第十一話

 ふたりで作ったカレーを食べ終わり、ツナが作った動画を二人で見る。


 簡素な取ってつけたようなオープニングのあと、アメがペコリと頭を下げる。


「……なんかツナらしくないな」

「アメさんらしさを優先しました。編集でいい感じに派手でイケイケな雰囲気にしようかとも思いましたが、別の方のチャンネルでのコラボ配信になると本性……結構おとなしめなところがバレるので、初めからそういう感じを売りにしようかと」


 ソファにちょこんと座ったアメは何度かぺこぺこ頭を下げる。


 まあ、これはバレるか、と思うとアメがわたわたと慌てながらカンペを見る。


『え、えっと、夕長アマネです。前回の自己紹介動画と、紅蓮の旅団さんとのコラボ配信を視聴していただいた方以外に説明させていただきますと、ダンジョン探索者です』


 既にグダグダ感があるな……。


「カンペ見てるけど」

「素人感は大切ですよ」

『えっと、今からはタイトルにありますように、自己紹介動画についた質問コメントに答えさせていただきます。早く紅蓮の旅団さんとの戦いが見たいという方は五分まで飛ばしていただきますようお願いします』




 ────本物のわざマシン先輩?

 ────偽物では?


『えっと、そのわざマシン先輩……というのは実のところよく分かってなくて……。昨年の四半期ごとに行われていた闘技大会に出場していた夕長アマネというのは僕で間違いないです』



 ────強すぎる。

 ────ウチのパーティに入ってほしい。


『ありがとうございます。えっと、お誘いはありがたいんですけど……間違いなく脚を引っ張るので……。探索が苦手で、すぐに罠を踏んでしまって……いつも足を引っ張ってしまうんです。僕の通った跡に罠は残らないと言われるほどに──』


 何ちょっとかっこいい言い方してるんだ。

 それからしばらく質問とそれに対する返答が繰り返されるが、元々知っている内容が多い。


 ────彼氏いますか?


『へ? か、彼氏なんていません。そ、その……えっと仲のいい男の人も、この前初めて出来たぐらいで……』


 顔を赤くしているアメを見て、ツナの方を見る。


「ここはカットした方がいいな。アイドル売りじゃないんだし、恋愛みたいなのは匂わせない方がいい」

「んー? 了解です」


 それからアメが紅蓮の旅団を瞬殺する動画が流れる。


「強いですねー」

「まぁ、流石にな。……そういや、さっき、ひとりで帰ってたら人型モンスターの群れに襲われた」

「へー……。えっ、本当ですか?」

「ああ。たぶん15アメぐらいのDPを使ってるな」

「……かなり限られますね。今の時期だと、この前話題になった極夜の草原っぽいですけど」

「けど?」


 と、俺が尋ねると、ツナは真剣そうな表情で俺を見る。


「……結構遠いですけど、移動手段……電車ですかね。その、感情表現が少ない人型モンスター達がみんなで並んで電車に乗ってたらシュールだなって」

「いや……新幹線とか車とかかもしれないし。シュールなのには違いないけど」

「いや……たぶん鈍行ですよ。乗り継いできてますよ」

「いや、まぁ、そうかもしれないけども。別にモンスターが電車を乗り継いできてもいいじゃん」


 そりゃ多少絵面はシュールかもしれないけど。


「まぁ、ちょっと状況がお笑いよりなのは置いといて」

「俺の死闘をお笑いより扱いするな。……それで、電車がどうしたんだ?」

「今までのダンジョン同士の争いっておおよそ二パターンだったんですよ。近場のダンジョンに地下を掘って繋げて総力戦をするか、夜間などの目立たない時間に少数精鋭で攻めるか。どちらにせよ徒歩圏内ぐらいが限度です」


 まぁ、システム的に……地上で大々的に動こうとすると地上支配権が必要だからなかなかDPの問題で手が届かない。


 モンスター一体一体に地上で活動する権利を買って無理矢理攻めようとしても、そんな目立つ行動をしたら探索者やらに潰される。


「けど、それがどうしたんだ?」

「極夜の草原のダンジョンマスターが、私たちに喧嘩を売ってもそもそも遠すぎて喧嘩にならないんです。まぁ、こっちからはヨルがひとりで突撃して壊滅させるって手もなくはないですけど」

