第二十五話

 俺は悪人である。

 そもそも……ダンジョン側の人間は、当然なことながら自分の欲望に負けて、正しい道を捨てたやつばかりだ。


 俺も、ツナも。だから、人に何をされても割と文句言えない。しかも、その共犯者を裏切るような感情を抱いている以上、俺に人権などあるものか。


 そうは分かりつつも……プリントアウトされた紙を見て、思わずその内容に言葉を失う。


 ────────


 ルール:その1

 アメさんとふたりきりで会わない。メッセージや電話などもキヅナと三人のグループでやりとりをすること。また他の女性とも同様とする。


 ルール:その2

 努力義務として一日二十二時間以上キヅナと同じ時間を過ごすこと。


 ルール:その3

 毎日ヨルからキヅナにスキンシップを取ること。またその際に愛の言葉を口にすること。


 ルール:その4

 毎日寝る前と起きたときにキヅナにキスをすること。


 ルール:その5

 エッチなものを所有・閲覧しないこと。我慢出来ない場合はキヅナに相談すること。


 ルール:その6

 ご飯にニンジンは使用しないこと。



 ────────


 厳しい──

 まとめると「もっと甘やかせ」というだけの内容だが、流石に色々と厳しい。


 けれども、罪悪感があるせいで「却下」と言うのも難しい。


「……ツナ、その……キスとか愛の言葉とか、流石に照れ臭いし……。その、ツナがもっと大人になってからにしないか?」

「…………」


 ツナが無言という意思表示をする。


「……はい。分かりました。俺が悪かったです」

「分かったならいいです。絶対遵守ですからね」

「ああ……。あ、でもニンジンは食え」

「ニンジンは嫌です」

「……ツナのためにならないことは譲れないからな」

「むう……他はいいんですか?」


 ぽりぽりと頭を書いて紙を見る。


「……アメさんとの毎日の戦いがなくなると運動が出来なくなるな。……一日中一緒にいるのはいいが、腕を鈍らせるわけにはいかないから、鍛錬出来る場所が欲しい」

「一緒に運動するってことですか?」

「ああ、ツナも運動不足だし丁度いいだろ。アメさんも使うだろうし。せっかくならいい機材とかDPで用意しよう」

「むう……まぁ余裕あるのでいいですけど。一緒にいると言っても、あんまり構ってくれなかったらダメですよ?」


 ああ、と頷く。

 キスとか愛の言葉とかは……あまりに恥ずかしいが、まぁ……俺が悪いので受け入れよう。


 ……自由、なくなったなぁ。と思いながらツナの方を見る。


「どうかしました?」

「いや……自分の、惚れっぽいところに呆れていただけだ」

「次はないですからね。次したら閉じ込めるので」

「はい……。あー、アメさんが起きてこないと部屋の話とか出来ないな」

「ずいぶん疲れてましたね」

「まあ、丸一日戦い通してたわけだしな。……トレーニングルームはこっちで決めとくか」


 ツナは俺の言葉にうなずき、メモ帳とペンを取り出す。


「とりあえず、ジムにあるような機材一通り。あとサンドバッグとかもほしい。実践用の広い部屋と、あと……でかい風呂とかプールは」

「流石に三人で使うには水の値段がバカにならないです」

「だよな……。プールがあったら運動の幅も広がるんだが」


 別にツナの水着姿が目当てとかそういうのではなく、一切そういう下心はなく、武術のためである。


「ツナは欲しい部屋とかないのか?」

「んぅ……書斎ぐらいほしいと思いましたが、結局使わない気がするので。作業するならリビングで十分ですし」

「ツナ、案外無趣味だよな。とりあえずジムだけ作ってあとは様子を見ながらか。そういやツナ、学校で使ってた体操服とか持ってるか?」

「何で学校で使ってたの限定なんですか?」

「…………違うんだ。ツナ、違うんだ。俺に体操服フェチなんかないんだ。ただ脳内が節約脳になっていただけなんだ。体操服に興味津々なんじゃないからな」

「…………」

「…………」


 最近、ツナの目がすごく冷たい。

 本当にそういうんじゃない、そういうんじゃないんだ……。


