第八話
カメラを手に持って寝室に向かうと、寝室の方からバタバタと人が慌てて動く音が聞こえる。
扉を開けると、パソコンを慌てて操作しようとしているツナと、部屋の天井に張り付いているアメさんの姿がある。……ヒルコは完全に姿を隠しているようだ。
俺の手に握られたカメラに映されたツナの怯えた表情が、机の上のパソコンにもあった。
「ツナ、アマネ、ヒルコ。ちょっとそこに座れ。ベッドの上でいいから」
「……お、怒りませんか?」
「もう怒ってる」
「ひいぃ……」
と言いながらツナはベッドの上にポスリと座り、天井に張り付いていたアメさんもツナの後ろに隠れるように座る。
……子供の後ろに隠れるなよ。隠れ切れてないし。
と思っているとその後ろにヒルコが出現する。……背の順?
「まぁ、俺がなんで怒っているかは言わなくても分かっているだろうから、本題に入るが……なんでこんなことをした?」
「……よ、ヨルがいないのが寂しくて……つい」
「カメラを設置するより俺のあるリビングのところにきた方が早いだろ」
「……その、普段、ヨルは何してるのかなって」
……ジッと、ツナを見る。
ツナは頭がいいがそれだけだ。演技力は大したことがないし、別に理性的というわけではない。
特に叱られると思うと恐怖の方が先に来るのか、何かを早く言おうとして内容を吟味することなく言い訳をするせいで穴だらけの理屈を漏らす。
「普段、ツナと一緒にいるんだから知ってるだろ」
「…………その、本当は……えっと、遺伝子的に相性がいい人の匂いはいい匂いに感じるって聞きまして。試してみたいな、と」
「……同じ洗剤と柔軟剤を使ってるんだから、服は同じ匂いするだろ。そんなに体臭あるわけでもないし。というか、それなら隠しカメラで撮るのよりも直接俺に頼めばいいだけだ」
隠れて撮っても、俺が匂いを嗅ぐとは限らない……というか嗅がないし、もし嗅いだとしてもそれに対する感想を聞かないと意味がないのでこれも嘘……いや、全くの嘘ではなくとも本題ではないだろう。
事前にカメラを買っていたり、計画的な犯行な割には、服を置くタイミングがあったのはたまたま俺が席を外したからなので「せっかくならついでにやろう」ぐらいの思いつきで追加したものだろう。
「……本当は?」
「あぅ……あうぅ……」
ツナは目を泳がせて、それから赤面しながら振り絞るように言う。
「え、えっちな……えっちなことが、目的でした」
幼いかんばせが羞恥に歪み、ベッドのシーツをクシッと小さな手で握り込む。
「その……ヨルの、ち……を見たくて、しま、した」
ゆだったようにツナは言い、俺が何と返せばいいのか分からずにいると、ツナは沈黙がイヤなのか何も話していない沈黙を潰すように続ける。
「よ、ヨルもえっちなのいっぱい買って見てるじゃないですかっ。わ、私もすこし、興味ぐらいありますっ」
「……いや、まだ年齢的に……というか、それに怒っているのではなく、許可なく他者を撮影することがな。ツナもされたら嫌だろ?」
「よ、ヨルが見たいなら……」
……そういや、ツナはそういうやつだったな。言い方を間違えた気がする。
俺が一瞬たじろぐと、ツナは顔を真っ赤にしながら攻勢に出る。
「そ、そもそもっ! 恋人になっても結婚しても、ぜんぜん手を出してくれないヨルにも問題があると思いますっ! 私だって興味あるんですっ!」
「まだ早いだろ。……というか、そういうのどこで知ったんだよ」
「ヨルが買ってる本を検閲したときです」
検閲であるという自覚あったんだ。
「ともかく、ともかくですっ! 私はもっとヨルとペタペタしたいのです! お風呂も嫌がりますし!」
「風呂なんて一緒に入ったら、まずいところがまずいことになってまずいことになるだろ!」
「まずいところが私を見てまずいことになってまずいことになってるのが見たいんです!」
「それはまずいだろ……!」
俺だって……俺だって、理性なんて捨てて「うっひょひょーい!」ってやりたいんだよ……。
うひょりたいところを必死に我慢してるんだ……!
「というか、それとこれはまた別の話で、普通に悪いことしたのは反省しろよ」
「くっ……勢いで誤魔化す作戦が……」
……まぁでも、我慢をさせているのは事実かもしれない。
全部言われるがままにとはいかないが、問題ない範囲なら……。
「まぁ……裸はダメだけど、水着を着てとかなら……いいか」
「水着でお風呂ってことですか?」
「ああ。もちろん、あまり露出が激しくないものをな」
ツナは考え込んでから、ぽつりと呟くように言う。
「それは………余計に、えっちではないでしょうか」
「なんでだよ」
「いえ……その、前提として、私とヨルの年齢差だと、普通にお風呂に入っても健全と言い張れば健全じゃないですか」
まぁ……ツナぐらいの子供ならお風呂に一緒に入っていてもおかしくないとは思うけど。
「普通に入っても健全だけど、お互いに意識をしたら不健全になる……そういう状況なわけじゃないですか」
「まぁ……そうかもな」
実際、俺がツナに惚れていなければ特に気にすることもなく、毎日一緒にお風呂に入っていたとしてもおかしくはない。
アメさんやヒルコだと流石に「子供だからセーフ」みたいなことはないが、ツナなら俺が意識しないなら問題ない年齢だ。
「そこで……水着をあえて着用するのは「異性として意識している」ということで、なのにわざわざ一緒にお風呂に入るというのは、もはや体を清潔にしたり温まったりするのが目的ではなくえっちなことが目的に他ならないじゃないですか」
「ま、まぁ……確かに……?」
「しかも、どこまでの水着ならセーフかをお互いの同意の元で決めるというのは言い方を変えたら、えっちさのギリギリをふたりで確かめるということです」
「…………確かにそうだな」
「ヨルが健全なのがいいと思っているなら、水着でお風呂は良くないと思うのです」
ツナの言葉に頷く。確かにその通りだ。
不健全な行為にならないギリギリを探るみたいなこと自体が健全とは言い難い。
俺の説得に成功したと思ったのか、ツナが「パァッ」と花が咲いたような笑みを浮かべる。
「じゃあ、水着でお風呂なんて不健全なことはせず、健全に、子供をお世話する大人として普通にお風呂に入りましょう。親子や兄妹で入るようなものと思って。それが健全というものです」
「確かに許されるギリギリのところを探るために水着でお風呂なんてよくないし、いつも通りバラバラに入るか」
「……えっ、ええっ!? な、なんでそうなるんです!」
「いや……そもそも一緒に入る必要がないし……」
「ぅ…………」
ツナは少し考えてから、ゆっくりと口を開く。
「よし、さっきまでのやりとりはなかったことにして、健全に水着で入りましょう。それならプールみたいなものです!」
「…………まぁ、俺から言い出したことだからそれでいいんだけどさ。ツナさぁ」
時々……もしかしたらツナって俺よりもそういう欲求が強いのではないかと思うことがある。
……勘違いや、気のせいかもしれないが。
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