第十二話
「あのな、みなも。……みなもが気にしていることはよく分かる。俺が年端もいかず、よく分かっていない子供を騙していると心配なのだろう」
「いや、普通に理由なく引いてるけど」
「でも安心してくれ。俺たち三人のIQを足してもツナに勝てないぐらいツナは頭がいいから」
「IQを足すって言葉がもう頭悪そうだよ」
みなもはそう言ったあと、ふと思い出したような表情で俺を見る。
「……というか、さっきアマネちゃんと新婚旅行って言ってなかった?」
「俺は言ってないだろ……!」
「結城くんは言ってなくても、そういう冗談を言うような仲ってことだよね」
「……。いや、まぁ、うん」
「ロリロリ野郎……」
蔑むような目を向けられる。……違うし、ロリロリ野郎じゃねえし。
「あのな、アメさんは16歳だ。もう立派な大人と言っていい年齢だろう」
「……? いや、16歳は子供だよ」
「…………確かに」
「結城くん、ロリロリ野郎を拗らせて感覚おかしくなってるよ……」
否定したい。めちゃくちゃ否定したい……けど、歳上のソラとか、同年代か少し上のみなもには全然興味が湧かないので否定しきれない。
頭では「美人だな」と思っているのに、俺の魂は冷めているのだ。
『ま、まぁ、いいじゃないですか。幸せなら』
「……はい」
「あ、ご飯作ってくるけど食べれないものとかある?」
「いや、特には……すみません色々と」
みなもが去っていくのを横目に見て、それから画面のツナの方に目を向ける。
可愛い……じゃなくて、少し気になることがあった。
「……世話になっておいて言うことでもないが、みなもをそんなに優先するのか? ずっと仲良くしていられるとも限らないと思うが」
『遠方の情報を体感を持ったものとして得られるのはありがたいです。それに……優れたリーダーの資質とはなんだと思いますか?』
ツナはそう言い、画面越しに俺たちを見る。
「あ、僕、分かりますよ! ……力、ですね」
「頭が夕長流なんだよ……。頭がいいとかか? ツナみたいに」
俺とアメの答えを聞いたツナは軽く頷く。
『それらも重要ではあると思います。ないよりはあった方がいい……ですが、私はこう思います。カリスマ性こそが一番重要である、と』
「……なんかツナらしくない言葉だな。曖昧で、普通だ」
『はい。そもそも、力にせよ知能にせよ、リーダーが持っている必要はないのです。私がヨルに力を借りているように周りの人から力を借りれば十分で、リーダー自身ではなく組織にあればいいのです。組織の方に色々なものを頼んで、リーダーでしか発揮出来ないもの、それは二つ「決断」と「人をまとめる」です。つまりはカリスマと言い換えても良いでしょう』
……言いたいことは分からなくもないが。
「それ、みなもにあるか? ないと思うぞ」
『はい。私が考えているのはカリスマを含めた「キャラクター」としての魅力です。みなもさんは愛嬌があり、親しみやすいということが伝わってきます』
「……リーダーとして優秀だと」
『私よりも適性があると思います。人を引っ張ることは出来なさそうですが、まとめることはできそうに見えます』
「……そういうものだろうか」
『リーダーに必要なのは「能力」ではなく「納得」です』
だとしても……ツナがその「リーダーの資質」に配慮してやる理由はないだろう。
……それとも、あるのか。
『……可能であれば独立してやっていきたいですが、策は幾重にも巡らしてリスクを最小にすべきです』
その回避すべきリスクはツナのためのものか。それとも……。
室温と湿気のせいか、いつのまにか握っていた手のひらに汗が滲んでいた。
「……ツナは偉いな」
否定する理屈もないのに否定する感情だけが渦巻いて、そんな突き放すような言葉を口にした。
それがツナに伝わったのか、ほんの一瞬だけ寂しい表情を浮かべる。
『……はい。……その、頑張りますね』
