第六話
朝霧簪は変なやつだ。
悪く言ってしまえば狂人とも言えるかもしれない。
……そんな変人に、同情して声をかけたのは俺なのだ。
変人だと分かった上で話しかけて、変人だと分かった上で仲良くなった。
だから……あのときのことは、俺が悪かったのだろう。
「──デートをして、告白して、仲を深めて、プロポーズをして、結婚して、子供を作る。みたいなの、まぁまぁ普通の手順だとは思うけど。それが出来るやつじゃないと知って友達になったんだ。だから、あのときのことは俺が悪かったんだと、今は、そう思う」
俺の心情の吐露を聞いていた人物はサウナ後の外気浴をしながら俺の方を見ずに答える。
「しゃーないんちゃうの? ヨルもそのときは高校生なんやしさ。完璧にとは行かないのは。まぁ、けど、ヨルが言いたいことは分かるで。社会的に見て自分の方が正しくとも、自分と相手の二人だけの関係を見たら正しさが変わるってことはままあるもんや」
「……ゴブ蔵」
そう、ゴブ蔵である。
俺は何故か再びゴブ蔵に人生相談をしている。
何故かというと、朝霧先輩がこちらに遊びにくることとなったが……何故かみなものダンジョンが旅館経営を始めていたらしく、その旅館に朝霧先輩が泊まる予定なので迎えにきたわけだ。
……が、天候が荒れたせいで新幹線の運行が遅延し、到着が遅れるため、せっかくなので一風呂浴びようとしていたところで、サウナで整っている最中のゴブ蔵と再会したのだ。
なんでゴブリンがサウナで整っていたのかは分からないけど、経験則からすればこういうのは大概は原宿が悪い。
「俺はあのとき、なんて言えばよかったんだろうな」
「……そりゃあな、ヨル。勘違いや。別に連絡先を知らんとか、住所を知らんとか、そういうわけでもなかったわけやろ? んで、ヨルはたくさん考える時間はあったのに返事は変わらんかった。じゃあ、そういうことなんやろ。今、後悔を感じとるのは、後悔じゃなくて罪悪感や同情心や」
……どうなのだろうか。
神が朝霧先輩の真似をしたということは……記憶を失う以前は、そういうことだったのではないか。
ゴブ蔵は気持ちよさそうに目を閉じ、それから俺に言う。
「まぁ、ええんとちゃうか。悩むのも。ヨルは人間や、ゴブリンと違って完璧な存在やない」
「…………ゴブリンって完璧な存在なんだ」
「人間なんて愚かなもんやねんから、そうやって悩むもんや」
「ゴブ蔵、気のせいかもしれないんだけどちょっと人間に差別意識持ってる?」
はあー、と、深くため息を吐く。
「どうしたものかなぁ」
「それにしてもヨルって友達とかおったんやな」
「そりゃいるだろ」
「……いや、でも、その先輩はヨルのことが好きということは、友達とはちゃうんちゃう?」
「…………いや、いるし、他にも友達いるし」
「誰がおるん? 一応言っとくと、俺は兄貴分だから友達とは別枠やからな」
……いや、うん、誰かいるだろ。
と、考えるも、ダンジョンの副官になってから関わった人物はそれほど多くなく……。
「す、スフィンクス……とか?」
「……友達のあだ名か?」
「いや、スフィンクス? の魔物……」
ゴブ蔵は深くため息を吐く。
何も言いはしないが「人間ちゃうんかい」という表情を俺に向けていた。
くっ……と、奥歯を食い縛りながら、血を吐く思いで言葉を続ける。
「水瀬とか……白木とか……。よく、連絡くるし。アイツら、マメなタイプのカスだからかなりの頻度で嫌がらせの連絡くるし……」
「それは友達ちゃうんやない?」
「タクヤとか……」
「誰や、それ」
「さあ……? それ以外の情報は知らないから」
「それはもう他人だ。……友達、いないんだな。ヨル」
ぐっ……うう……いるはずなのに、いるはずなのに何故か友達のいないぼっち野郎みたいな扱いを受けている……!
