の初めての信頼、初めての恋というものが。
「ヒルコ、これからはダンジョンの整備だけじゃなくダンジョン同士の交渉も多くなるから忙しくなるぞ。もう色んなダンジョンと話して、結構たくさんのダンジョンマスターに「保護してほしい」と頼まれてるからな」
「私、役に立ってないですよね。……勉強、教えてほしいです。今まで学校もサボってきてたんですけど、生物のこととか生態系のことを知ったらもっとちゃんと役に立つと思うので」
「……ああ。これから頑張ろうな」
彼はポケットからスマホを取り出して何かの連絡を見て軽く笑う。
「またひとつ保護の依頼がきた」
「そんなにたくさん守れるんですか?」
「まぁ、なんとかするさ。今は弱いダンジョンでも、これから助けてもらうことになるかもしれないしな。えっと、ここは……【極夜の草原】か。喫緊でピンチらしいから、助けてやらないとな」
闇とか言うのにお人好しで、コミュ症で厨二病患者なのに知らない人を必死に守ろうとして……少しずつ、少しずつ好きになっていた。
少しずつだけど、まるで限度が見えないぐらい、少しずつ。
一年後の【極夜の草原】の裏切りを知らないまま「きっと全部上手くいく」「全てを助けられる」みたいな妄想を二人で思いながら……その日までを過ごしたのだ。
たった二年の、けれども、私の人生で一番幸せな時間を。
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