第二十二話
アメの小さな身体を地面に落っことしてしまわないように手で支える。
「……馬鹿だろ。こんな無理までして疲れきってまでしてやることが……顔を暴いて告白って」
「馬鹿じゃないですもん。……だって、やっぱり、どこかいつも寂しそうだったから」
「…………馬鹿だなぁ」
別に寂しくなんてなかった。
人よりも強かろうと、ダンジョンで人と敵対していようと……俺の隣にはツナがいてくれたし、追い離そうとも喰らいつくアメがいてくれる。
だからアメの心配は的外れで……けれども、そんな的外れな心配が嬉しかった。
「……はぁ、どうしたものか。流石に黙って帰すわけにはいかないしな」
「僕はヨルさんの味方です。だ、だって僕はヨルさんのことが……」
と言いながら、照れたように顔を伏せる。「好き」なんてさっきも言っていたのに、それが言い出しにくいように俺から目を逸らす。
「ぼ、僕たちはダンジョンファイターズの仲間なんですから、当然です!」
「水瀬のおっさんまでセットで着いてこられるの嫌なんだけど……、普通に言えよ」
「…………そ、その。僕は、ヨルさんが好きなので、いつだって味方です」
「……そう言われると、普通に照れるな」
「よ、ヨルさんが言えって言ったんですっ!」
いやまあそうなんだけど……。アメの身体に治癒魔法をかけながら、息を整えていく。
くっついている胸から感じるアメの心音は、むしろ戦っているときよりもよっぽど激しいものだ。
アメの髪が俺の頬をくすぐり、破れた胴着の隙間から白い肌が見え隠れしている。
手放したくないと思ってしまっていた。
だが……そうはいかないだろう。
「……俺は、ダンジョン側の存在だ。知ってるだろ、ダンジョンが起きたときのこと、ひとつのダンジョンからモンスターが溢れかえって、地上に進出して多くの死者や怪我人を出したことを」
「……別のダンジョンの話ですよね」
ダンジョンの黎明期……今となって思えば間違いなくDPが足りないので「神がダンジョン側と人間側で確執が生まれるようにしたのだろう」と思われる事件があった。
モンスターがダンジョンの外で大量の人を殺した。
それによって、ダンジョンマスターは名乗り出ることは出来なくなった。
自然災害では諦めがついても、人為的なものと考えれば許せなくなるのが人間というものだからだ。
人間とダンジョンは敵対している。だから……そんな中に、アメを引き入れたくはなかった。
「……家族もいるだろ、友達も」
「はい」
「悲しむぞ」
「好きな人と一緒になると言って、悲しむような親でもないです。友達もきっと祝福してくれます」
「……ダンジョン側の人間になるの、そんな嫁入りするみたいなノリなのか……?」
「違うんですか?」
「違うだろ。…………」
いや、ツナも割とそんなノリだな……。もしかして俺が間違っているのか?同じダンジョンの仲間って嫁みたいなものなのか……?
