第七話

 アメさんの肢体は想像以上に柔らかく、押せば押すほど「くにゃり」と曲がる。


 なんかこの感覚に既視感があるな。ツナ……はむしろ運動不足で体は固い。

 ツナとアメさんの他には女の子の体をベタベタ触る機会なんてなかったから、気のせいだろうか……と、考えてから思い出す。


 これ、猫を触ったときの感覚に似ている。


 なんというか「えっ、ここまで曲がるの? 伸びるの? 大丈夫なの?」となるアレである。


 ……アメさんの脇の下に手を入れて、スッと持ち上げる。


「ひゃ、ひゃあっ!?」


 思ったよりも伸びる……。いや、猫ほどは流石に伸びないが、わりと伸びている。


「ど、どうしたんですか!?」

「いや……伸びるかなって」

「な、何がですか……?」

「ほら、猫みたいに」

「伸びませんよ。もう」


 いや、わりと伸びてたけど……。アメさんは体を起こして俺の方を見る。


「ヨルさんもしますか?」

「えっ、いや、伸びないぞ、俺は」

「いえ、ストレッチです」

「ああ……いや、ヒルコのテストの採点するから今はいいや。夜にでも頼む」


 いつも一緒に寝ているから寝る前にしたらいいかと考えてそう言うと、アメさんはほんの少し申し訳なさそうに頬を掻く。


「あ、その、今日は女の子でパジャマパーティー的なことをしようという話をしていて」

「…………えっ」


 いや……えっ……今日アメさん、いないのか。


 普通に考えて男の俺と一緒に寝ているのよりかは同年代のヒルコときゃぴきゃぴしている方が健全だろうか。


 ヒルコも楽しいことが増えた方がいいだろうし、ここで大人気なく「やだー! アメさんと一緒に寝たいー!」と騒ぐものではないだろう。


 ……それに、アメさんがいないのはなんだかんだ寂しいが、逆に考えれば久しぶりに長時間ツナと二人きりだ。


 アメさんがいたら遠慮して出来ないようなことを……。


 いやエロい意味ではなく、こう……まあ、イチャつくのもやはり二人きりじゃないと出来ないしな。


 それにキスとかも……いや、まぁ、それは隙を見てしているが。


 ……まぁ、アメさんがいないのは残念だけど、久しぶりに二人きりというのも少し楽しみだ。


 と、考えているとツナがペコリと頭を下げる。


「というわけで、すみません。今晩だけですけど」

「…………えっ、ツナも?」


 あまりのことに素で尋ねると、ツナは不思議そうに首を傾げる。


「あ、はい。……ヨル、私にいろんな人と仲良くしてほしいってよく言ってますよね」


 ……ああ、俺の意向を汲んでのことか。

 確かに、ツナには狭い世界で終わってほしくないと思っている。


 それに、一緒の家に住んでいるのだからアメさんやヒルコとも仲良くしてほしい。女の子のことは俺にはよくわからないので、たぶん助けにもなるだろう。


 アメさんは少し変わっているが、ヒルコの方はかなり普通の女の子をしているので、色々と助けにはなるだろう。


 ……うん。

 いや、まぁ俺から言い出したことなんだけど、急に「今日は別のところで寝ます」と言われたら少し寂しいというか……。


「……そうか。今日か」

「あ、ヨルが一緒に寝たいならいいですよ。別に絶対しないといけないことでもないので」


 ならいつも通りで、と、本音では言いたいが……それは、かっこ悪くないだろうか。


 普段は「もっと俺以外の人とも話をしろ」とか言っているのに、実際にツナが仲良くしようとしたら嫌がるのは。


 これがまだ異性とかなら嫌がるのも分かるが……あくまでも同性で同棲している相手、俺が拒否するような理由はなさすぎる。


「……ヨル?」

「ああ、いや……まぁいいんじゃないか」

「えっと、寂しいなら、中止とか、ヨルも一緒でも……趣旨はズレますけど」


 一緒でもいいのか。

 非常に、非常に迷う……。素直に「寂しいのでツナやアメさんと一緒にいたい」と言うのは……年上の男として非常に恥ずかしい。


 たった一夜一緒にいないだけで駄々をこねるような器の男とは思われたくない。


「……いや、俺がいたら話しにくいこともあるだろうし、親睦を深めるには良い機会なんじゃないか? なんだかんだ、全員、俺を経由した友達の友達みたいなところがあるしな」


