第五話
とりあえず、アメさんのための軽食を作ろうと考えてキッチンに行くと、何故かヒルコもとことことついてくる。
「あ、ヒルコも腹減ったのか?」
「いや……誕生日なのに家事をさせるのも悪いかなって、手伝いに」
「家事は嫌いじゃないから気にしなくていいぞ?」
「中ボスなのに家事好きなんだ……ダメでしょ、それは」
中ボスが家事好きだとダメなの……?
「まぁ、普段もアメさんとヒルコが手伝ってくれてるから負担は全然ないし、気にしなくていいぞ」
「ん……うん。そういえば、誕生日だけど、ヨルくん、いくつになったの?」
ヒルコはこてりと首を傾げながら、昼食に使っていた食器とスポンジに手を伸ばす。
「…………き、聞くのか?」
「えっ、聞いちゃダメなの? 女の子でもないんだし、気にしないかなって」
「…………ロリコンは……普通の女性よりも自分の年齢を気にする生き物なんだ……!」
ヒルコは「あー」という表情で俺を見る。
「まぁ、世間体悪いもんね。あまり歳の差があると」
「だから……その、な?」
「えっと、ヨルくんは大卒で、ダンジョンが出来た日から考えると……25歳ぐらいかな」
「計算やめて。……そうだよ。俺は……俺は……!」
ヒルコに水のついた手でポンポンと肩を叩かれ、それから優しい目で見つめられる。
「……ヨルくん。思ったよりも重症だね」
「…………。世間のさ、世間の人間が間違っていると思うんだ。愛に年齢なんて関係ない……そうだろ?」
「欺瞞」
三文字で切って捨てられた……。
それにしても……またひとつ歳をとってしまったな。
どう見ても大人で、こうして未成年の女の子に囲まれて暮らしているのは客観的に見てあまり健全ではないだろう。
「落ち込んでるの?」
「……あー、少し。……まぁ、でも、実際そうだろ? 幼くとも、好きな人にそういう目を向けてしまうのは仕方ない。別に未成年なら誰でもってわけでもないんだしさ」
ヒルコは洗い物をしながら、じとーっとした目で俺を見る。
「……私でカチカチにしてたくせに」
「こ、こいつ……その場では逃げて、しばらく触れなかったくせに……。時間が経って衝撃が落ち着いてきたらネタにしてきやがって……」
「えっちマンめ」
「どちらかというと風呂に侵入してきたヒルコがそうだろ……。あとさ、男というのは特に意味もなくなんでもないときに反応することもあるんだ」
「……もう一回、試す?」
頬を朱に染めてヒルコは言う。
蛇口から水が流れっぱなしで、ヒルコの手には泡がついたままだ。
「反応、しないんだったら、大丈夫だしさ」
「…………。反応するので、やめとこう」
「ふふーん」
ヒルコは満足そうに頷く。
本当に何が目的なんだよ……ヒルコ。
「ヒルコも食べるか?」
「いいよ。……それにしても、ヨルくん、思ったよりもだいぶ歳上だ。私とも9歳も離れてるんだ。……犯罪じゃない?」
「お、俺が悪いことになってるの? あれ……」
「違うの……?」
「……違うと思うんだけどなんか不安になってきたな」
アメさんに出す軽食が出来たので持って行く。
アメさんはペコペコと頭を下げてお礼を言ってからそれを口にする。
「ありがとうございます。ん、美味しいです」
「そうか? それならよかった」
「すみません。……ヨルさんのお誕生日なのに」
「いや、好きでやってることだし、それにアメさんの誕生日も知らずにスルーしちゃったからなぁ」
アメさんはパタパタと首を横に振る。
「い、いえ、あれは別日にお祝いしてもらいましたし、それに……僕が隠してたので」
「隠してた?」
俺が尋ねるとアメさんは気まずそうに頬を掻く。
「……その、誕生日をお祝いしてもらうの、苦手で」
「あー、まぁ、なんとなく分かるな」
「えっ、わ、分かるんですか?」
「……大したことやつじゃないのに、あまり大層に祝われるとな。嬉しいことは嬉しいんだけど、少し申し訳なくなる」
アメさんはこくこくと何度も頷いて共感を示す。
それから、ポケットに入れていた竜と剣のキーホルダーを取り出す。
「まぁ、けど、やっぱりお祝いされるのは嬉しいものだから、今度は祝わせてくれよ?」
「えへへ、はい。……ヨルさんも、もっとお祝いさせてくださいね」
「もういいもの貰ったし十分だけど……」
「お祝い、されるのは苦手だけどするのは好きなんですよね」
……それ、俺も共感出来るのでやめてほしい。
と、言うにはアメさんの目がキラキラしていて、仕方なく頷くと、アメさんは食べ終えた食器を手早く片してソファの端に座る。
……いったい何を、と、思っていると自分の膝をぽんぽんと叩く。
