第十一話

 久しぶりに長く歩いた疲れでだらけていると、アメはゴロリと寝転んで俺の方を見て「えへへ」と笑う。


 道着姿のアメは凛々しくてかっこいいと思っていたが、こうしてのんびりしているところを見ると、武術の習い事をしてる子供みたいにも見える。


「んぅ、どうかしましたか?」

「かわいいなと思って」


 俺がそう答えると、アメは少し不思議そうな顔をしたあと、ハッと顔を赤くする。


「そ、それは、あの、その……ぼ、僕のこと、ですか?」

「ああ。……あ、変な意味じゃないぞ」

「わ、分かってます。 ……そっち行ってもいいですか?」


 アメはゆっくりと俺の方にきて、コロリと俺の近くに転がる。


「何時に出発しますか?」

「少なくとも、みなもからWi-Fiを借りてツナと連絡を取ったあとだな。あと、飯ももう少し食った方がいい」

「お饅頭ですね!」

「……アメさん、甘いのばっか食ってると健康に悪いぞ。もっと野菜とか肉とかも食った方がいい」

「……ヨルさんは、好き嫌いしない女の子の方が好きですか?」

「えっ、ああ、まぁ、そうだな」

「なら食べます」


 ちょろ……。

 ツナも放っておくとお菓子ばっかり食べるし、子供はこういうものなのだろうか。


「あ、じゃあせっかくなのでみなもさんも呼んできますね」

「いや……まぁいいけど」


 パタパタと動くアメを横目に見ながらぐったりと寝転ぶ。


「……あんまり、仲良くしすぎると情が湧くんだよなぁ」


 わりと俺は情に流されやすい。

 みなもも多少打算はあるだろうが仲良くしようとしていて……このままだと見捨てることが出来なくなる。


 少ししてからアメは浴衣姿のみなもを引っ張ってきて、みなもは困った様子ながらも少し楽しそうな表情を浮かべる。


「あ、Wi-Fiのパスワードだったね。解除しておいたから好きに使っていいよ」

「いいのか?」

「もちろん。他に人いないしね。初期の設定のまま放置してただけだから」


 スマホを見るとWi-Fiが繋がっていた。電話回線は使えないので、とりあえずツナにアプリで連絡をすると、少ししたあとツナの声が聞こえてくる。


『もしもし、ヨル、どうしたの? 何か不測の事態でもあった?』

「あー、まぁ、悪いことではないが、一応」


 探索を始めてこのダンジョンに迷い込んで、みなもからの協力を得られたことを伝えると、ツナは少し考えたあと『タブレットでビデオ通話に切り替えてもらえますか?』と俺に言う。


 すぐにタブレットを取り出して机の上に立てて、三人で画面を覗き込む。


『おほん、はじめまして。練武の闘技場のダンジョンマスターの結城キヅナです』

「……こども? あっ、ゴブの湯のダンジョンマスターの弓削みなもだよ。よろしくね」


 一瞬みなもは「本当?」といつ表情を俺に向けて、俺は軽く頷く。


『本日は私の配下のふたりがとてもお世話になったようで、とてもありがたく思います。とても優しい人のようですし、目的も一致しているということで、ぜひ協力して平和を守っていけたらな、と』

「あ、うん。キヅナちゃんは小さいのにしっかりしてるね」

『……ありがとうございます』


 ツナは褒められたことに少し不服そうな表情を浮かべてから、誤魔化すように笑みを作る。


『それで……距離があるので今すぐにというわけにはいかないのですが、お世話になった分、DPやモンスターでお礼をしたいのですが、ご迷惑ではないでしょうか?』

「お礼? 別にいいのに……。まぁでもせっかくだし、私も仲良くしたいからもらっておこうかな。こっちもお饅頭贈るね」


 お饅頭を贈らないでほしい。そればっかり食いそうなので。


 というか……DPの方はただの補填の意味合いだろうけど、モンスターはたぶん善意半分、半分は裏切れないように押さえつけるためだぞ。


 受け取らない方がいいんじゃないかなぁと思うが、まぁ……たぶん悪いことにはならないか。


「それでツナ。このまま当初の予定通り探索を続けてもいいと思うか?」

『……探索は続けていいと思います。けど、状況が変わる可能性が高く、その際に私との密な連絡は難しいでしょう』

「……自己判断が増えるのか。優先順位は?」

『ヨルさんとアメさんの身の安全が第一で、次に……弓削さんを優先してください。目的の達成自体の優先度はあまり高くありません』

「いいのか? ……都合とかあるだろ」

『遠方に仲良く出来そうなダンジョンマスターの方と知り合えたことの方がよほど大きいです。元の策も状況を遅延させるためだけのものですしね』


 ならいいが……。

 あまり素直に頷けず、どこか内心疑ってしまうのは、俺とツナの考えが少しズレてしまっているからだろう。


 ……ツナは「最悪の場合、私がいなくてもヨルが幸せならいい」と考えている。


 普段は風呂やトイレで離れることさえ嫌がっているくせに、最終的なところはそんな自己犠牲だ。


 ……俺からするとそんなものは到底受け入れられるものではない。


「……分かった。けど、最善は尽くす」

『寂しくなったら帰ってきてもいいですよ』

「帰りたくなるからやめて……」


 と、俺とツナが話していると、みなもはアメに話しかける。


「……結城くんってシスコンなの?」

「あ、いえ、ツナちゃんは……その、ヨルさんのお嫁さんでして」

「へー。……ぬえっ!?」

「なので同じ苗字を名乗ってるみたいです」

「えっ、つ、ツナちゃん何歳なの? ランドセル背負ってるぐらいじゃないの!? ご、合法なの!? 合法ロリ!?」

「いえ……」

「違法ロリなの!?」

「ダンジョンの中は日本の法律関係ないですからね」

「治外法権ロリじゃん……」

『あの……あんまりロリロリ言わないでほしいです』

「あ、ごめんね」


 治外法権ロリ……。

 心なしか、みなもからの目が厳しくなったように思える。


『おほん。まぁ、ヨルは小さい方が好みなのは事実なので構いませんが』

「やめろ、無闇矢鱈にデタラメを言うな」

『でも、ヨルは私のこと大好きですし……』

「それはその、そうなんだけども……違うからな。小さいから好きなのではなく、ツナだから好きというか……」


 ニマニマと笑うツナから目を逸らすとみなもから犯罪者を見るような目で見つめられていた。


 ……ちゃうねん。そういうのちゃうねん。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る