第三十四話

「……ヨル、知らない人が来るなら来ると言ってください」

「ああ、そういえば言ってなかったっけ……? あー、極夜の草原で拾ったヒルコだ」

「どうも。闇の暗殺者です」


 ツナは俺の膝に乗ったまま、顔を上げて俺の顔をじっと見る。


「……まぁいいですけど。変な関係はなさそうですし。理由があるんですよね」

「……ああ、また話すよ」


 もっと怒られたり嫌がられるかと思っていたが……案外アッサリと一緒に住む許可が降りた。


 ……ツナも幼いとは言えど女の子だし、俺とヒルコがお互いに異性として見ていないということが分かるのだろうか?


 ツナはヒルコとアメの方を見て俺の頬を触りながら「むう」と悩ましそうな声を出す。


「人も増えましたし、もっと居住スペースを拡張してしまいましょうか」

「あれ、広げるの嫌がっていたのにいいのか?」

「近くに人がいるとイチャイチャしにくいので、仕方ないです」


 ああ、そういうことか……。

 と思っているとヒルコから「ロリコン」とでも言いたげな視線が送られてくる。


「ヒルコは「こういう部屋がほしい」とか要望はあるか?」

「……しばらくしたら旅に立つつもりだから、私のことは気にしなくてもいい」

「じゃあまぁ適当でいいか」


 そう受け答えをしながらツナの手を握る。

 ヒルコの前だし、自重して我慢した方がいいと思うが……久しぶりに会えた喜びで離れることが出来ない。


「よし……じゃあ、とりあえず、部屋の掃除だな、ツナ。ちゃんと自分で掃除しろよ」

「えっ、も、もう叱られるのはなぁなぁになって終わった感じでは……?」

「いや、そんな叱ったりはしてないだろ。掃除ぐらいはしろ」

「もっと……甘やかしてください」


 ……それは膝の上に乗りながら言える言葉だろうか。これ以上ないぐらいに甘やかしていると思うんだ。


 アメは小さくちょんと手を上げておずおずと口を開く。


「えっと、ヨルさんは休んでもらって、僕がしておきましょうか?」

「いや、ツナ自身にもさせないとダメだから」

「僕とツナちゃんでしますよ?」


 いや……と、俺が言い淀むと、ツナはやれやれもばかりに呆れたような表情を浮かべる。


「ヨルは私と離れたくないから掃除するのも一緒がいいんですよ。疲れてはいるでしょうけど、それ以上に離れたくないのです」

「……なるほど」

「違うからな。……ツナは服を洗濯機の中に突っ込んできてくれ。洗い物は俺がするから。アメさんは……散らばってるものを片付けていってくれ」


 ヒルコは周りを見回してから俺の方を見る。

 俺はポケットから財布を取り出してそのままヒルコに渡す。


「これからの生活に必要そうなの買ってきてくれ。ベッドとかの大きいものとかはDPで出すから。小物類とか、趣味のものとか、日用品とか」

「……はい」

「あ、荷物持ちに着いて行った方がいいか?」

「必要ないです。……何だか、普通の家って感じですね」

「あー、まぁそうかも。でも、あっちの方にジムとか武道場とかあるぞ」


 ヒルコは興味なさそうに「ふーん」と言って扉に手をかける。


 鍛えるのに興味ないのか? 人に見つからずに忍び込んだり、気配を消して人の後ろに立てたり出来るのに。


 ……あれは努力の成果ではなく、天性の才能というものだろうか。

 まぁ、俺もちゃんとした武芸者からしたら「何もやってないのに強い」ように見えるだろう。


 ツナが机に置きっぱなしにしていたコップを見て、ため息を吐く。


「……ツナ、怒られるために汚したな」

「えっ、な、何のことですか?」

「コップ、まだ濡れてる。一日置いてたら乾いてるだろ」

「……あ、雨が降ったのかも」

「地下深くまで貫通してくる雨、世界の終わりだろ。……アメさんも巻き込んでるんだから反省しろよ」


 まぁ、イタズラというにはかわいらしいものだが……。


「子供扱いを嫌がるんだから、あんまり子供っぽいことをするなよな」

「むう……子供扱いするんですから、子供っぽいことをさせてください」


