第十話

「ヨルは何か望みとかありますか?」

「……式の日程は10年後……せめて5年後とかにしないか? ほら、今も可愛いけどもう少し背が高くなった方が似合うだろ。俺はそんなツナの花嫁姿が見たいな」

「そうですか? えへへ、じゃあ5年後と10年後にもしましょうか」

「コイツ……無敵か?」


 まぁ……別に人を呼ぶってわけでもないので、手の込んだごっこ遊びと思えば……そんなに悪いものではないか。


 DPで出せる迷宮の物を売れば現金はいくらでも用意出来るし、それで満足するなら悪くない話だ。


 他のダンジョンもマスターと副官の関係は難しいようだし、恋愛的な仲だとしても好意があるのは悪くないだろう。


 ドレスではしゃいでいるツナを見ながら、帰りに襲われたモンスターのことを思い出す。


 強さはそれほどでもなかったが、完全に人に化けられる上に、姿を消すスキルが使えて、人の言葉を解し、知能も低くなさそうだ。


 こういう潜入とか工作に使えるタイプはかなり高いし……ダンジョンのテーマにも左右されるが竜種並みのDPがかかるだろう。


 おおよそアメを倒した時に得られるDPと同じ程度……10体はいたので10アメぐらい使っているはずだ。

 加えて、外にモンスターを出すためにはソラとの話にも出た地上を侵略する権利か、もしくはモンスターに個別に与えられる地上に出れるようになる権利か。


 合計15アメはありそうだ。


 それを捨て石に出来るとなると……それこそ前に話に上がった【極夜の草原】レベルの大迷宮でもなければ難しいだろう。


 ……厄介なことになったかもしれないな。

 と思う間もなくリビングに置いていた機械が鳴る。


「あ、中ボスの間に人が近づいてきてますね。ペース的に……40分ほどかかりそうです」

「どこか分かるか?」

「ん、んー、監視カメラ置いてる場所、まばらなので……今日は動画編集していてダンジョンの方に目を向けてなかったので」


 まぁいいかと別の部屋で服を着替える。


 リビングにツナは結婚情報誌を閉じてキッチンの方に向かっていた。


「どうしたんだ?」

「ん、ヨルさんが働いている間にお料理を作ろうと。ほら、新妻の手料理で出迎えるのって、ヨルさんも燃えるでしょう?」

「…………包丁とか火には気をつけろよ?」

「もー、分かってますよー。えへへ、美味しいの作って待ってますね」

「ああ、楽しみにしてる」

「料理は科学。そして私はとても賢いので科学ぢからが高い。……圧倒的な偏差値によるパワーってやつを見せてあげましょう」


 ドヤ顔で俺に宣言をするツナを見て「不安だ」と思う。

 一瞬でカタを付けて帰ってこよう。


 ダンジョンの中ボスの間に入り、刀を構えて人が来るのを待つ。


 何者かが踏み入れた瞬間、踏み込んだものの首を斬り落とす。


「ッ!?」「は!? こ、こんなパターンあるのかよ!?」「落ち着け、元々一人二人はすぐに落とされると──」


 混乱しながらも構えた探索者の頭を掴んで引き寄せながら腹に刀を突き刺して引き抜く。


「!? う、撃て! 俺ごと」


 刀に突き刺されながらもそう吠える男を盾にしながら銃を持っている男に詰め寄り、盾にしていた男がダンジョンの外に排出された瞬間に銃を掴んでそれを起点にして地面にぶん投げ、石造りの地面に叩きつけられて息を吐き出した男から銃を奪って何発か撃ち込む。


 残りは二人……と思ったところで気がつく。あー、紅蓮の旅団か。

 ここから遠方のダンジョンを拠点にしてるはずだった。


 おそらくアメとのコラボ配信のために来たからついでに挑戦しとくかという流れだろう。


「くっそ、負けたばっかだからちょっといいところ見せるつもりだったのに、ツイてねえ」


 リーダー格の剣士は治癒魔法使いを庇うように立つ。ありがたい。


「けど、一矢ぐらい報いてやる。最強の剣技スキル【ル・メサイ────



 ────みぞれ流・雪の色斬り


 ────?」


 脚の指先から手首まで、全身の筋肉を最大効率で駆動させる、スキルではない、最強の剣技。


 身体の重さのためにアメほどの初速は出ないが「一矢報いる」が、空に描いた幻であると理解させるには十分すぎる速さ。


 いや、まぶたの裏に幻を描くほどのいとまもないか。


 俺が刀を納刀すると背後にいる剣士と治癒魔法使いが遅れて倒れる。


 帰るかと考えてから、地面にカメラが転がっていることに気がつき、それに刀を突き刺して破壊する。


 人が来るのはいいが……人間バレ対策には少し不味いな。


 刀を納め直してから居住スペースの方へと戻る。


「あれ? 早かったですね」

「あー、まぁ……少し急いだ。っと」


 自爆技である【雪の色斬り】を使ったせいで断裂しかけている全身の筋肉を「治癒魔法」のスキルによって治す。


 ダンジョン側の存在も探索者とは別の職業にだがつくことができ、スキルを使うことが出来る。


 俺の職業は【祈祷師】という治癒魔法と攻撃魔法の両方を低威力かつ結構な発動時間をかけて行えるというものだ。


 強いか弱いかで言えば明らかに弱い部類の職業だが、強さならば俺はスキルなんてなくても過ぎるほどに強い。


 アメと同じ理由で、俺は戦闘にスキルは使わないので日常的に使いやすいものを選んだ。


「カレーの予定だったけど……それは?」

「まず、玉ねぎを切ろうと思ったんです」

「はあ、それで」

「でも、玉ねぎを切ると目が痛いじゃないですか? まるで深淵の闇を覗き込んだときのように」

「その例えはよく分からないけどそうだな」

 なので、袋に入れて潰しました。どうせカレーに入れてドロドロになるんだからいいだろうと」


 ……いや、バイオレンス。透明な袋の中で見るも無惨な姿になっている玉ねぎを横目に、気持ちほど切られた人参を見る。


「……人参ももっと食えよ」

「待ってください。科学的な思考として……人参は美味しくないので、入れる量を減らした方がいいという判断です」

「いや、もっと入れた方が上手くなるから。ほら、切っとくから玉ねぎ炒めてくれ」

「む、むぐぐ……」


 ツナは潰れた玉ねぎを炒めていき、涙を流しながら俺の服を摘む。


「た、たまねぎ、や、焼いたら痛いです。ち、治癒魔法を……」

「いらないだろ」


 ツナと一緒にやったことで普段よりもむしろ作るのに時間がかかっているが、まぁこれぐらいの方が時間も潰せていい。


 玉ねぎを焼いて、目尻に涙を溜めているツナを見て可愛いなと思う。


 あどけない顔に大つぶの雫を溜めて、じっとフライパンを見つめて手を動かす。それが俺のためにしてくれていると思えば尚更だ。


「……さっきのこと、心配しなくていいぞ」

「ん、んぅ?」

「俺はツナを置いてどこかにいったりはしないから」


 俺の言葉を聞いたツナは照れくさそうな笑みを浮かべて、狭いキッチンの中でトンと肩で俺の体を押して、それからそのまま肩をくっつける。


「はい。知ってます。「信じる」じゃなくて「知ってます」。ヨルが私のことを大切にしてくれるって、知ってます」


 ツナは微笑んで、俺の胸に顔を埋めて玉ねぎで出た涙を拭いた。

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