第二十六話

 ツナは小さくて可愛い。


 刺客を放って束縛しようとするヤバいところもあるが、そこも含めて可愛いと思っているのだから責める気にはなれない。


 そもそもフラフラしてる俺が悪い。


 ツナはキスを待つように俺を見つめる。かれこれ数分、俺にも分かるように待ってくれている。


 俺の決心がつくのを待っていてくれているのだろう。

 妖怪浮気症ロリコン男である俺には出来過ぎた女の子だ。……だからこそ、躊躇してしまう。


 俺が固まっていると、ツナはゆっくりと口を開く。

 それは呆れた様子でも、痺れを切らしたという風でもなかった。


「……私が、大人になって後悔するって思ってますか?」

「……何で分かったんだ」

「分かります。長い付き合いなので」

「まだそんなに長くもないだろ。俺のことをもっと知ったとき後悔するかもしれない。大人になったとき、しょうもない奴と見下げるかもしれない」


 俺が顔を俯けて目を逸らしながらそう言うと、ツナはクスリと笑みを浮かべて下から俺を覗き込む。


 愛らしい顔が俺をじっと見つめ、目が合うと微かに笑う。


「元々……そんなに大それた人と、思ってません」

「……えっ、マジか」

「はい。浮気性で、ロリコンで、無愛想で、催眠アプリが好きな変態って知ってます」

「……催眠アプリが好きではない」

「エッチな漫画の4割が催眠アプリで小さな女の子に好き勝手するやつでした」

「たまたまだ。催眠アプリが好きなんじゃなくて、ほら、絵柄が好みで……。というか、読むなよ……!」


 ツナは頷いて俺の肩に手を置く。


「催眠アプリが大好きな人ですけど、私はそんなヨルも好きです」

「催眠アプリ好きじゃないが」

「たとえ、クリスマスプレゼントに、サンタさんに催眠アプリをねだっている人だとしても……ヨルが好きですよ」

「サンタさんに催眠アプリをねだるやつ、いい奴でも子供でもないから絶対にもらえないだろ……! 催眠アプリには触れないでくれ……頼む、頼むから催眠アプリは気にしないでくれ」


 ツナはポンポンと俺の肩を叩く。


「いいんです。世間一般的には畜生にも劣る存在かもしれません。ちゃんと鬼畜野郎と分かっていますが、それでも好きなのです」

「……何も言い返せないんだけど、事実でも人は傷つくんだぞ」


 ぐったりと項垂れていると、扉がゆっくりと開き、気まずそうなアメが顔を出す。


「す、すみません。盗み聞きをするつもりはなかったんですけど」

「…………俺は、催眠アプリには興味がありません」

「あ、はい。……ヨルさんはダンジョンの中の人……本来空いてなかったルートにいて、そこの宝箱にエッチな本。……あっ」


 やめろ気づくな。アメさん、気づかないでくれ。

 そんな俺の願いも虚しく、アメは申し訳なさそうに頬を掻く。


「す、すみません。僕が持って帰った本……ヨルさんのでした? お、お返ししますね」

「…………いいんだ……捨ててくれ。ツナに、そういうのを見てはいけないと約束してな……」

「そうですか。……では、預かっておきますね」


 いや、捨ててほしいんだけど……。頼むから捨ててほしい。


 アメの格好は当然だが先程と変わらない。恥じらうような表情を浮かべたまま手でふとももを隠してこてりと小首を傾げる。


「……あの、これからどうするんですか?」

「とりあえず、ダンジョン同士の組合の組合長に挨拶しにいこうと思います」

「え、偉い人ですか?」

「いえ、基本的にダンジョン同士は敵対しているんですけど、生き残るために一時的に仲良くしようという組織の顔役なので、偉いとかではないです」


 ツナはアメの格好を見て、少し頷く。


「割高にはなりますけど、外に出るための服をDPで買ってしまいましょうか。ヨルが気になるみたいなので」

「……ごめんなさい。あー、俺たちもそろそろ寝るか。アメは……今、目が覚めたところだよな」

「あ、はい。一度荷物を取りに家に帰っていいですか?」

「いや、夜も遅いし俺も……あ、いや、ダメなんだったな。あー、そうだな。トレーニングルームとかあるから、そこで暇つぶしを……あ、ゲームとかもあるぞ」

「えっと、では、今度こそちゃんと勝てるように訓練しようと思います」

「あー、刀折れたよな。貸そうか?」

「いえ、最近サボっていた柔軟性とバランス感覚を鍛えようと思ってます。筋力はついたんですけど、サボってたせいで体が固くなっちゃって……。ほら、これぐらいしか上がらないです」