「流石に一日ダンジョン空けるのは無理だぞ。まぁ、中ボスの間からも普通に探索したら一日以上かかる長さはあるが……最悪、アメに突破されかねない」

「…………すごく嫌ですけど、ヨルがアメさんに「一緒に遠征しよう」と言えばその問題は解決するので」


 ああ……まぁ、その手はあるか。


「それで……とにかく、戦いにならないのに喧嘩を売ってきたというのは不自然なので、近隣なのかとも思ったんですけど、近隣でそんな様子見をしてくるのも変だと。ヨルは有名人ですから」

「……犯人が分からないということか」

「犯人が分からないというより……犯人の属性すら分からないですね。近くなのか遠くなのか、大きい迷宮なのか小さい迷宮なのか、一人か複数か……も」


 そうは言っても何かしら目的がなければそんか散財はしないだろう。


 そう思っていると、動画を見終えたツナがパソコンを閉じて俺の方を見る。


「それに、一応は中ボスとして動画に出てるときは覆面しているので外を歩いた時に見つかるのは不自然です」

「それもまぁ……なんか妙だよな」


 俺がポリポリと頭を掻くと、ツナはコクリと頷く。


「しばらくは引きこもった方がいいですね」

「まぁ、そうなるか……。犯人が分からない以上は」


 俺がそう同意すると、ツナはパァッと明るい表情を浮かべて俺の肩に頭をくっつける。

 それからパソコンを開き直して「ウェディングドレス」を検索して俺に見せる。


「どれがお好みですか?」

「服は分からない。というか、市販品とかレンタルとかサイズ合わないだろうから見ても仕方なくないか……。もしかして、特注するのか?」

「……したくないですか?」

「いや……まぁ」


 瞳を震わせるツナを見て、耐えきれずに首を横に振る。


「いや、特注するなら出来るまでに時間もかかるだろうし、ツナもその間に背が伸びたりするだろうから、そこのところも考慮しないとな、と」


 話を合わせてしまった……。と思いながらツナを見るとニコニコと頷く。


「それはそうですね。んー、ならなおのことデザインの希望は早く伝えた方がいいです。そのため、ヨルの希望をプリーズです」


 そうは言ってもデザイン……だいたい白くてひらひらしてることしか分からない。


 というか……今からそういう店に行って店員に「ツナに着せるためにこういうドレスを作ってください」と注文するのが憂鬱でたまらない。


 小さい子のウェディングドレスを注文するのって刑罰にならないよな……? 通報されないよな?


 ……それを除けば、あながちまんざらでもなく感じているのが一番嫌だ。


 いや……普通に、ロリコンとかではないが……。ずっと二人でいて、他の同年代の異性が目に入らない環境にいたら感覚が狂うのは仕方ないだろう。


 これは俺の性癖がおかしくなったのではなく、環境に適応されただけである。人間は環境に影響される生き物だから。


 内心で頭を抱えながらパソコンの画面に目を向けるが……全然モデルが綺麗に見えない。……人は環境に影響される生き物である。うん。はい。


 一番関わってる異性がツナで二番目がアメなので、脳内に「女性=小さいもの」みたいな認識がいつのまにかインプットされかけている。


 画面を眺めながら、横目でツナを見る。


 …………襲ってきたモンスター。一応、先ほどの考慮を含めて納得出来る答えはある。


 俺の顔を知っていて、おそらくは近場で、かなりのDPを無駄に出来るぐらいの潤沢さがある。


 そんなところ、そんなやつ、練武の闘技場のダンジョンマスター朝霧キヅナぐらいしか……。


 と、考えていると、ツナは横目で俺が見ていたことに気がついたのか照れくさそうに笑う。


 その表情はあどけなく、俺が抱いていた疑惑を消し去るには十分な可愛らしさがあった。


 ……まぁ、ないか。俺がアメと会うのを嫌がって、ダンジョンから出ないようにするために襲わせたとか。

 あるわけないよな。

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