第十話
温泉卵と温泉饅頭を口にしつつ、弓削の方を見る。何から話したものか……と思っていると、先にアメが口を開く。
「弓削さん。このお饅頭に描かれているキャラクターはなんてお名前ですか? かわいいです」
「えっ、あ……そ、それは「みなもん」だよ。その……おばあちゃんが作ったキャラで……」
「み、みなもん……」
饅頭に描かれた可愛らしくデフォルメされた女の子と弓削みなもを見比べる。
……特徴は一致している。
「み、見比べないでよ」
「あ、これは弓削さんなんですね。みなもんかわいいですね」
弓削はアメの悪気ない言葉に耳を赤くして目を逸らす。
「あー、まぁ可愛らしいな、みなもん」
「みなもんの話はやめて……。それより、結城くん達は何をしに極夜の草原に行ったの? かなり遠いし……あ、もしかして、その……新婚旅行?」
「はい。そうです」
「嘘をつくな。……いや、よく考えたら話せないんだから嘘ついてた方がよかったな」
アメは「でしょ?」とばかりに俺を見てくるが、絶対そういうつもりじゃなかっただろ……。
「とにかく、俺がリーダーってわけじゃないから目的とかに関しては自己判断では話せないな」
「……相手が私……でも?」
「なんで自分ならいけると思った。初対面の相手にそんな義理あるかい」
「いやでも、裸見たし……」
「……それは……ごめんなさい」
いや……しかし、あんまりペラペラ喋るのもなぁ。と思っていると、アメに「別にいいんじゃないです?」みたいな表情で見られる。
「はあ……まぁ、大した理由じゃないからいいか。……練武の闘技場としてはあんまり荒れてほしくないからその対応にきた感じだ」
「あー、なるほど? あ、近隣だけじゃなくて遠方にも話をしにいったんだ、あの人」
対応にきたという言葉は一見して敵対しにきたように思えるだろう。実態としては保護しにきたのだが……まぁ、嘘はついていない。
「それで早速、極夜の草原の探索をしたら、転移やらなんやらの罠を二人して踏みまくって、しまいには落とし穴に落ちてここと繋がってる洞窟を見つけたというのが顛末だな」
俺がそう言うと、みなもんは疑うように俺を見る。
「……あのダンジョンは罠とか少ないはずだけど」
「多かったが……? というか、疑うなら案内ぐらいするぞ、みなもん」
「暗闇と草原に隠れてトラップが分かりにくいんですよ、みなもんさん」
「分かったから、みなもんって呼ぶのやめて……。普通にみなもでいいから……」
「みなもさん、本当に案内しましょうか? ひとりだと不安でしょうし」
「んー、一本道なんだよね? ちょっと強めのホブゴブリン出すからいいよ」
「ホブゴブリン?」
「知らないの? 大きめのゴブリンだよ」
ああ……まぁ、ゴブリンに比べて採用してるところ少ないしな。
それにしてもゴブリンが主体か。ゴブリンはかなり環境適応力が高く、1アメで200体作れる程度にDPが安いことから多くのダンジョンで使われている。
……もしも気温の高いここと、気温の低い極夜の草原が混じれば……極夜の草原のモンスターは弱り、ゴブリンはそのまま活発に活動出来るだろう。
第三者の策が成功したとき、極夜の草原は討たれる可能性は高い。
「どうしたの? 結城くん、難しい顔をして」
「いや……極夜の草原、方々から狙われすぎだろ……と思って」
「方々?」
「探索者の方でも狙われてるんだ。地上の様子とか見てないのか? ホテルとか埋まってるぞ」
「はえー、大変だ。……えっ、それ不味くない? その、探索者がこっちに流れてきたり……」
「……まぁ、頑張れ。寒冷地用の装備を整えてるだろうし、多分、そんなにたくさんは来ないだろ」
俺がそう言うも、みなもはパタパタと慌てたように動く。
「ど、どど、どうしよ。まずい、すっごくまずいよ!?」
「……いや、落ち着けって、探索者ぐらい珍しくもないだろ」