 アメはゆっくりと脚を上げていく。

 ぐぐーっと上げた脚は直角を超えて、Y字バランスを超え、ほとんどI字ぐらいのところで止まる。


 その身体の柔らかさよりも、脚を上げたせいで捲れ上がったTシャツから覗く水色の下着が……と、思っているとツナが俺の脇腹に一撃を入れる。


 そのことで自分の姿に気がついたアメはパッと脚を下ろしてTシャツの裾を押さえる。


「す、すみません。僕のせいで……」

「いや、いい。めちゃくちゃ身体柔らかいな」

「筋力や体格はどうやっても男の人には勝てないので、それ以外の場所で勝とうと思ったんです」


 アメは上半身の関節をぐにゃぐにゃ動かして見せる。

 本当に柔らかいな……。男女差があるので真似出来そうにはない。


 俺が感心していると、ツナは悔しそうに俺を見る。


「わ、私もアレぐらい出来ます! ほら、ん、ぐぐ……あうっ」


 無理矢理脚を上げようとしたツナが体勢を崩しかけ、俺は咄嗟に手でツナの腰を支える。


「無理して張り合うなよ……ほら、怪我はないか?」

「……こ、これからです! これから身体を柔らかくするので!」

「いや……まぁ、何も運動しないよりかはいいけど。あれ、アメ、どうかしたか?」

「……いえ、仲良しだなって、思いまして」


 ほんの少し寂しそうにアメは言い、ツナにトレーニングルームの場所を聞いてそちらに向かう。


「……ヨル、期待しててください。身体を柔らかくするので」

「また俺に変なフェチ疑惑がかかってる……」


 ツナとふたりで寝室に入ると、ツナは「先ほどの続き」とばかりに表情をどこか甘えたものに変える。


 キスをねだられていると理解して……普段は使うことのない部屋の鍵をカチャリと締めた。


 俺が鍵を締めて、アメが入って来れないようにしたことに、あるいは簡単にはツナが逃げられないようにしたことに、ツナは顔を赤らめて俯き、ちょんちょんと俺の手を引いてベッドに導く。


「……ツナ」


 と名前を呼びながら軽く体に触れると、俺が押し倒してしまったのかと思うほど自然にツナの体がベッドに落ちて、綺麗な黒髪がベッドの上に広がる。


 誰に教わったわけでもないはずなのに、俺の嗜虐心や庇護欲を誘うような小動物みたいな表情を浮かべる。


 思わず息を飲む。押し倒すような体勢、逃げるように紅潮したツナの頬に口を付けた。

 もちろんそれでツナが許してくれるはずもなく、期待するような表情で俺を見つめていた。


 仕方なく……と言うと嘘になる。

 観念して……と言うにはツナのことが好きすぎだ。


 今、俺がこの行為をしているのは……「我慢が出来なくなったから」と言うのが一番正確だろう。


 心臓を駆るような強い衝動に押されてツナの唇に自らの唇を押し当てる。


 柔らかい、ふにふにしてる、当たってるだけなのに気持ちがいい。そのまま舌を入れようとして……我に返り、バッとツナから体を離して立ち上がる。


「ッ……悪い」

「い、いえ。えへへ」

「……ちょっとトイレに行ってくる」


 ツナはキスに浮かれたように頬を紅潮させたまま表情を緩ませる。

 俺は逃げるように部屋から出てトイレに向かう。


 ……完全に冷静さを失っていた。


 トイレの中で冷静さを取り戻してから、寝室に戻る。


「あ、ヨル。えへへ、恥ずかしいけど、寝よっか」

「ああ……」


 ベッドに寝転がって口を開く。


「冷静に考えてみると、だいたいのことがツナの手のひらの上なのに、ツナが執着してる俺のことで不測の事態があるとは思えないんだが。よくよく考えると、俺とアメさんが仲良くなるキッカケもツナが用意したものだし、ダンジョンの設計ミスでアメさんが俺と会うってのも天才のツナにしてはあり得なくないか? ゴーレムを遠隔操作して壁をわざと破壊するとかも可能だし……すると、俺とアメさんが仲良くなったのはツナに仕組まれたことのような……。この騒動で一番の得をしているというか、目的を達成出来てるのはツナだよな」

「急に賢くなりました?」

「男には急に賢くなるタイミングがあるんだよ」


 …………完全に推測でしかないが……もしかして、俺がアメに浮気心を抱いてツナに罪悪感を覚えたの……ツナの手のひらの上なんじゃないだろうか?


 いや……考えすぎ……だよな?

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