「そ、そもそも、恋愛感情があれば友達ではないみたいなのおかしいだろ……。アメさんとは恋人だけど友達でもあるし、二つ以上の関係性を持つことぐらい普通にあるもんなんだよ」
「……ヨル。自分に言い訳しても仕方ないんやで?」
「ぐっ……ぐう……。ご、ゴブ蔵のバーカバーカ。ゴブ蔵が温泉に入ってるせいでみなもの旅館が流行ってないんだろ!」
ゴブ蔵は俺の方を見て、深くため息を吐く。
「馬鹿だなぁ、ヨルは。観光地でもないし、マトモに立地も考えてない旅館が突然建っても流行らないのは当然やろ。俺のせいじゃない。むしろ俺が温泉に浸かってることで需要が生まれているとすら言える。ほら、カピバラが温泉に入ると「かわいいかわいい」と人気になるやろ?」
「ゴブリンとカピバラは全然違うだろ……! 可愛さとか」
「……ゴブリン差別か?」
人間差別してたくせによお……!
「そもそも、なんでゴブリンがこんなに流暢に話してるんだ……。他のゴブリンってなんかアレじゃん。「ぐぎー!」とか言いながらよだれ垂らして襲ってくるやつじゃん」
「……ヨル。それはオークがネットで流してるデマ……プロパガンダや。本当のゴブリンはこんな感じなんやで」
「オークがネットでプロパガンダ垂れ流してるの!?」
「アイツら陰気やからネットでしかイキらへんねん。まったく、迷惑な話やで」
オークってネットでゴブリンの風評被害を撒き散らしてるんだ……。
「ヨルは本当にダンジョンについて何も知らへんなぁ」
「これ、俺が呆れられることなのか……」
「もう一回サウナ入ってくるけどヨルもどうや?」
「いや、暑いの苦手だし、もうそろそろ先輩もくるだろうからいい」
ゴブ蔵は「そうか」と言って立ち上がってサウナの方へと向かう。
「あ、ゴブ蔵」
「おう、どうした」
「……戦うとき、死なないように気をつけてくれよ。ゴブリンってダンジョンで死んでも復活出来ないんだから」
俺がそう言うと、ゴブ蔵は振り返って真剣な目を俺に向ける。
「ヨル。確かにゴブリンは死んだら終わりや。けどな、たった一つの命だからこそ、ゴブリンは懸命に生きることが出来るんや。命ってのはな、本来そうやって輝いているものや」
「なんか主人公みたいなことを言われてる」
「何度も復活する人間のようになってしまえば、その魂は濁る。……俺は、そんな風にはなりたくない」
「人間に対する差別意識強くない?」
まぁ、元気そうなのは良かった。
ゴブ蔵の実力なら負けることは早々ないだろうし、安心していればいいだろう。
「よし、じゃあまたな。ゴブ蔵」
「おー、また来いよ。近いんだから」
風呂を上がって、エントランスに置いてあるベンチでくつろぎながら体を冷ませていると、キイッと扉が開いて、俺が普段のラフな格好であることが申し訳なくなるぐらいおめかしをした朝霧先輩が入ってきて、俺の姿を見つけてぴくっと肩を揺らした。
「お、お待たせ」
「いや、俺も今きたところ……というのは無理か。風呂上がりだし」
それなりに大きなキャリーケースを持った先輩は、その車輪を拭きながら照れたように俺を見る。
「えっと、このままそっちに行ってもいい?」
「ああ、荷物だけ置いていくか。ほら」
キャリーケースを片手で持って、朝霧先輩が予約した部屋に置く。
その間、ずっとチラチラと見られているのが少し気まずい。
「……先輩」
「えっ、な、何かな?」
「あのときは、ごめんな」
朝霧先輩は少しポカンとして、それからクスリと笑う。
「あのときって、多すぎてどのときか全然分かんないや。……けど、いいよ」
「……ありがと」
せめて何について謝ってるかぐらい、確かめたらいいのに……なんて常識は、変な人である朝霧簪には通じなさそうだ。
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