「極夜の草原を攻略しにくるような強い探索者なんて滅多に来ないよ! ……二人とも、何か策はない!?」
ええ……俺たちに頼むのかよ……。
「……いや、まぁ、多少同情はするけど、そんなに助けてやる余裕はないしな。俺も仕事できてるわけだし」
「そう言わずにさ、おねがい! なんでもするから! 裸の付き合いをした仲でしょ!」
「そうは言ってもなぁ……。メリットないし」
「あるよ! ほら、みなもん饅頭食べ放題!」
「いや、美味かったけど……。饅頭ってそんなにたくさん食べたいものじゃないだろ」
俺がそう言うとアメは「えっ!?」という表情を浮かべて俺を見る。
「えっ!?」
表情だけではなく口にも出した。
……食いしん坊だもんな、アメさん。
「ここに泊めてあげるから!」
「いや……普通にホテル取ってるし……」
と答えたところでここがダンジョンであることを思い出す。
「みなも、ここの見取り図あるか?」
「えっ、ダンジョン操作用のタブレットなら……」
「ちょっと見せてくれ」
「えっ……ん、し、信じてるからね!」
みなもはそう言いながら俺にタブレットを手渡す。
予想通りかなり広大なダンジョンだ。そして当然、この居住エリアはほぼダンジョンの最深部にある。
ダンジョンコアのある最深部に近くにいたいという至極当然の考えからだろう。
「……ここから極夜の草原に入れば、かなりショートカット出来そうだな。おそらく極夜の草原からしても最深部近いだろう」
「あ、そ、そうだよ! 近いよ! いいところだよ!」
「けど多少遠いな。俺たちが通ってきた洞窟の整備と、そこを行き来出来るような乗り物を用意してくれないか?」
「えっ……ん、んー、それはDPが……整備だけなら、なんとか?」
「よし、じゃあ、しばらくここに泊まらせてもらって、何か異変がありそうだったら助けるという感じでいいか?」
みなもは交渉がまとまるとは思っていなかったのか、少し驚いた顔をして頷く。
「アメもそれでいいか?」
「あ、は、はい。……す、すみません、お世話になります」
「いや、強い人がいてくれて安心だよ……。なんならずっといてくれてもいいよ」
「それは無理だ。……一度休むか、みなももバスローブは着替えた方がいいんじゃないか?」
「あ、そ、そうだね。ちょっと恥ずかしいな」
俺はそう言いながら、軽く肩の力を緩める。
多少図々しい物言いをしたが、図々しさならあちらも同じくらいなので構わないだろう。
スマホの時計を見るとそろそろ昼だ。
探索を始めてから四時間程度……すぐに探索するのより、一度休憩した方がいい時間か。
パタパタと落ち着かなく立ち上がって歩くみなもは廊下で「この旅館のものは好きに使っていいからね」と言って立ち去っていく。
「いい人ですね。みなもさん」
「……まぁ、悪人ではなさそうだな」
「それにしても、ご年配の方がダンジョンの副官ってことがあるんですね」
「まぁ、何かしらの才能があるんだろう。……たぶん、これだと思うが」
俺はみなもん饅頭を手に取ってその上にある絵を見る。
「お饅頭作りがうまい……ですか?」
「いや、キャラクターデザインがいい。デフォルメされているけど、みなもだってわかりやすいし、親しみやすくてよく出来ている」
「ダンジョンと関係があるんですか?」
「うちのダンジョンもそういう「親しみやすい」ことによる恩恵を受けてるからな。使い方によってはかなり有用な技術だと思う」
むしろ、戦闘なんてモンスターで代替出来るものでスカウトを受けた俺よりもよほど真っ当なものだ。
ツナあたりと組めばかなり上手いことやったことだろうと思う。
「確かに……可愛いですもんね、みなもん」
「ああ、みなもんは可愛い」
よく分かっていなさそうなアメと二人で頷く。
もうそういうことでいいや。
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