 ああ言えばこう言う……と思うが、呆れよりも先に帰ってきたと安心してしまう。


 ツナは手際良くパタパタと片付けたかと思うと、洗い物をしている俺の隣に立ってニコニコと笑う。


「……平気だったか?」

「寂しかったです。……ヨルと出会う前を思い出しました。それで、やっぱり会えてよかったって、この人が好きだと再確認出来ました」

「……そか」

「ヨルは寂しくて仕方なかったんですよね。うぷぷ。寝ぼけて電話して……えへへ」

「…………好きなもの作ってやろうと思ったけどやめとくか」

「えっ、ハヤシライス食べたいです! ハヤシライス!」

「ツナは生のにんじん一本な」

「や、やです!」


 洗い物を終えて手を拭くと、ツナは俺の手を握って「冷たくなってます」と笑う。


 細い指が俺の指の間をくすぐるように優しく握る。


「……レトルトのハヤシライスが残ってるので、今日はそれにしませんか? ヨルも疲れているでしょうし、それにこの手を離したくないのです」

「……ああ、まぁ、そうだな。一回寝るか」

「はいっ」


 アメの方に目を向けると、アメも掃除を終えたところだったのか俺達の方にとてとてと歩いてくる。


「僕も寝ていいですか? 時差ボケ……とは違うんですけど、ダンジョンの中は時間がよく分からなくなっちゃって」

「ん、ああ、いいんじゃないか」


 アメさんの前でツナと一緒に寝室に向かうのが少し申し訳ないと思っていると、アメは迷わず俺達と一緒に寝室に入る。


 ……あの、アメさん?


 ツナに連れられてベッドに入ると、アメは一緒に俺の隣に寝転ぶ。


「…………ツナ、言い訳を聞いてくれないか?」

「……あんなに寂しい寂しいと言ってたのに、慣れた感じで一緒に寝てるんですね」

「いや、別の部屋で寝るのはリスクあるだろ。一応他のダンジョンなんだから。だから同じ部屋で寝てたからその癖でアメさんも来ちゃったんだと思う」

「あ、だ、ダメでしたか?」

「……エッチなことをしないならいいです」


 俺には不満そうだがアメさんには甘い。

 ……やっぱりツナもアメさんの持つ力に対する畏怖があるのだろうか。


 ツナはベッドが狭いから以上の意味合いで俺の腕にきゅっと抱きつき、アメさんはあまり気にした様子もなくスースーと寝始める。


 ちょっとベッドから落ちそうで怖いな。狭いし、アメさんは寝相も悪いし。と思って小さな身体を軽く抱き寄せると、ツナは不満そうに俺を見つめる。


「……アメさんとは、どうでした?」

「いや、何もしてないぞ。同じ部屋で寝たりはしたけど、ツナが心配してるようなことは。……アメさんには、アメさんを振り回しているようで悪いけど、ツナが心配だったしそれどころじゃなかった」

「……嫌ですけど、よかったのに」


 ……ツナがいなくなったとき俺を支えてくれる人……という話か。


 ……初めて聞いて怒ってから日が経って少し落ち着いたが、やっぱり到底受け入れられるようなものではない。


 小さな身体をきゅっと抱きしめる。


「……俺が守るから、だから、ツナは安心していていい。自分が死んだあとのことなんて考えずに俺を叱ってくれ」

「……ワガママなひとです。浮気を許されるのも嫌だなんて」


 まるで呆れたような言い方だけど、声色はどこか嬉しそうだ。

 身体を寄せ合い抱き合っているのに、まだ足りないとばかりに手をお互いの身体に這わせる。


 抱きしめても抱きしめても寂しさはまだ埋めやらない。べたりと汗ばみながらも身体は離さない。


「……もう、夏が来るな」

「お祭り、行きたいです。でも、カップルとして見てもらえなかったら悲しいです。兄妹に思われたりしそうで」

「……そのときは俺が「恋人です」と言うよ」


 ツナは嬉しそうに頷く。


「去年ヨルが見惚れてた白いワンピースも着たいですね。ベタなのが案外好きですよね」


 ……見惚れてたのバレていたのか。いや、仕方ないだろ、白いワンピースはずるい。

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