第七話
迷子ではあるが割と余裕はある。……が、何かしらの対策は必要だ。
ダンジョンのルールとして「すべての道は出口と入り口には繋がっていなければならない」ため閉じ込められるということはないだろうが……。
「アホらしいぐらい広いな。その上、暗い」
「……転移前よりも暗いですね」
「ほとんど変わらないと思うが……光源から遠ざかったのか? 複数光源があるかもしれないが……一応、一度明るい方に向かえば入り口に近づける可能性はありそうだな」
ゴブ蔵と合流する予定もあるし、早めに入り口付近に戻りたい。
「……あの、その……お願いがあるんですけど」
「どうした?」
「……その、えっと、お邪魔になりそうなので、帰っても、いいですか?」
帰ってって……俺も帰りたいが……。
ああ、いや違う。
「……自死をして帰りたいのか?」
「す、すみません。その、えっと……」
「いや、責めてる訳じゃなくて……あー、もしかして寒いか?」
「そうじゃなくて……その、やっぱり、罠を踏んでご迷惑をおかけしてしまうので」
アメの目は怯えたように俺を見る。
……少し驚いてから気がつく。
「ああ、昔、色んなパーティをクビになったって言ってたな」
「……はい。やっぱり、僕……ダメみたいで」
「いや、俺も無警戒で歩いてるし、罠を踏むのはたまたまだろ」
「で、でも……罠に引っかかって何度も全滅して……」
落ち込みながらそう言うアメを見て、俺はぽりぽりと頭を掻く。
「罠が苦手なのはまぁ事実だろうけど、全滅するってことは大して罠を踏んでないぞ」
「……えっ?」
「どのダンジョンも、入り口近くに即死罠なんてほとんど設置してないんだよ。そんなのしたら探索者が寄り付かなくなるからな。アメさんもそこそこ進んだところで踏んでるだろ?」
俺がそう言うとアメは小さく頷く。
「……その、そうかも、ですけど」
「パーティが壊滅するレベルの罠があるところまで進むというのは、まぁそこそこ大変だろう。だが、巨大な戦力があれば別だ」
「……?」
「アメさんが加入したことでダンジョンの探索が楽になり、負担が少ないためいつもよりも深くまで探索することが出来て、未探索エリアの知らない罠に前衛のアメさんが踏む」
ゆっくりと白い息を吐いてアメを見る。
「それで、元々そういう噂が流れてたらそうだと勘違いする……というところだろうな。単に運が悪いのとか警戒心が薄いのもあるだろうが、多くはアメさんとパーティメンバーの実力差が原因だ。斥候役が前に出られないほど魔物が強い場所で、アメさんが罠で一時的にでも行動不能になればパーティが崩壊するんだろう」
アメはなんか妙に押しが強いところもあるが、基本的には人の指示に従うのが落ち着く性分だ。
パーティの新入りだったら「先に進む」という選択に疑問を抱くことはないだろう。
「……その、でも、僕は役立たずで」
「違う。そもそもパーティ内で役割分担が果たせていないのが問題だ。罠を踏まないように警戒する役も、罠を踏んだ後に冷静に対応する役もいない。……まぁ、アメさんのレベルに合わせろというのは酷だけどな」
そう言ってから腰に下げていた刀をマジックバッグに入れて、マジックバッグから短剣を取り出して手に持つ。
「えっ、な、何を」
「さっきのモンスターの群れで判断出来たけど、戦略が過剰だから戦いはアメさんに任せて俺は罠とか地形とかに注力する。重いもの持ってると感覚が鈍るからな」
「そんなことまでできるんですか?」
「いや、初挑戦だ。まぁしばらく迷惑かけると思うけど頼んだ」
「え、ええ……!?」
そう言いながらアメの前に出て歩いていると、急に気温が冷えてくる。
「……あー、例の寒くなる草の群生地か。ミスったな。引き返すか」
「え、えっと、はい」
