第九話

 ツナの次にヒルコの方を見る。

 少しため息を吐いて、頭を掻く。


「ヒルコも、ツナ達が悪ノリしてるところは止めろよ?」


 俺がそう言うとツナがパタパタと手を動かす。


「ヒルコさんに甘くないですか!? 私はあんなにも怒られたのに」

「ツナにもそんなに怒ってないだろ……。いや、ヒルコは多分そんなにノリノリじゃないだろうし」

「見てました! クールぶってますけどムッツリですからね! ヨルと同じタイプです」

「俺と同じならムッツリではないだろ」

「えっ…………。あっ、ガッツリ?」

「何か誤解を受けてる気がする。……ともかく」


 普通に考えれば分かることだった。


「ヒルコが気配を消して姿を隠せば俺でも見つけられないんだから、覗きに興味があるなら自分よりも見つかりやすいし、見つかったときに言い訳も効かないカメラなんて使わないだろ」

「む……で、でも、ヒルコさん、ノリノリでしたよ。「うっひょー」とでも言わんばかりでした!」

「言ってないよ」


 ヒルコがわざわざそんなことをする意味はないと思うが、ツナの様子を見ると嘘は言っていなさそうだ。


 ヒルコの方を見ると、観念したように口を開く。


「……ヨルを面白エンタメとして消費しようとした」

「……!?」


 あ、悪質だ。純粋な性的好奇心のツナよりもむしろ厄介さは上だろう。


「人の本性は部屋で一人になったときにこそ現れるのです。私は、その本性を暴きたかった」

「なんかめちゃくちゃしょぼいデスゲームの主催者みたいなことを言ってる」

「部屋で一人になり、欲望を解放していいそのとき、何をするのか」


 部屋の掃除とかだろ。


「無意味に踊ったり歌ったり……そういうことをしている姿を見たかった」

「しないが……。というか、ヒルコ……部屋で一人の時、踊ってるのか?」

「……」


 ヒルコが固まる。

 ……部屋で一人のとき踊ってるんだ。


「……とにかく、人の本性を暴こうとするな。いや、マジで。マジでやめろ。ツナがしようとしてたら止めて。本当」

「必死すぎる。何をしようとしてたの」


 言えるわけないだろ……! 男が部屋で一人のときにする行為なんて……!


 落ち着ける場所ではないとか、ヒルコの超感覚で探知されるのが怖いからとかの理由で今回は踏みとどまれたが、場合によっては大変なことになっていたぞ。


「……まぁ、ヒルコは後でその踊りを見せてもらうということでチャラということにして、アメさん」

「は、はい」

「……正直、アメさんのことは一番信用していたんだ。……言い訳とか、理由とか、あるなら聞かせてほしい」


 アメさんは顔をあげて、深く頷く。


「性欲……ですかね」


 性欲……かぁ。

 まぁ、アメさん、俺を押し倒してキスしたことがあったし、押し掛け女房みたいなところもあるし、割とそういうところあるよな。


「……他には、他には……何かないのか?」

「……潔く、腹を切ります」


 ないのか……。言い訳すらなく、性欲オンリーなのか……。


 なんでこんなに幼くて可愛らしい感じで、昔から家事の手伝いや道場の手伝いをするいい子がこんなことになってしまったんだろうか。


「いや、切腹はしなくていいから……」

「でも、他にどう罪を償えば……」

「罪の償い方、切腹しか知らないの?」


 武士みたいなことを言ってるけど、夕長家の成り立ちは別に武士ではないし、父親は海外出身である。


「あー、まぁ、もうしないようにな」

「アメさんに対して甘くないですか!?」

「いや……アメさん、俺たちと若干常識が違うからなんて言っていいか分からないんだよ……。というか、別にツナにも厳しくない」

「……やっぱり、切ります? お腹」

「そんなカジュアルに切らないで」


 ……もしかして、ツナやアメさんもそういう仲の異性と暮らしていることに俺と同じように思うようなこともあるのだろうか。


 なんとなく、印象として男に比べるとそういうことへの関心がないように思うが……まぁ、個人差があるか。


 …………悪ノリという向きが強いのは確かだろうけど、もう少し生活の方法とか考えた方がいいかもしれないな。


「……今回は不問にするけど、各々反省するように」

「はい。……あ、せっかくなのでヨルもパジャマパーティーに参加しませんか?」

「ツナ……。怒られたばかりでよく提案出来るな。……パジャマパーティーって何するんだ?」

「……えっと、パジャマを着てお菓子を食べながらおしゃべり?」


 割といつもしてるな。


「……ツナが頑張って俺以外と仲良くしようとしてるんだから、今日は邪魔をしないでおくよ」


 寂しいので参加したいけども、今日ぐらいは我慢しよう。


 そう言ってから部屋から出ようとしたとき、ツナがキュッと俺の服の裾を握る。


「どうかしたか?」

「……いえ、なんでもないです」


 ツナは俺の服から手を離して、ニコリと笑う。


「……あー、俺、少し寂しいから……寝る前に顔が見たいかもしれない」


 ツナは少し驚いた表情をしてから、俺にペタリとくっつく。


「えへへ、なら仕方ないので、おやすみの挨拶ぐらいしてあげます」

「ああ。じゃあ、また」


 リビングに戻り、ソファに寝転がる。


 ……明日にはクレープの機械が届くから、アメさんが喜ぶだろうな。

 ツナも甘いものが好きだし……あと、ツナマヨを挟んだりしてもいいだろう。


 ヒルコもいい奴だからみんなが楽しそうにしていたら楽しめるだろうし。


 と、考えながら息を吐く。やっぱり少し寂しいな。


 スマホをいじったりしながら過ごしていると、寝室の方の音が小さくなって、少ししてからツナがやってくる。


「えへへ、そろそろ寝ちゃいます。……眠くなってしまって。みんなすごいですよね。夜遅くまで起きれて」

「まぁ、ツナの年齢だとな。……すぐ寝るか?」

「……少しだけ、ヨルを甘やかしてあげます」


 眠たそうなとろりとした表情でソファの上に乗って、ぺたぺたと俺の体を触る。


「……ヨル。お願いがあるんです。……急いではいないんですけど」

「改まってどうしたんだ? まぁ、いいけど」


 内容も聞かずに了承すると、ツナは緊張した様子で口を開く。


「……私の、からだを見てほしいんです」


 思わず咳き込む。息を整えながら尋ねると、ツナは首を横に振る。


「その、ダメならダメでいいですけど」

「い、いや……まぁ、それは……。ツナ、よく肌を見られたがるよな。あんまりそういうのよくないと思う」

「いえ、まあ、その、これには理由がありまして。……私のからだ、変じゃないかって」

「……というと?」


 下着姿は何度か見たことがあるが、綺麗なものだった。変どころか最高だと思うが……。

 そう考えていると、ツナが意を決して口を開く。


「……私は、本当にちゃんとした人間なのでしょうか。不安になって。……人には外れ値があるもので、私はそうなのかもしれない。けど、少し」


 まぁツナは少し年齢の割に賢すぎる。天才という言葉では表現出来ないほどに知能が高く。


 ……ああ、確かに、自分がおかしいのかと思うだろう。

 ツナぐらいの年齢なら尚更だ。

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