第九話
目が合って、少し笑って、クレープを齧る。
小さな手のひらで口元を隠して笑う姿がいじらしくてつられて笑う。
話してもいないのに笑いあっているのは他の人から見たら変な光景かもしれない。
そんなことへの照れ隠しの意味も含めて、ゆっくりと口を開く。
「あー、そろそろ、帰るか」
「あ……はい。えっと、その、お、送りましょうか?」
「俺が送られる側なのか……」
「僕、とても強いので」
「俺もそこそこ強いから気にしなくていい。というか、俺が送る側だろ。あー、でも、そういうのは嫌か。なんか遠慮しいだしな」
それに知り合ったばかりの男に家まで着いてこられるのは嫌だろうと思っていると、アメは首を横に振った。
「い、いえ……その、もう少し、歩きながらお話しませんか?」
「……いいのか?」
こくりと頷いたアメと二人で歩いて帰る。
「近いのか?」
「はい。練武の闘技場近くにアパートを借りてるんです」
「……あー、そうか」
このまま人気出たら変なファンがつきかねないし……後々、なんかオートロックマンションとか用意した方がいいだろうか。
「僕、中学校以来です。人とこうして歩いたの。友達も、卒業以降、なんだか話したりしにくくて」
「あー、まぁ俺もツナ以外とはほとんど話さないからなんか新鮮だな」
中ボスやってるときは無言だしな。と、考えていると、アメは少し迷ったように、思い切ったように口を開く。
「あの、だ、だから……えっと、ゆ、結城さんのこと、お名前で呼ばせていただいても、よ、よろしいでひょっ……でしょうか」
噛んだ、と、思わず笑ってしまうとアメは「もうっ」と拗ねたような表情を浮かべる。
「もちろん。俺はずっとアメさんって呼ばせてもらってるしな」
「で、では、その……よ、ヨルさん……。え、えへへ、よろしくお願いします」
機嫌が良さそうなアメは「あっ」と口を開いてパッと後ろを向く。
「め、めちゃくちゃ通り過ぎてました」
「そうか、俺としては少し長い時間一緒にいれて得したな」
「もう、またそういうことを言う。……えへへ、また明日」
「ああ、また明日」
そう言って小さなアパートの前で別れてから違和感に気がつく。
……また明日。まるで会う約束があったり、毎日会ってるかのような言葉だ。
俺の正体に気が付かれている? いや、だとしたらクレープを一緒に食うとかないよな。
ぽりぽりと頭を掻いていると、いくつかの気配を感じて立ち止まる。
「……あー、用があるなら手早く頼む。今、結構楽しい気分でさ、ヘラヘラ余韻にでも浸りたいんだ」
返事はない。ため息を一つ吐き出して、振り返って一点を見る。
すると何もなかった場所からスッと男が現れる。
「やれ」
俺は背後から透明化のスキルを使って斬りかかってきた人物の腕を掴んで一本背負いでぶん投げ、叩きつけられた勢いで手から離れた剣を空中で掴み止めて、そのまま額を狙った狙撃を剣で弾く。
「んで、不思議そうな顔をしてるけど疑問なのはどっちだ? お前がリーダーと分かった理由か、それとも透明化のスキルを見破った方法か」
「ッ……」
「一応言っておくけど、尋問とかしないからな? どうせ捨て石で大した情報も持っていないだろ」
「ッ!」
襲い掛かろうとしてくる男の身体を真っ二つに両断すると男の肉体は煙のように消える。
「やっぱりモンスターか」
完全な人型のモンスターなんて高いものをこうもたくさん使い捨て出来るのは…と考えながら透明化している敵を斬っていき、遠方にいるスナイパー一人を残して全員を斬り刻む。
「……スナイパーは、無理だな。流石に遠い」
ポイっと剣を捨てて、一応隠し通路が見つからないように他の探索者と同じような正面から中に入ってツナの待つ居住スペースに戻る。
俺が扉を開けた瞬間、子供っぽい下着姿のツナが「きゃー!」と言って肌を隠すようにしゃがみ込む。
ツナの小さな身体を包んでいるピンクと白の可愛らしい柄の綿製のものだ。
扉を閉じて、ツナの方を見てゆっくりと口を開く。
「……その冗談をするために脱いで待機してたのか?」
「……もう少しドキドキしてくれてもいいと思うんです」
「……いや、ここで俺が「うっひょひょーい!」みたいな反応するのは嫌じゃないか?」
「それを期待してました」
「それを期待してたのか!? う、うっひょひょーい!」
「うっわ……」
お前が期待してると言ったんだろ……。
あまり見ないようにしながら上着を脱いでソファに座ると、ツナは下着姿のまま俺の隣に座ってぺたりとひっつく。
ツナとはかなり歳も離れているが、ツナは女の子でしかも可愛い。
半袖の腕に下着一枚しか隔てていない胸が当たり、ふにふにとした胸が押し付けられる。
小さい。小さいけれども、確かに感じる女性らしい膨らみ。
注意……というか制止しようと考えるが、わざわざ止めるというのは気にしている証拠だ。