遠くで見るだけで分かる。あそこはやばい。歩いていたら足元から凍ってしまいそうなほどだ。
俺が前を歩いていると、俺の足元にあったワイヤーのようなものが引っかかる。
「あっ」
「あっ……」
唐突に真下から網のような物が飛んできて俺とアメの体を丸めて拘束しようとする。
「ッ!」
アメの刀が網を細かく刻み、発動した罠を防ぐ。
「助かった。ワイヤーが隠れてるパターンもあるんだな」
「い、いえ……あの、大丈夫ですか?」
「二回の失敗ぐらい許してくれるだろ」
「それはその、そうですけど。……その、落ち込んだり」
「いや……これぐらいあるだろ」
アメは驚いたような表情を浮かべる。それからゆっくりと口を開く。
「……僕、何をするにも下手なんです」
「ああ、そんなこと言ってたな」
「……だから、怖いんです。ずっと、人に見捨てられることが。役に立たないのに認められることが」
「アメさんは能力の偏りが大きいからなぁ。まぁ、平気だろ」
と言いながら俺の足がカチリと何かを踏む。突如として足元が開き、二人で大きな空洞の中に落ちていく。
「わ、わわわわ!?」
「俺としてはいてくれて助かってるけど、それじゃダメか?」
「ダメじゃない! ダメじゃないですけど落下しながら言うことですか!?」
短剣を壁に突き刺しながらアメの体を抱きしめる。二人分の体重を支えきれずに短剣は折れるが勢いを緩められただけで充分だ。アメと二人でバッと壁を蹴って勢いを緩めながら地面に着地する。
「……地下洞窟ですか?」
「アメさんはもっと自分を肯定した方が……」
「なんでこの状況でそこまで余裕そうなんですかっ!!」
「お、俺はただアメさんを慰めたくて……」
「……も、もう。……それでここは……」
祈祷師の魔法で火を出して照らす。
足元はぴちょりと水溜まりがあり、狭い道幅の洞窟が続いている。
「……水か。それに寒くないな。結構落ちたから地面で冷気が遮られたか?」
「……匂いが違いますね」
極夜の草原にそんなところがあるとはツナから聞いていなかったが……。だいぶ雰囲気が違うな。
「上に戻るか、洞窟を進むか……か。道は一つしかなくて分かりやすいが
「目的のボスの間ってどこにあるんですか? 草原ですよね」
「ああ草原の一角にあるはずだ。……洞窟の存在は聞いたことがないな」
「隠し通路でしょうか?」
「……他のダンジョンに攻め入るために伸ばした感じっぽいな。地上から他のダンジョンを攻めると人間に見つかってしまうから、こういう地下経路を作って他ダンジョンを攻めるのはありがちだしな。普通はそのあと埋め立てる物だが……。埋め忘れていた。……いや、落とし穴と繋がってるのが謎だな」
「ふむぅ……あ、別のダンジョンマスターがくっつけたから気がついていないって可能性はないですか?」
「いや……他のダンジョンに攻め込まれてたら、どこからモンスターが入ってきてるのかは入念に調べるだろうし」
……少し考えてアメの方を見る。
「……いや、ありえないわけじゃないか。例えば、これから攻め入るために……とか。落とし穴の罠にしては落下地点に何も置いてないのが不自然だし、別のダンジョンマスターが用意した洞窟の可能性は高い」
「……これから、ですか」
「まだ確定じゃないし、予想でしかないが。色んなところに喧嘩を売ってるみたいだしな。…………上に戻らずに洞窟を進むべきだな。他のダンジョンと揉めていた場合、ツナに指示を仰ぐ必要がある」
ぴちょん、ぴちょんと水滴が垂れる音を聞きながら洞窟を二人で歩く。
秘密の通路であるためか、罠もモンスターもなく静かなものだ。
「……長いですね」
「気温が上がってきた。多分別のダンジョンが近いぞ。……今のうちに少し休むか」
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