 そう言いながら何も気にしていない風を装ってヒルコのテストの採点に戻る。


 小学生と中学一年生ぐらいまでは問題ないが、中学二年生以降はかなり危ういという印象だ。


 特に得意な教科も苦手な教科もないが、成績は全体的に悪い……まぁ、学校をサボりまくっていたらこんなものか。


 それに、成績以上に、分からないところは飛ばしながらとは言えど、結構な量のテストを投げ出さずにやったことは非常に評価出来る。


 テストをまとめてヒルコの方を向く。


「しばらく勉学から離れていた割りによく出来てるな。この分なら、世界旅行をするための英語と、ヒルコのダンジョンマスターの研究の後を継ぐための理数系の科目に集中したらすぐだろうな」

「英語と理科と数学?」

「ああ。まぁ、集中と言っても他の教科も軽くは触れておいた方がいいと思うけどな。今日はテストで疲れただろうし、少し休んだ方がいいかもな」

「うん。じゃあ……洗濯物、畳んでくるね」


 休んだらと言ったんだけど……まぁいいか。

 俺も掃除でもするかと考えてから、思い出したようにスマホを弄ってクレープの材料と焼くための機械を注文しておく。


 それから掃除などの家事をしている間に時間はすぎていってしまい。


 件の夜がきてしまった。


 お風呂に入り終えた彼女たちは楽しそうに、ほんの少し寂しいそうに一番大きなベッドがあるいつもの部屋に行き、俺はひとりリビングに取り残された。


 風邪のときのようにヒルコの部屋のベッドを使ってもいいと言われたが、なんとなく気まずさがあるのでリビングのソファに寝転がる。


 少女たちのはしゃいでいる声が聞こえる。……案外仲良いんだな。

 何を話しているのかまでは分からないが、楽しそうだ。


 …………よし、切り替えよう。

 俺も一人でしか出来ないようなことをすればいい。


 ……いや、変なことしたら匂いでヒルコにバレるか。……もしかしたらバレないかも。いや、バレるか。

 ヒルコ、犬みたいな嗅覚してるもんな。


 ……いや、しかし、ヒルコに露見することを恐れていたらいつまでも無限に何もすることが出来なくなってしまう。


 いや、しかし……流石になぁ。と、考えているとリビングに置いてある警報がビビビと音を鳴らす。


 久しぶりに中ボスの間に近づいてきた奴がいるらしい。


 ……正直なところ、放置していても奥まで辿り着くにはそこから二週間程度はかかるだろうし、大抵の場合なら食糧不足や普通にモンスターに負けたりで勝手に倒れるから俺が今行く意味もないんだよな。


 ……まぁ、でも、暇だから行くか。

 久しぶりに中ボスの格好に着替えて刀を腰に差す。


 八つ当たりみたいな感じで蹴散らしてしまおう。

 ……そう考えながら向かい、特に何の苦労もなく倒した後にリビングに戻ってくると……何故か、俺が先ほどまで寝ていたソファの上にアメさんの服が置いてあった。


 さっきまでなかったよなと思いながら隅に寄せると、机の上にヒルコとツナの服が置いてあることに気がつく。


 …………これは、絶対にさっきまでなかった。……これはいったい。


 先程まで聞こえていた話し声が不自然なほどに聞こえない。

 もしかして、この服に俺がどういう反応をするかを確かめているのか?


 ……我慢出来ずに匂いを嗅ぎにいったりするのとかを観察しているのだろうか。


 目線だけを動かして部屋の中を探る。……ある。小型カメラがある。


 …………されている。行動を、観察されてる。


 ゆっくりと息を吐く。……あっぶねぇ!? 我慢してなかったらめちゃくちゃ大変なことになってたかもしれない!


 ……とりあえず、三人にガチの説教をしにいくか。

 間一髪……ギリギリのところで大問題にならずに済んだが、流石にプライバシーのこともあるので大人として怒っておかないとな。


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