第八話
少し湿気ている洞窟にシートを敷いてその上に腰掛ける。
「……あの、気になったんですけど、なんでダンジョンってこんなに多様なんですか? 普通、運営者がいるから多かれ少なかれ似たような形を取る必要があると思いますけど」
「ああ、ダンジョンごとにテーマがあるからそれに沿わないとDPが割高になるんだよ。極夜の草原なら「寒くて暗い」から逸脱するような……温暖な環境に適したモンスターが高いとかだと思う」
シートが狭いため、腕が触れ合うような距離にアメがいて少しだけ緊張する。
誤魔化すように少し早口に話を続けていく。
「ついこの前、ここと戦ったのは海のダンジョンなんだが……多分、奇襲で水温を下げるなりして環境をぶっ壊して有利に進めたんじゃないか。あの熱を吸う草、ダンジョンの中ならDPを使わなくても繁殖させられるようだしな」
海のダンジョンの周りに栽培所を作って冷気を送り込んでモンスターを弱らせるという作戦でやったはずだ。
地力は海の方が上だったはずだし、環境の大きな違いから攻める側が圧倒的に不利だったはずなのでマトモな戦いはしていないはずだ。
「ふむ……色んな方法で節約をしてるんですね」
「ああ。収入を増やすのはどのダンジョンも限界があるからな」
「ここの通路って、どっちの迷宮扱いなんですか?」
「ん? ああ、どっちでもないな。こういう場所はどっち側からも半端に操作出来る感じだ」
「こんなに繋げて気づかれないものなんですか?」
「まぁ……うちの場合はツナが一瞬で気がつくと思う。まぁ、アレはツナが色々と自動化しまくって暇だからというのもあるけどな。働かないことに関してツナの右に出るものはいないから」
アメは俺の方に寄りかかりながら、白い指先でコートのボタンを外していく。
「コートを着てると暑いですね。それに足元もびちゃびちゃです」
なんとなく白い指を目で追っていると、三個目のボタンを外そうとしたところでアメの手が止まる。
「あの、あんまりじっと見られると、そ、その、恥ずかしいです」
「あ、悪い」
「い、いえ、その、中にはちゃんと着てるので僕が変なこと言ってるんですけど……」
パッと目を逸らす。
しゅるりとコートを脱ぐ音を聴く。……いや、コート脱いでるだけだよな。
なんか俺も妙な気持ちにはなったが。
「そういや、これってなんの水なんだろうか」
「地下水じゃないですか? 土の中に混じっていたのが垂れてきて……」
「……いや、ウチのダンジョンも水でべっちゃべちゃになってないように、普通は水が染み込んできたりはしないようになってるはず」
「じゃあ……あ、その海のダンジョンのと繋がってるとか」
「……淡水だな、なんだ、この水は。……繋げているダンジョンのテーマ関係か? いや、それにしては綺麗で……」
と思いながらコートを脱ぎ道着姿になったアメを見る。
暑さにしばらく耐えていたからか、道着が汗でひっついてしまっていた。
「……急激な温度変化による結露か」
「逆のことをされそうになってるんでしょうか? 海の時の反対バージョンで、暖かくされて」
「そんなことしたら双方めちゃくちゃになりそうなもんだが……。いや、第三者が暖かいダンジョンと極夜の草原を繋げるという可能性もあるか」
そうすれば自分のところの被害は少なく二つのダンジョンを弱らせられる。
「……とりあえず進んでみないと分からないですよね」
「まぁそうだな。そろそろいくか」
二人で再び歩く。かなり距離がある上に少しずつ温度が上がってくる。
寒暖差の激しさもあって体感では正確な温度はわからないが……もう20度近いだろう。
「……まだ遠そうだな」
「これより温度が上がるんでしょうか?」
「……周辺のダンジョンのことまでは調べてないからなんとも言えないが……上がりそうだな」
「これからどうするんですか?」
「とりあえず繋がってるダンジョンに行って、そこから脱出だな。極夜の草原よりかは脱出も楽だろうし」
腐っても日本最大のダンジョンだけあって、広くて寒くて暗いという厄介なところなので大抵の場合はそこよりかはマシだ。
「……ゴブ蔵さんと合流は」
「地上から戻った方が早い。ゴブ蔵が負けることはない……というか、負けない前提だからな、今回は」