「……あー、今日、何食べたい?」
「なんでもいいですよ」
「カレーでいいか。好きだろ」
なんでもない会話をするが、俺がツナの肌や柔らかさに意識が向いていることには気がついているのだろう。
ツナは満足そうな笑みを浮かべて俺の方を見る。
「ヨルのえっち」
「……下着で待ち構えてたやつが言うなよ……」
「嬉しいくせに」
「いや、性欲を覚えるのと嬉しいは別の感情だと思うんだよ。ツナはまだ子供だし……社会通念的に、あまり良くないだろ」
「私達は、ダンジョン側の人間です」
ぴとりと俺の手に手を這わせて、手首を握って自分の腹部にと導く。
俺のものとは全く別物の、柔らかくてスベスベとした肌質。
幼く不慣れで不器用で、けれども性を感じさせるツナの蠱惑的な表情に思わず、ツナの腹部に触れていた指先が動く。
ツナはくすぐったそうな声を上げて、その声にふと我に返って自分の頭を抑える。
「何触ってるんだ俺は……」
「……いやじゃないですよ?」
「そういう問題じゃ……。俺が我慢出来ずに触ったという事実が、俺の中で大きいんだよ」
「……もう一度言います。私達はダンジョン側の人間です」
…………分かってるよ。そんなことは。
ツナの言いたいことが分かり、ツナの細い腰に手をやって抱き寄せる。
いつもよりも軽く感じるのは服の重さだろうか、それとも、ツナが不安がって、いつもよりも自分からひっついてきているからか。
「……大丈夫。分かってる。俺とツナは同じダンジョンの仲間だ。これからも、ツナとずっと一緒にいるから」
正確には、一緒にいるしかない。
歳も離れていて何の接点もなかった俺たちが共に住んでいるのはそうするしかないからだ。
迷宮から目を離すことは危険で、多くのダンジョンマスターがそうだったように俺とツナも引きこもっている。
今はまだマシになったけれど、ダンジョンの黎明期は狭い居住スペースで、見知らぬ仲でずっと一緒にいたのだ。
「離婚出来る夫婦より、ずっと繋がった仲だろ。離れることはない」
「……本当ですか? アメさんに夢中になってませんか?」
「なってない。多少心配ぐらいするけどな、そりゃ」
ツナは下着姿のまま俺の膝の上に座り、ねだるように「んっ」と唇を尖らせる。
「い、いや、その……それは、不味いというか」
「嫌なんですか?」
「嫌ではないけど、その……歯止めというか、色々と、問題が」
「……いいですよ」
ツナは目を逸らしながら、顔を赤らめてそう言う。
言葉の意味が分からずに言ってるということは、ツナに限ってはないだろう。
あどけなくも可愛くて綺麗な整った顔が恥じらった表情で俺を見つめる。
下着でしか隠されていない白い肌の触り心地は既に知っていて、撫でると鳴るように出される声の心地よさも知っている。
「……」
近くに置いていた上着をツナに被せる。
「わ、わっぷ……も、もう! ヨルのヘタレ、ロリコン」
「……あまり言うな。傷つくから」
上着で肌の隠れたツナの頬に口付けをする。柔らかいすべすべとした感触に揺さぶられながらも離れると、ツナは顔を真っ赤に染めて頰を抑える。
「……あ、え、えっと。……そ、その、浮気じゃないなら、許してあげます」
「ああ、助かる」
ツナはもじもじとしながら、赤さが抜けない顔で俺を見つめる。
「……ヨル、そうやって紳士ぶるのが余計にロリコンっぽいです」
「やめろ……。はあ、一生、一心同体なんだから急がなくてもいいだろ」
「ヨルが浮気しようとしたからです」
浮気じゃないとか、そもそも別にツナと付き合っているわけじゃないとか言おうとしたとき、机の上に結婚情報誌が置かれていることに気がつく。
「……あの、ツナさん、これは?」
「あ、今回のことで理由があったらダンジョンを封鎖しても探索者が入って来ないって分かったので、式を挙げることも出来るなって」
「ツナさん?」
「年齢が年齢なので人は呼べませんが、元々友達もいませんし」
「結婚は出来ないよ、ツナさん」
「死亡扱いですし年齢としても無理ですけど、式は挙げれます。嫌ですか?」
「いやじゃないけど……いやではないけども……」
「なら決まりですね。まぁ、綺麗な服を着て、写真を撮って、牧師さんに祝福してもらうだけですから」
……ウェディングドレスを着たツナを見た牧師さんに通報されかねない。
俺がそう思うも、ツナは俺の上着を着て結婚情報誌を手に取る。
「えへへ、こういうの着てみたかったんです」
「……そっすね」
どうしよう、このままだとロリとしか言えない女の子と結婚式を挙げることになる。
嫌ではないけど、嫌ではないけども……そろそろ引き返せないところに、来るところまで来てしまった気がする。
そんなことを思いながら、ツナの持っている結婚情報誌を一緒に見る。
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