第七話

 いつものように変装を終えた姿でわざマシン先輩こと夕長アマネの前に立ち塞がる。


 いつもの光景……ではあるが、人間として……あるいは友人として知り合ったせいかほんの少しやりにくい。


 ……が、そんな遠慮が出来る相手ではないことは知っている。


 合気道の道着にも似た袴姿。よく手入れをされた日本刀を、自身の身を守るかのように縮こまらせる独特な構え。


 フィギュアスケートの選手がジャンプの際に手足を畳むことで外周を小さくして回転数を増やすように、棒状のものを持つのならば自分の身に近づければ近づけるほど動きやすくなる。


 それは当然の理屈ではあるが、刀のリーチを完全に捨て去るその構えは他に類を見ないものだ。


 加えて、リーチを捨てたためか剣道や剣術のようなすり足ではなくボクシングのフットワークに近い足捌き。


 あまりにも独自性の強い立ち姿だが、体格と筋力に劣るアメが立ち回るには必要なものなのだろう。


 アメはまるで音楽の前奏のようにトン、トン、とリズムよく跳ねる。


 トン、トン、トン、ト──リズムを突然崩すかのような裏拍子。ほぼ存在しないような予備動作から放たれる突きは並大抵の人間ならば何が起きたかも分からずに首を貫かれるだろうが、充分に余裕を持って回避する。


 アメも俺が回避するのが分かっていたように斜めに斬り上げようとするが俺の手が刀の側面を押したことでそれが俺の頭に当たることなく空を斬る。


「っ……セイッ!」


 続けての振り下ろしを刀で受け止めて鍔迫り合いが起こるが筋力差は大きく一瞬で俺の力が勝ってくるアメの体を吹き飛ばす。


 いや、感触が軽すぎる。自分から跳んだか。


「……」


 本来優れた武芸者は身体の真ん中に芯が見える。


 あらゆる格闘技において重要なのは全身の力を余すことなく使うことだ。腕の力だけよりも肩の力を、肩と腕だけでなく背中や腰を、脚の力を……と全身を連動させて動かすことにより速く力強く動く。


 けれども、アメの軸はぐにゃぐにゃだ。相手に軸を見せず、重心を悟らせず、次の動きを読まさない全身の動きが連動していない。


 代わりに……本来、武芸者がマトモに使うことはない手首を多用する。


 人間は扱う関節が多ければ多いほど強い力を発揮出来るものだが、ボクシングで打つときに手首は固めるものだ。


 当然手首のような弱い部位に負荷がかかれば簡単に壊れるからだが……アメは手首を多用する。


 使える関節が一個増えれば当然速度も力も増す。……もちろん、通常、誰もしないようなあまりに身体への負担が大きい、それこそ刀の一振りごとに自分の関節をぶっ壊すようなやり方だ。


 他にも足の指関節で地面を蹴ったり逆にブレーキをかけたり、腸腰筋を多用した無理な姿勢制御、手で地面を押して三足で飛び跳ねる。


 ハッキリ言って「可能ではあるが体は壊れる」動きを多用する。


 くるりとバク転し、その途中で壁を蹴って空中で姿勢を制御しているアメの刀を受け止める。


 こんな無茶が出来るのは、ダンジョンの中だからに他ならない。


 通常なら速いが何回かやったら体が壊れてしまう動きなんてものは練習出来るはずもなく、理論的には最速であろうと不慣れな動きなせいで通常よりも不格好で遅くなるものだが……ダンジョン内では違う。