「…………そもそも、ダンジョンマスターになってからだいぶ身長も伸びましたのでもう入らないと思います」

「はい」

「でも、ヨルが好きなら買っておきます。普通に買えるはずなので。あ、でも、学校のロゴは付けられないかもです」


 ツナは少し照れながら言う。

 ……なんか俺の趣味をめちゃくちゃ勘違いされてる気がする。


 ぽちぽちと色々操作しているツナを見ながら頭を掻く。


「そういえば、ダンジョンの方はどんな感じなんだ?」

「既に探索者の方が置いていった色々なもので便利になって、そのおかげもあり結構人が増えてます。……けど、やっぱりそもそもの入り口の立地の悪さで伸び悩みがありますね。駅近じゃないので」

「あー、まぁ、それに関しては仕方がないか」


 そこはもう運なので割り切るしかないと思っているとツナは頷く。


「まぁ入り口を増やすことは可能ですが、あまり地上の進出に熱心と思われたらまずいのでそうするわけにはいかなかったのですが……今、この状態ならこれで解決出来るのです!」


 ツナがそう言いながら取り出したのは【練武の闘技場:入り口作成権】と書かれたチケットのような紙だった。


「……入り口作成権?」

「はい。これを稼ぎ用のBルートの最後のレア確定宝箱に入れます。つまり、探索者の方に入り口を作ってもらうわけです」

「……いや、それはどうなんだ? なんか変なところと繋がったりしかねなくないか?」

「渡す相手はこちらから選べます。直前で宝箱の中身を操作したらいいだけですので」


 ああ……アクセスのいい場所に入り口を作りたがる探索者に渡すということか。


「今、渡す予定なのは、ホットスナックと飲み物の自販機を設置した探索者の水瀬ショウゴさんです」

「…………水瀬?」


 あのおっさんの仕業かよ……自販機……。


「何人かの探索者に、人型のモンスターに尾行させてみたんですけど、その人が一番適していますね。

 駅近くに大きな駐車場を持っていて、悪ふざけが好き、フットワークが軽くて、我が強い。これを渡したら間違いなく、所有している駐車場をダンジョンの入り口にしてくれます」


 ああ……あのおっさんそんなに金持ちだったのか。

 それにしても……。


「……人型のモンスターか」

「? はい」

「…………俺もこの前、尾けられたな」

「…………」

「…………」

「そ、そそ、それで、駅の近くのアクセスがいいところに入り口を作ろうと、思うんです!」

「了解……。あー、でも、そこまでの地下に他のダンジョンとぶつからないか?」

「同じ組合に所属してしてるダンジョンなので交渉次第でどうにでもなります! アメさんの紹介もしたいので、また『無限の渇き』のダンジョンに行って、組合長越しに話を通しましょう」


 ああ……まぁ事前に話を通したら問題ないか。大抵の場合はDPを幾らか渡せば交渉が済むし。


「ああ、それはいいとして……。あれの犯人やっぱりツナだったんだな」

「……な、なんのことですか?」

「……俺がアメと仲良くしてるのもダメだけど……。ツナが俺にしてる束縛もなかなかアレじゃないか?」

「む、むぐぅ……。ヨルが浮気症だから仕方ないです。……分かりました。私も同じペナルティを負いましょう」

「……いや、別にいいけどな。……あー、代わりと言ったらアレなんだけど、俺が悪いからあんまりアメさんは責めないでやってほしい」

「そのつもりはありませんよ」

「重婚とか言い出してるけど」

「めっちゃ責めます」


 二人が揉めたらどうするべきか困るな……。と思っていると、ツナは「あっ」と声をあげて俺に時計を見せる。


「もうちょっとで12時回ってしまいます! ルール通り、今日中にキスしないとです。

「……そんな厳密なルールだったのか」


 ツナは話を中断して、俺の方を見て唇をツンと尖らせる。

 ……く、唇にキスはハードル高くないだろう


 あどけない表情に色っぽさを混ぜたツナを見ながらそう思った。

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