「あ……いや、その……ああ。……俺も頑張るよ」
ぷつりと通話が途切れる「偉いな」という言葉は、一見褒めているようでありながら、その実は「俺とは違う」という意思を隠しながら発するものだ。
思わず吐き出した皮肉めいた言葉で……通話が切れてホーム画面に戻ったその瞬間に、強い後悔を感じる。
立ち上がりながらスマホを手に持ってツナに通話をかけた。
いつもよりもいくつか遅い数コールの後にツナが出る。
『もう、どうしました? 寂しがり屋にもほどが……』
「っ……。そうだよ、寂しいんだよ。今、一緒にいれないことも。これから「一緒にいれないかも」みたいなことをツナに言われるのも」
『…………。ヨルは、勝手です』
「ごめん」
廊下を歩き、玄関の前にまでいき、岩場から流れる温泉を眺めて立ち止まる。
『……私には、ヨルの考えていることが分かりません。色んな人と話したいみたいだったのに、いざそうなると嫌がって』
「……人を増やそうと言っていたのは、つなの話し相手が俺だけだったら成長に悪いと思ってたからだ」
『素直に好きと言ってくれないのは?』
「……好きでも、子供相手にそんなこと言えないだろ。……ツナの立場、俺がいないと困るだろ。戦力としてもそうで、日常生活も、あるいは誰かと関わるときも、あまりに子供すぎて、賢いとかで対応出来ないところが多すぎる」
顔を見ていないからか、いつもは口に出来ない言葉が自然と出てくる。
『……それが何か関係あるんですか?』
「あるだろ。……ツナは頼れる大人が俺しかいないんだ。警察やら児童福祉やら役所やらにも頼れない。親族もいなければ、他のダンジョンマスターなんてもっての外」
『それに何か問題が……』
「あるだろ……問題がっ! 拒否出来ないだろ、俺がいなければ生きられない子供に好意を向けたら! ……俺が「好きだ」だとか言って、ツナが断って俺が出ていくみたいになったら困るだろ。ツナはイヤでも俺の気持ちを断れないんだ。そんな状況で、軽々しく「好き」なんて言えるわけないだろ!」
俺は恥ずかしげもなく本音を言った。
電話越しのツナの言葉が止まる。
「……今でも、もしかしたら俺の好意がバレて捨てられることを恐れて話を合わせているのではないかと、思ってしまっている」
『……ヨル』
「だから、人を増やしたかったんだ。俺の好意を拒否出来るようになった状態で、やっと、俺はちゃんと気持ちを伝えて……と、したかったんだ」
『…………』
ツナはゆっくり息を吸う。それから、小さく、けれども強く言う。
『……アホ』
「えっ……」
『アホと言ったんです! このわからんちん! あんぽんたん! アホアホアホー!』
「い、いや、だって……仕方ないだろ! だから、アメさんが来てからはちゃんと好きだって言うようにしてるだろ!?」
『アホ!』
「アホじゃねえよ……」
『アホです! ……本当に、アホです。……なんで、疑うんですか』
「…………。ごめん」
『……』
「……ごめん。……ツナも、自分が死んだ時のためにって色々してるだろ」
『……だって、不安ですから』
「一緒なんだよ。幸せになってほしいし、傷つけたくないし……触れるのも怖い」
『触れないと寂しいです』
……ずっと一緒にいたのに、分からないものなんだな。……まあ、そりゃそうか。
もっと歳が近ければ、こんなに悩むこともなかったのだろうか。
『…………アメさんと、仲良くしてくださいね』
「予備扱いなんて、俺もアメもツナもいやだろ」
『…………でも、それでも、アメさんもヨルも自分の気持ちにも嘘を吐いても。ヨルを不幸にさせたくないです』
「…………ああ」
愛が重い。ツナは、誰よりも愛情深いやつなのだ。
あまりに深すぎるほどに、愛情深い。
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