「耳かき、してあげます」
ちょこり、と、小さくて可愛らしいアメさんを見る。
背丈や顔立ちも年齢よりはるかに子供っぽく、けれども綺麗な容貌。顔の整った幼い女の子というのが適切な評価だろう。
そんな可愛さと綺麗さが合わさった彼女は、朝の鍛錬を終えてから部屋着に着替えていて、今は少しぶかりとした膝丈ズボンとラフなTシャツという感じで、少しオーバーサイズなのもあってなんだかいつもよりも小さく見える。
「……は、犯罪では?」
「み、耳かきが……?」
耳かきもそうだけど、それに伴う膝枕も……。
「膝枕はまずい。俺も男で……そんな欲望を煽るようなことをしてはいけないと思うんだ」
「ん、んんぅ?」
「特にアメさんは……その、健気で真面目なのとか、そういうのがあって背徳感がすごい。これがヒルコならあほの子がまた変なことを言い出してるって感じでセーフなんだが……」
俺の言葉にパソコンで動画を見ていたヒルコがじとりとこちらを見て反応する。
「……おっきくしてたくせに」
「くっ……全部それでマウントとってくるのやめろ……!」
アメさんは俺とヒルコのやりとりを聞き、不思議そうにこてりと首を傾げる。
「何の話です?」
「……いや、まぁ、その……アメさんにも話しておいた方がいいというか、主にヒルコが謝らないとダメなことなんだけど……すごい気まずいから、話さなくてもいいか……?」
「ええ……いいですけど。ともかく、どうぞ、です」
またアメさんが膝にくるようにジェスチャーをして、抵抗を諦めてソファに寝転がってアメさんのふとももに頭を乗せる。
……細いな。それに何かいい匂いがする。
洗剤とかは俺と同じはずなんだけど。
「なんだか、少し恥ずかしいですね」
「ああ……。流石に、なんかな。アメさんって人に耳かきしたことあるのか?」
「ないですね。あ、でも、大丈夫ですよ。治癒魔法もありますし、最悪ダンジョンなので」
「最悪死ぬんだ、俺」
「夕長流の技をお見せいたしましょう」
「……ダンジョンの外に排出された場合も考えて、着替えてきていいか?」
アメさんはダメです、と言いながら上から俺の耳を覗き込む。
「綺麗にしてますね」
「あー、まぁ」
ツナはまだ子供で、生活習慣などを俺が教えないとダメなのだから可能な限りちゃんとしようと思っているし、そうでなくとも意中の相手と一緒に暮らしているのだから身だしなみは気になる。
「じゃあ、いきますね」
アメさんの声と共に耳かきが俺の耳に入る。思ったよりも慎重な手つきで優しく中を撫でられているようだ。
気持ちいい。それに……なんとなく、落ち着く。
うとうとと、眠くなるのを感じる。
「痛くないですか?」
「気持ちいいよ。……アメさん、ここまでついてきてくれたけど、後悔してないか? 家族仲もいいし、気軽に会えなくなるのは辛くないか?」
「んー、そもそも、そんなに頻繁には帰ってなかったですし……お気になさらず」
そうか……という言葉を口にして、それからツナのことを考える。
「……ダンジョン、それそのものに……恨みとか、ないか?」
「ダンジョンそのものですか? ないですけど……。思うところはないわけではないですけど、なかったら剣を振るう場所もなかったので、僕としてはここは好きですよ」
アメさんの言葉を聞いて、少しホッとする。
それから、誤魔化すように笑う。
「もし、ダンジョンがなければアメさんとも出会えなかったのかもな」
「ん、んー、いえ、どうでしょう。ヨルさんはどうやっても有名になったでしょうし、ヨルさんを知れば僕はヨルさんに会いに行ったでしょうし」
アメさん、ダンジョンがなくても会いに来るのか……。
と、俺がクスリと内心笑うと、アメさんは愛おしそうに膝の上に乗った俺の頭を撫でる。
「会いに行ったら……ヨルさんに会ったら、僕はやっぱりヨルさんを好きになります」
「それは……まぁ、俺もそうかもな」
「……だから、というわけではないですけど。たぶん、今日というこの日はどんなたらればがあっても、きっと同じことをしています」
コクリと頷く。
なんとなくアメさんと見つめ合い、いい雰囲気になるけど……たぶんこの場合の会いに行くって「俺より強い奴に会いに行く」のタイプの会いに行くだろうな……。
最悪辻斬りされるという話の可能性まである。
けど……まぁ、そうだな。アメさんとはたぶん、ダンジョンがなくても出会ってただろうし、こういう関係になっていたような気がする。
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