 死傷ですら無かったことになるダンジョン、関節や腱が壊れることぐらいはなんでもない。


 人生に一度か二度しか出来ないような「無茶」の練習がいくらでも出来る。そして、その自分の体を壊すことによって生み出される速度を「技」として扱うことが出来る。


 故に──倍近い体重差がある俺を、アメのような少女の一振りで弾き飛ばすことを可能としていた。


 下から潜り込むような横薙ぎ。それを受け止めた俺の体が浮かび上がり3メートル近く後ろに吹き飛ばされる。


 そして、それだけの力が発揮出来るのであれば小柄な体格は有利にも働く。


 ボウリング球よりも野球の球が遥かに速いように、筋力さえ用意出来れば軽ければ軽いほどに速い。


 ダンジョン内というあり得ない環境が生んだ最速の一振り、理外の理の一閃。自壊の諸刃


 ──雪の色斬り。


 その技の特徴は四つ。

 ・最速の一閃であること。

 ・無理な体の使い方のため自分の体も壊れること。

 ・体が壊れることを許容しているため本来ならばあり得ない角度、体勢から放てること。


 …………加えて、体の負担が均等ではなく、右手と左足が潰れたとしても左手と右足は健在。


 もちろんマトモに戦うことは不可能だが、一瞬、立つことも叶わない体になり、地面に伏せるまでの刹那に限り──もう一撃、同じ斬撃を放つことが出来る。


 吹き飛んだ俺に弾丸が放たれるようにアメが踏み込む。

 人間に放てる最速……けれども、それが来ることを知っていたならばやりようはある。


 アメが踏み込むよりも先に投げていた刀がアメの胸に突き刺さった。


 もちろんそれで止まるほどではないが、小さな体ではその程度の衝撃でも体の軸が大きくブレる。


 加えて、壊れた身体では体勢を整えてもう一歩踏み込むということも出来ずに地面に倒れる。


 胸に刀が突き刺さり、自壊を厭わない技で全身の関節と筋肉が断裂。そんな勢いで顔から地面に突っ込んだせいで顔の半分が削れているのが分かる。


「……ご指導、ありがとうございました」


 そんな中で発された言葉を聞きながら、懐に入れていた刀でアメの首を切り、ダンジョンの外に追い出す。


 ……知り合いになったせいで攻撃しにくいとか考えていたが……そんなことはなかったな。

 むしろ捨て身すぎて痛々しく、さっさとトドメを刺してやりたいと思うぐらいだ。


 ぽりぽりと頭をかきながら居住スペースに戻り、スマホでアメに電話をかけた。


 ……あれ、なんで電話したんだ。呼び出し音が鳴る最中に自分の行動のおかしさに気がつき呼び出しを切ろうとするが、その前に繋がってしまう。


『あ、もしもし、夕長です。結城さんですか?』

「……」

『あれ? あ、あの』

「あ、悪い」


 電話越しにクスリという笑い声が聞こえる。電話したのだから聞こえて当然の声……けれども、詰まっていた息が吐き出せた。


「会いたい」

「……へ? あっ、ひゃ、ひゃい」

「今から会えるか?」

「えっ、い、今からですか? あの、いまダンジョンを出たところで……ちょっと汗っぽいので……今から家に帰ってシャワー浴びて……えだと、5時からなら……」

「練武の闘技場だろ。近くにいるから、今から行っていいか?」

「あ、汗くさいですから。……その、えっと……は、はい」


 中ボスの間にしばらく探索者は来ないだろう。ツナに「ちょっと外に出る」とだけ言ってから手早く着替えて外に出る。


 まだ昼間の時間。穴倉の中の人工的な明かりとは違う太陽の日差し。

 気にしたように前髪をちょこちょこと弄るアメの姿が見えて、なんだか呆気ないほどに肩の力が抜ける


 ……顔を見て安心した、と気がつく。


「あっ、結城さん。えっと……こ、こんにちは」

「急に悪かったな」

「い、いえ僕も、その、会いたくないとかではないので」


 アメは耳を赤くしながら俯き、それからチラリと俺の顔を覗く。


「そ、それで、その、御用って」

「ああ、いや、別に用はないけど」


 俺がそう言うとアメは少し間を置いて、顔を真っ赤に染める。


「へ、へあっ!? そ、そそ、それは、その……ぼ、僕に会いたかったってことですか?」

「普通にアメさんに会いたいって言ったろ。あ、でも解散するのもアレだからちょっと出かけるか。クレープ食うか?」

「い、いえ、その、お金がなくて……公園とかなら」

「それぐらい俺が出すよ」

「で、でも……」


 それにしても……アメは何を恥ずかしがっているのだろうか。


 もじもじとしているアメが手に鞄を持っているのに気がつき、それに手を伸ばす。


「荷物ぐらい持つよ」

「あ、す、すみません。……あ、歩きますか?」

「ああ。そういや、配信だけどもう収益化出来た。紅蓮の旅団とのコラボで一気に増えたな。実際に引き出せるのは半月先だけど、半分に割っても10万はあるな」

「10万円!? えっ、あ、あれだけでですか?」

「まぁ……元々強い探索者ってことで知名度もあったからな。今ものぼり調子だし、こっちも買った機材分を取り戻したら収入の割合をもう少しそっちに渡せるから、来月は……まぁ4倍ぐらいはいけそうだな」

「よ、4倍!? く、クレープ毎日食べられます……! いや、それどころかクレープを焼くあの鉄板を買うことも……!」


 ……クレープ好きすぎるだろ。


「ありがとうございます! その、クレープ焼く機械を買ったら、食べに来てくださいね!」

「いいのか? 自宅」

「あ、え、えっと……その……は、はい」

「そっか、ツナも喜ぶと思う。あと、迷宮内じゃないから焼くときは火傷とか気をつけろよ?」


 アメはこくこくと頷く。


 ……仲良くなったのは失敗だったな。いつも通り、怪我がなかったことになる迷宮の中で斬っただけなのに……。


 会わなければ安心出来ないほど気になってしまった。

 ……気が弱くてクレープが好きで、なんて子供っぽいところを知ってしまったからこそ。


 一気にチャンネル登録者を増やすつもりだったけど、少しペースを下げるようにツナに言うか。


 アメの負担にならない程度でやっていこう。

 もじもじしながら「で、デート……。男の人と初めての……」と言っているアメを見て苦笑しながらそう考えた。





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