第二十三話
「そう言えば……あの未来を読む技? は、使わなかったんですね」
未来を読む? ああ、
反応速度を上げているだけで未来を読んでいるわけじゃないが……まぁ、そうだな。
「流石にアレは大人気ないだろ」
「あと、初手で雪の色斬りを使っても僕に勝ち目はありませんでした」
「……それも大人気ない」
「さっきの通路に罠を仕掛けていたの「願掛け」なんですよね」
アメは俺を見て嬉しそうに「むふー」と息を吐く。
「……なんだよ」
「僕に負けたかったんですか? 告白されたくて」
いつもとは違う、小悪魔めいたいたずらなからかうような表情。
俺が目を逸らすと、アメは嬉しそうに俺の見える位置に体を動かす。
「まったく、かわいい人です」
「アメがそれを言うのか……」
俺が思わず溢すと、アメは嬉しそうな表情を俺に見せる。
「ヨルさん、こんなにボロボロでもかわいいって思ってくれるんですね」
「そうは言ってないだろ。……そもそも、何か勝ち誇ってるけどさっきの、俺の勝ちだからな、アメが動けなくなって、俺はピンピンしてたんだから」
「分かってますよー」
分かってないだろ……。まるで俺がごねてるみたいに。
ああ……気が重い。
「ツナになんて言い訳したものか」
「一緒に謝ります」
「……それ、余計に怒らせないか?」
そう言いながらダンジョンの関係者用通路を通り、居住スペースに向かう。いつも通り扉を開けると笑顔のツナが出迎え──アメを見て表情が固まる。
「…………た、ただいま」
「な、なな、なんでアメさんが一緒に……!?」
「いや、その……正体がバレて、その……ほら、仕方なく」
思わず誤魔化すようなことを口にすると、ツナはものすごく冷たい目を俺に向けながら、ボロボロのアメを見る。
「とりあえず、アメさんは着替えを……私のは……小さそうなので……むう、ヨルさんのを貸してあげてください」
「あ、ああ、そうだな」
あんまり怒ってない……? と様子を伺いながらアメを別室に連れて行こうとすると、ツナが俺の手だけを掴む。
「……私が案内します。汚れてるのでお風呂も入った方がいいと思うので、そちらも案内します」
「ああ……分かった。俺は正座して待っていたらいいか?」
「普通に待っててください」
「……普通というのは、土下座か……?」
「後ろめたいことがあるのは分かりましたが、ソファに座っててください」
ソファに座りつつ、言い訳を考える。
……そもそも、落とし所を全く考えてなかった。
完全に無計画にアメをここまで連れて来ていて、アメもダンジョンの中に普通の民家があることに驚いて借りてきた猫のように静かだ。
俺が何とかしないと……と考えるが、俺の人生において浮気の言い訳なんてしたことがないので良い誤魔化しが浮かばない。
アメが脱衣所に入った音が聞こえて、遅れてツナが廊下を歩くトテトテという足音が聞こえる。
いつもは不思議と和んでしまうその音は、今だけは死刑の間際のように感じた。
ドアノブに手がかかる音が聞こえて、扉が開く。
「お待たせしました」
「い、いや。……悪い」
ツナは俺の隣に座りながら、ゆっくりと息を吐く。
「……わざと負けました?」
「包帯が解けて顔がバレただけだ」
「……わざとです?」
「いや……思ったより、アメが強かったよ」
ツナは俺の表情を見て、どこか諦めたように、俺の膝の上に寝転がる。
「服、汚れるぞ?」
「ソファも部屋も廊下も私の服も、ヨルが全部洗ってください」
「いや、服は気まずいから自分で洗ってくれよ」
「……普通、気まずいって思わないんですよ。私はまだ小さいので、女の子として見ないんです」
……いや、そんなことはないだろと思っていると下からツナの両手が伸びて俺の頬を触る。
「……ヨルが、私のことを女の子として好きなの、気づいてますよ?」
ドキリ、と、心臓が鳴る。
「いいお兄さんとして子供の相手をする……フリをして、本当に私のことが好きなの、気づいてました」