そういや、会うことは少ないけどダンジョンマスターと副官が異性だったら妙に距離感近いことが多いような……。
「とにかく、俺はアメさんには幸せになってもらいたいんだ」
「……ヨルさんと一緒にいることが幸せです」
真正面から好意を伝えられると、何も言い返せなくなる。
それが分かっているのかいないのか、アメはきゅっと俺の身体に抱きつく。
「一緒にいたいです。……ヨルさんは、そうじゃないですか?」
不安そうな表情で俺を見つめる。
……一緒にいたいとは、俺も思っている。アメは可愛らしく健気で、なんか異様に強いところとか迫力があって怖いところもあるが、それもまぁ割と好きだ。
「………………いや、けど、その……ツナの了解を取らないと」
「……ツナちゃん?」
「ああ……ツナもダンジョン側……というか、その……ここのダンジョンの長なんだよ。俺が中ボスとするとラスボスとでも言うか……」
「……へ?」
アメは呆気に取られたような表情を浮かべて俺を見る。
「……いや、本当。うちのボスなんだよ」
「え、ええ……」
「それにその…………なんというか、言いにくいんだがツナとはそういう関係というか……」
「そういう関係?」
俺の上で首を傾げて不思議そうな顔をしているアメから、目を逸らしながら言う。
「…………その、結婚したいとか、そういう」
アメが固まる。それから数秒の間が空いて、アメが目を見開く。
「え、ええええ!? つ、ツナちゃん、お、おいくつですか!? だ、ダメじゃないんですか!?」
「…………年齢は教えてくれないから分からない。ダメだとは思う」
「ダメなんじゃないですか!?」
「いや、まあ、そうなんだけど、その……なんというか、その……言い訳なんだが、異性でずっと一緒に過ごしたら、そういう感じになるだろ」
「な、ならないです。なったことないです」
アメはワタワタと慌てた様子を見せて、それからジッと俺を見て息を吐いて吸ってと深呼吸をする。
「いや、あのさ、ほら、ダンジョンってもはや日本とは別の世界なわけで、俺も法律で守られている存在じゃないから法律を守るというのもおかしいというか」
俺が早口で言い訳すると、アメは俺を見ながら口を開く。
「…………あの、ヨルさん」
「はい」
「…………とりあえず、事情は理解しました」
「はい」
「それで、その上で、やっぱりヨルさんが好きです」
「…………ああ」
「それと、法律が関係ないというのは正しいと思います」
「だよな、セーフだよな!!」
「はい。法律的には未成年との結婚も重婚もアウトですが、セーフですね」
…………あの、アメさん。
「ですので……ツナさんのところまで、連れて行ってくれませんか?」
「…………いや、その、ちょっと落ち着かないか」
「落ち着いてます。確かに他にいい人がいたのはショックです。でも、諦めません。どんなにヨルさんが他の女性を愛そうと僕が最後にもらっていくので」
「……あ、アメさん。倫理観を持とう……いや、本当、俺、ツナを裏切るのは無理だからな。それだけは無理だから、ツナが泣くの、ダメ、絶対」
「泣かないように配慮します」
「そういう問題じゃないんだよ……。本当にそこは譲れないからな。アメさんに情は湧いてるけど」
身体が回復したアメは立ち上がって、俺の手を引っ張って奥に行こうとする。
そして、奥の通路に入った瞬間、カチリという音が鳴って天井から伸びてきたロープに捕まってグルグル巻きになってぶら下げられる。
「う、にやぁ!?」
「あ……そういや願掛けで罠仕掛けてるんだった」
ボロボロの道着でアメが吊り下げられているところを見ると……なんというか、こう……見てはいけないものを見てしまっているというか、変な開いてはいけない扉を開きそうになる。
いや、もう開いているかもしれない。割と開いてる。7:3の割合で。
縛られているアメを見ていると、アメはモゾモゾと動きながらじとりとした目を俺に向ける。
「ダンジョン側ということは……。こ、この罠……よ、ヨルさんの趣味なんですか」
「……違うよ?」
「…………怒らないので、解放してください」
「はい。……いや、でも、ダンジョンに来た探索者が罠にかかるのは仕方ない気がするんだ。俺は悪くないのでは」
「……こういうのは、ちゃんと相手の許可を得てからすべきだって、中学校のころ保健体育で習いました」
ダンジョンの罠は保健体育のカリキュラムにはない。
前と同じようにアメの体を弄るようにしてロープを解く。
前の時よりも気恥ずかしいのは、アメからの好意を知ったからだろうか。
顔を真っ赤に染めたアメはロープから解放されると着崩れた服を直しながら、ジト目で俺を見る。
「その、よくないです。無理矢理は。ちゃんと、相手の許可を得るべきです」
「いや……許可もらえないだろ…………」
罠にかけていいですか? と言って頷くやつなんているわけがない。
そう思っていると、アメはもじとじとしながら俺を見る。
「……ダメとは、言いません。ヨルさんがそういうの好きなら」
「…………」
どうしようツナ、俺、この子に勝てそうにない。
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