第八話

 先程まで斬り合っていたのにこうして歩いているのが不思議だ。


「……そういや、紅蓮の旅団の配信。アメさんと戦ってるの見たんだが」

「お、お恥ずかしいです」

「いや、かっこよかったよ。スキルを使わないって聞いたけど、ダンジョン内の職業は何にしてるんだ?」


 ダンジョンのシステムは戦士やら魔法使いやらの職業を選択し、モンスターを倒したり奥深くまで探索したらその職業に応じたスキルが手に入るというものだ。


 本来ならそういうダンジョンのスキルを駆使して探索するものだが、アメがそれらしいものを使っているところを見たことがなかった。


「この通り、刀を持ってるので剣士ですよ」

「あー、やっぱりか。でも、戦闘中はスキルを使わないんだよな」

「練習はしたことありますけど、使わない方が強いですね。どうかしたんですか?」

「……剣士のスキルを一つも使わないなら他の職業に変えた方がいいぞ」

「えっ、でも、僕、刀使ってますよ?」

「迷宮の職業はあくまでもどんなスキルを手に入れるかってものでしかないから、スキルがいらないなら剣士である意味がない。別に他の職業だと刀が持てないわけじゃないし、他に不都合があるわけでもない」


 本当にこういうのが苦手なんだなと思いながら話すと、アメはなんとなく分かったのかコクリと頷く。


「でも、スキルを戦闘中に使わないならどの職業でも同じじゃないですか?」

「戦闘以外で使えるスキルも多い。ソロの探索者だと治癒魔導師が人気だな、戦闘が終わった後に治癒魔法で治すことが出来る」

「なるほど……です」

「一回見直してみた方がいいと思う。スキルを使わなくても強いというのはアメが思ってるよりかなり有利だぞ」


 そんか話をしてから、この前のショッピングモールに近づいて頭を掻く。


「……そもそも、そんなに頻繁にダンジョン潜らなくてもやっていけるだろ。もう少し休んだ方がいい」

「えっ。でも、一日8時間程度なので普通の人ぐらいかと」

「休んでないだろ」

「えっ、あれ? 毎日探索してるって知ってましたっけ」

「……ツナが言ってた」


 そう誤魔化しながら話を続ける。


「アメさんの使ってる剣技、ダンジョンのシステムによる回復やスキルによる回復がなければ使えないだろ」

「えっ、見ただけで分かるんですか? ……僕の剣の理を理解されたの、二人目です」


 驚いた表情のアメはジッと俺を見る。


「もしかして……結城さん、めちゃくちゃ強い探索者ですか?」

「強い探索者なら名前くらい聞いたことあるだろ。名前を知らないというならそういうことだ」

「……も、目撃者は……全員生き残っていない。そういうことですか……?」

「違う」


 ため息を吐いて、ぽりぽりと頭を掻く。


「なんでそんなに俺の評価が高いんだよ」


 優れた武芸者は歩き方や立ち方に軸が通る。が、別に普通に歩くことも当然出来る。

 アメと歩くときは当然それを隠しているし、強いと判断する材料はないはずだ


 アメは俺の方を見て、不思議そうに首を傾げる。


「……そう言えばなんででしょう? なんでか、強いって知ってるんです」


 なんだそれ、と、少し笑う。

 話をしているうちにクレープ屋のあるショッピングモールに着き、アメは財布を気にしたような素振りを見せる。


「いや、俺が出すって。金ないのを知ってて無理矢理「会いたい」って誘ったんだから」

「……その、でもそうすると、僕がクレープが食べたかったから付いてきたみたいになるので」

「……違ったのか」

「違います。とにかく、クレープは自分で食べます」


 そんなムキにならなくてもいいのに。

 平日の昼間の割にはまばらに人がいるフードコートの中、学校帰りらしい中高生に混じってクレープを買う。


 そんな中、少しアメが落ち込んでいることに気がつく。


「やっぱり金しんどいんじゃないか?」

「平気です。……同年代の子が制服を着ているのを見ると落ち込んでしまうんです。高校に落ちたので」

「ああ……私立校なら名前書けば受かるようなところあるだろ」

「……家、道場なんですけど、お金がないので公立しかいけなかったんです」


 いくらでもやりようはあると思うが……まぁ事情があったのだろう。

 落ち込んでいた様子のアメだが、クレープが出来るとすっかり機嫌がよさそうにニコニコとした表情に変わる。


「えへへー。美味しそうですね」

「本当にいいのか?」

「はい。結城さんにはクレープに釣られたと思われたくないですから」

「そうか。……あー、特に話す内容とかないんだよな。会いたくなったってだけだから」

「えっと、ダンジョンとかの話をしますか?」

「ああ、まぁそれでいいか。……あー、そうだな。アメの使ってる剣技、名前とかあるのか?」


 アメはクレープをジッと見つめながら頷く。


「あ、はい。みぞれ流と名づけました」

「その、みぞれ流だが、系統としては『領域外技能グリッチ・スキル』というものにあたる」

「グリッチ?」

「異能的な要素を含むがスキルではないものだ。みぞれ流の技はダンジョンとかスキルの回復ありきだからそれに分類されることになるな」


 まぁ……領域外と言うだけあり、使い手はほとんどいないし、真似をしようと思ってもそう易々と出来るものでもない。


「現状、探索者の通常の技能だと威力が足りず、スキルは応用が効かない。領域外技能はそれらの欠点を補える可能性がある」

「他の人もこういう技を編み出してるんですね」

「いや……必要性が高いわりに、使える人は限られている」


 クレープが減ってきて悲しそうにしているアメに言う。


「金銭的な効率だけで言えば配信で技を教えるとか、探索者同士で戦うのが一番いいと思う。練武の迷宮は割が悪い」

「……探索者を辞めた方がいいという勧めですか?」

「正確にいうと、一線は退いた方がいいと」


 ……ダンジョンマスターであるツナに隠れてこんなことを言うのは背信行為だろう。

 けれども、アメと戦うのはこれ以上したくなかった。


 いい子で優しく、普通の子だ。


 そんな俺の考えと裏腹にアメは首を横に振る。


「結城さんが言うなら、きっとそうなんだと思います。なのでそういう配信をするのは賛成です。でも、探索は続けます」

「……どうしてもか」

「どうしても、です。僕は、どうしても武芸者として、あの中ボスさんに勝ちたいのです」

「…………そうか」


 ……ああ、そうか、なら、じゃあ、俺は……次の戦い、徹底的にアメを叩き潰そう。「挑む意味がない」と思わせるほど圧倒的に。


 どうしてここまで入れ込んでいるのかは分からないが、俺はあまり、アメに苦しんでほしくないらしい。


 俺を見て不思議そうにしているアメに笑いかけると、アメは気恥ずかしそうに目を逸らす。


「そ、その、僕なんかと一緒にいて、つまんなくないですか?」

「いや、結構楽しいよ」

「な、なら、その……よかったです。えっと、また誘ってください」


 社交辞令だろうかと思っていると、アメは恥ずかしそうにしながら言葉を続ける。


「その、結城さんは……なんだか、知り合いの人によく似てて、すごく前から一緒にいるように感じるんです」

「知り合い?」

「あっ、いや、知り合いというのも変な感じなんですけど……。まぁ、その、はい」

「はは、なんだそれ」

「もう、笑わないでください」


 悪い悪いと謝ってからクレープを齧る。……甘い。

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