「…………そ、そんなフリはしてないからな。元々好きだとか大切だとか伝えてたろ」
「はいはい。……だから、今回のことは、アメさんに心を許しているのは、浮気だと思います」
「…………ごめん」
ツナは怒っていることを伝えたいけど、俺を落ち込ませたくないのか少しふざけるように俺の頬をぐにーっと引っ張る。
「……怒ってます。ダメです。……それは前提として、アメさんのことです。どう思いますか?」
「どうって……かわいい系だけど、かっこいいところもあって魅力的だと……ほほひはふ」
思いっきり頬が引っ張られる。
「違います。そうじゃなくて、どう対応するべきだと思いますか?」
「ああ、そういう……まぁ、今の段階だとダンジョンの中の人の存在は可能な限り隠す方針なのと、正体がバレても俺もツナも好意的に見られてるから……仲間に引き入れた方がいいと思う。そもそも人手が少ないしな」
そう口にしながらも目を合わせることが出来ないのはアメに惹かれているという浮気心があるからだ。
それがなければ、堂々と仲間にすべきと正面から言えたはずだろう。
「……本音を言うと、ヨルをずっと独り占めしたいです」
「ああ……悪い」
「私はヨルだけでいいです。私とヨルだけの世界が、永遠に続いてくれるのが幸せなのです」
「……ああ、悪い」
俺が謝っているのは……きっと、俺とツナの考えが違うからだ。
「でもヨルは、私のことは好きでも、ずっと二人きりは辛かったのは、見ていて分かってました。多分、私と違って外交的でいろんな人と話すのが嫌いじゃないんだろうなって」
「……辛いわけじゃない。正直、ツナみたいにかわいい子から「好き好き」とアピールされて嫌な気はしない」
「鼻の下伸ばしてましたもんね」
「伸ばしてない」
ツナは寂しそうに俺の手を握ってそれから俺に抱きつく。
「……ヨルが、アメさんと話して、私に構ってくれない時間が出来るのは……いやです。でも、我慢するしか、ないんです」
「…………いや、アメを仲間に引き入れたらむしろ一緒にいれる時間は増えるだろ」
「へ?」
ツナは呆気に取られたような表情で俺を見る。
「いや、普通に……今まで俺がここから出てたの、大半がアメを迎撃するためだぞ。だいたい一回あたり、準備や行き帰りもも含めて二時間程度を毎日使ってたわけで、それがなくなるわけだ」
「あ……」
「それに、今まで中ボスの間が割と浅い場所にあったのって、アメには強いモンスターを配置しても意味ないから、無駄にDPを使うからだろ? アメがモンスターを倒さなくなるなら、節約のために俺が前に出るみたいなことはしなくてよくなるから、もっと後ろの方に中ボスの間を移動させられるだろ」
ツナは目をぱちぱちさせて「確かに」と呟くように言う。
「……アメさんの襲撃がなくなるなら他の人はモンスターで十分迎撃可能ですから……。ヨルを一日中ここにいさせて、一日の間ずっとベタベタすることも可能……」
「収入は減るけど、他のところは好調だし、最近はアメよりも入り口近辺の部屋で模擬戦をやってる探索者から入るDPの方が割がいいから対応可能だろ」
ツナはコクコクと頷く。
「……毎日二回ぐらい出ていくのが一週間に一回とかに出来るかもです。……うへへ」
ツナのこわばっていた顔が緩んで嬉しそうに俺の体に体を擦り付ける。
「……ヨルはいやじゃないです? ずっとべったりするの」
「いやじゃない。嬉しいぐらいだ」
ツナは俺の言葉を聞いて、嬉しそうに頷く。
「なら仕方ないです。そういうことなら……ヨルが私ともっと一緒にいたいなら、仕方ないです。アメさんを仲間にするのを認めてあげましょう」
すりすりとくっついているツナは安心した表情を浮かべながらそう言った。
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