「まぁ、元々最深部に置いていく予定ですもんね。思ったんですけど、熱を吸う草があるところに熱を送り込んで意味あるんでしょうか? 栄養になるだけの気も……」
「吸える限界はあるだろうし、限界が来た時に適温じゃなければ枯れるだろ。サンプルを採取して研究ぐらいはしてるだろうし」
「……放っておいたら極夜の草原が負けるんでしょうか?」
「それは分からない。規模的な問題で思ったよりも暖かくならない可能性もあるし、普通に対処して終わる可能性もある。……が、こちらとしては現状維持したいからどうにかしないとダメだな。具体にどうするかはツナ任せだが」
そう話しているうちにも暑くなっていく。
既に春の陽気ぐらいの温度で、上着を脱いだとは言えど靴やら内側に着ている肌着やらが寒冷地用なので暑くて仕方がなくなってくる。
「あ、明るくなってきました。……この臭いは……硫黄臭?」
「…………暑いだけじゃなくて湿気てる。これは……」
乾燥していた唇が湿気を取り戻し始める。
洞窟を出ると、そこには岩場と岩の隙間から湧き出る湯が見えていた。
「……温泉?」
「…………温泉だな」
「ええ……」
明るいためかなり開けて見えるが……こちらもこちらでかなり広い。
全貌は分からないが、見渡す限り岩場とお湯という感じだ。
軽く湯に指をつけて指先を擦る。
「……すぐさま問題になる成分はなさそうだな」
「モンスターも見当たらないですね。探索者も」
「歩き疲れたからひと風呂入りたくなるな……」
「ダメですよ?」
「分かってるって。……あー、とりあえず、だいたい地上に繋がる道は上にあることが多いからそっちに向かうか。一応写真も撮っておくか、アメさん、頼めるか?」
「あっ、はい」
アメはマジックバッグからスマホを取り出してパシャパシャと写真を撮り始め、それから体を膠着させる。
「どうかしたか?」
「……い、いえ、これを」
アメが俺に見せたのはWi-Fiを繋ぐならパスワードを入力しろという画面である。……Wi-Fiあるんだ。
いや、でもフリーWi-Fiじゃなくて個人用ということは……もしかして、ここ……探索エリアじゃなくて居住エリアについてしまったのか?
そう考えていると、大きな岩の影からチャプチャプと音が聞こえる。
「んー? あれ?何か音がした……?」
岩から体を覗かせたのは、何の警戒もしていなさそうな女性だった。……それも、入浴中だったのか……裸の。
写真を撮っていたアメの手がそのまま勢いで動き、パシャリ、と音が鳴り……「きゃあっ!?」と高い女性の悲鳴がダンジョンに響く。
「えっ、な、なに!? の、覗き!? 変態!?」
「……あ、すみません。覗きじゃないです。俺たち、たまたまここに着いちゃって……」
「たまたまつける場所じゃないよ!! というかどうやって入ってきたの!?」
女性はバシャバシャと俺たちから離れていき、遠くに置いてあったバスローブのようなものを羽織る。
「……あの、ここってもしかして」
「ダンジョンマスターの居住エリアと繋がってたみたいだな。Wi-Fiあるし」
「こんなことがあったのに冷静ですね」
「……一応言うと、俺はロリコンではない。単に警戒中だから感情を表にして驚いたりしてないだけだ」
「聞いてないです」
バスローブを着た女性は明らかに警戒したように俺達を見て、それから周りを見回す。
「あー、いや、本当にたまたま着いただけで敵意はないんだ。すみません」
「……」
「ほら、靴とか寒冷地仕様だろ。極夜の草原を探索してたらここに着いて」
「……確かに。…………でも、なんで君はダンジョンで裸になってお風呂に入ってる人を見て驚いてないの」
……ああ、ダンジョンの居住エリアを知らない奴なら驚くか。
少し考えてからアメの方を見る。
「…………実のところ、別のダンジョンからの遣いで極夜の草原を探索していた」
「別のダンジョン?」
「ああ、練武の闘技場っていうダンジョンの」
「……あのアホのダンジョンの?」
……やっぱりうちってよそからはアホ扱いされてるんだ。
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