第七話
俺だってな、俺だって……葛藤はあったんだ。
よくないよなぁ、とは思っていたが、けれどもしかし、現状が現状だ。
いつ台頭してくるかも分からない反政府組織が世界中に多くの数存在しているという状況。
記憶がなくなった影響で実の親がどうにかしてくれるとも限らないし、結構な確率で子供を保護する施設に行くことになるだろう。
そもそも、ちゃんと親がツナを預かってくれても、頭のいいツナが自分から離れた親元だ。
どちらにしても……俺のように命懸けで守ると考えてくれるとは期待出来ないし、してくれたとしても世界が荒れる中で守りきれるとも限らない。
……まぁ、こんなのは自分を騙す言い訳なのだろうけど。
実際、それが全て解決したところで何かしら理由をつけて、自分の手から離すことはないだろう。
たとえば……そうだな。「俺よりも弱いから守りきれない」なんて理由なら、どんなやつでも拒否出来るのでちょうどいいか。
こんなことを考えていると、どこまでが本音でどこまでが言い訳なのか、分からなくなるな。
親について聞くのは……少し早すぎるか。
多少遠いぐらいの話題……。
「あー、ツナは、というかみんなは将来の夢とかあったのか? 今はこんな感じだけど。どんな職業に就きたいとか」
ヒルコのテストの一教科目が終わったのでそれを受け取って、それの採点をしながら尋ねる。
……アメさんがストレッチしているのが気になって採点にも会話にも集中出来ない。
と思っていると、アメさんは少し「んー」と考えてから口を開く。
「今は特に将来どうしたいとかはないです。今の暮らしが続いたら嬉しいです。んぅ、昔なりたかったものは……えっと、えへへ、お嫁さん、です」
アメさんは恥ずかしそうにそう言う。
あざといほどにかわいすぎておかしくなりそうだ。
これから俺がロリコンになってしまうことがあったのならアメさんのせいだろう。
「あと辻斬り」
「第一希望からの第二希望の方向転換の角度が鋭利すぎて人を殺せるレベル」
将来の夢、お嫁さんと辻斬りのふたつが並行して出てくる人類アメさんだけではなかろうか。
「……ツナは?」
「お嫁さん……。あと、世界大統領」
「この世に存在しない職業が出てきた」
「いえ……私も青い頃がありまして、自分の賢さをひけらかして、人類は私こそが導くべきだなんて思っていて」
まぁ……ツナぐらい賢かったらみんなバカに見えてしまうのは仕方ないだろうしな。
それはそれとして世界大統領なんて職はない。
まあでも、お嫁さんになりたいなんて可愛いな。
幸せにしてやらないとなぁという思いが強まっていくのを感じながら、ヒルコの方に目を向ける。
「私も? ……あんまり考えたことなかったかな」
まぁそんなものかと思っていると、ヒルコは俺の方とツナの方を交互に見て口を開く。
「えっと、あえて言うなら、お嫁さんと世界大統領かな」
高橋。9歳の回答をパクるな。高橋。
「……女の子の将来の夢、
第一位:お嫁さん
第二位:世界大統領
第三位:辻斬り
なんだけど。どうなってるんだよ」
「サンプル数が少ないと偏った意見になるのは仕方ないかと。あと、ヨルと親しい人という属性に偏りが見られます」
「アンケートの集計方法にダメ出ししないで。そもそも世界大統領ってなんなんだよ……」
いや、まぁ統一国家を作ってそこのリーダーという意味なのだろうけども。
……まぁ、でも、特に考えていなかったが、少し考察の余地がある答えだ。
ツナは俺と出会ったときは「信用出来る人なんていない」みたいな感じだった。
その状態になる前に「世界は私が導くべき」と調子に乗っていた時期があったということは……ツナの中で何かしらのキッカケがあったのだろう。
それに……朝霧先輩も非常に高い知能の持ち主だった。
ツナと朝霧先輩がそれなりに知った仲なら、流石に当時のツナでは地頭はともかく知識量では勝てるはずがなく、そこまでツナが調子に乗ることはなかっただろう。
少なくとももっと幼い時期には、ツナは朝霧簪を知らなかったのだろう。
やはり、血縁はなさそうである。
……いっそDNA鑑定でもしてみたらハッキリするかもな。
朝霧先輩は俺に異常な執着を持つレベルで好意を抱いているので理由を話さずとも協力してもらえそうだし、ツナも「ツナのDNAを知りたい」とかなんとかキモいことを言えば採取出来るだろう。
いや……まぁ、朝霧先輩とは本当に無関係っぽいか。
……けど、ツナ自身が「もしかしたら母かも」と思ったということは、朝霧先輩ではないツナの母もダンジョン側の人間の可能性が高いか。
朝霧先輩は旅をして色んな人に会いに行っていた。
その過程で俺と結婚する妄想を誰かに語って……その誰かがツナにその名前を名乗らせたとか……?
いや、意味不明だな。やる意味がなさすぎる。
現状、そこの部分の考察は不可能……まぁ、聞けることだけは聞いておこうかと考えていると、脚を180度に開脚しながら前屈をしていたアメさんが俺の視線に気がついて身体を元の姿勢に戻す。
「ヨルさんは、子供の頃、何になりたかったとかあるんですか?」
「あ、俺もか。……そりゃそうか。あー、なんだろな。特には……なりたくないものならあったけど」
「なりたくないもの?」
こてん。アメさんは首を傾げてオレを見つめる。
「プロスポーツ選手。それだけはやりたくなかった」
急いで姿勢を直したせいでスカートが少し捲れているが、アメさんはそれに気づかないまま不思議そうな顔をする。
「向いてそうに思いますけど……」
「向いてるから嫌というのもあるだろ」
運動競技はあまりやりたくない。
ひとりで健康や娯楽のためならいいが、本気で相手を打ち負かすようなのは性に合っていない。
それに運動能力の高さで目立つのも嫌いだ。
……結局、まぁ……現状は真剣にやっている人間を打ち倒して目立っているので、完全に一番やりたくなかったことをピンポイントでやることになっているのだが。
俺の考えていることを察したのか、アメさんは慰めるように笑いかける。
「大丈夫ですよ」
何がだろうか。
……まぁ表情で俺がなんとなく憂いていたことが分かったから、特に理屈もなく慰めてくれたのだろう。
何の意味もないけれど、なんとなく救われた気がする。
「まあ、将来の夢が叶わないのは普通そんなもんか」
「私は叶いましたけどね」
ツナは……まぁ、うん。
「ぼくも叶いました」
アメさん……それ、お嫁さんの方じゃなくてどっちかというと辻斬りの方の夢だよな?
……まぁ、実際、俺が住んでる場所に日に一回から二回ほど押し入ってきて斬ろうとしてきているので辻斬りみたいなものではあるか。
細く華奢な体を信じられない角度までぐにゃりと曲げて柔軟しているアメさんを見る。
……確かに、辻斬りだ、この子。
よく考えたら、俺が知り合いの人間であることをバッチリ認識しながら毎日斬りにきてたんだから完全に辻斬りである。
辻斬りだ……。
「あ、もうちょっと曲げたいので押してもらっていいですか?」
「人体ってこれ以上曲がるの……?」
と思いながらアメさんに言われたままアメさんの体を触るとふたつの意味で柔らかく、押せば押すほど沈み込むようだ。
柔らかいな……それにあったかい。手のひらに薄い服越しにアメさんの体を感じる。
…………なんかエッチだな。
なんかエッチなので、別にアメさんが辻斬りでもいい気がしてきた。
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